皿洗い
冒険者ギルドの厨房で皿洗いをして分かったことが二つある……。
一つは、終わりがまったく見えないということ……。
ある程度洗って、洗ったお皿や木樽ジョッキが溜まったら拭いていく──そんな流れで作業しているのだけれど、次から次へと汚れた皿が運ばれてくる。
そしてもう一つは、厨房から調理に使った鍋まで流し台に回ってくるということ……。
元いた世界には自動食器洗浄機という文明の利器があったけれど、当然ここにはそんな便利なものは無い。
だから、自分の手で洗って拭いて、それぞれの場所に戻すという作業を延々と続けるしかない。
言うのは簡単だけど、実際にやるとなると想像を絶するほど大変な仕事だ。
洗っても洗ってもキリが無い上に、調理スタッフからは「鍋が足りない」「皿が無い」と急かされる始末。
「カナちゃん! 中皿もうそろそろ無くなるから早くくれ……!」
「カナちゃん! フライパンまだっ!?」
「この鍋、洗っといて!」
「カナちゃん、はいこれ。汚れたお皿持ってきたよ」
(ひ……! ひぃぃーーっ!!)
ホールの仕事も大変だと思っていたけど、ここはホール以上に大変だった!
あれからかなり洗ったので、溜まっていた皿も減ったように思えたけれど、次々に汚れた皿や鍋が回ってくるため、減った気がまるでしない。
むしろ増えているような気さえする。
(こ……ここは地獄だ……)
私は絶望に打ちひしがれながらも、終わりの見えない皿洗いを延々と続けていくのだった。
──それから数時間後。
(はぁ……、はあ……)
つ……疲れた……。
閉店時間を過ぎても、私の仕事は終わらなかった。
お客が全て帰ったから、もう汚れた皿は出ない……と思っていたが、今度はスタッフの賄いを作るために使った鍋や皿が回ってくる。
結局、全ての皿と鍋を洗い、片付け、流し台まできれいに洗い終えた頃には、もう皆が帰った後だった……。
「はぁぁーーっ! 疲れたーーっ!!」
お風呂に入り、間借りしている部屋へ戻ると、そのままベッドに倒れ込んだ。
たぶん明日もまた皿洗いが待っているのだろう……。
夢に出てきそうだ……。
「明日も……頑張ろ……」
その言葉を最後に、私は眠りへと落ちていった……。
◆◆◆
「それじゃあ、カナちゃん。今日も皿洗いを頼んだぞ」
翌朝、冒険者ギルドが開く前に、案の定グレンさんから皿洗いを言い渡された。
はぁ……、またあの終わりの見えない作業が待っているのか……。
そう思うと、少し気が重い。
「なんだ……? 乗り気じゃなさそうな顔だな……」
「あ、いえ! そんなことは……!」
グレンさんの言葉に思わずドキッとしてしまう。
顔に出ていたのかな……。
「いいか? 冒険者になったら、逃げられない状況で延々と続くような死闘を繰り広げることもあるかもしれない。その時カナちゃんは、キツいからと投げ出すのか? 投げ出した先に待っているのは死だけだ。それとも仲間を見捨てて自分だけ逃げるつもりか?たかが皿洗いと思っているようだが、冒険者というのはこれより過酷なことがいくらでもあるということを忘れるな。それができないのなら、ずっとここでウェイトレスとして働いていくのが君のためだ」
そう言い残し、グレンさんは私の元を離れていった。
もしかしたらグレンさんは、私が冒険者としてやっていけるのか見極めてくれているのかもしれない……。
◆◆◆
サイドストーリー
ーグレンー
カナちゃんに説教と皿洗いを指示した後、冒険者ギルド奥の事務室へ戻り、ソファにどかっと腰を下ろして天井を見上げた。
もちろん頭の中にあるのはカナちゃんのことだ。
あの子がここに来てもう数週間……。
今ではホールの仕事にもすっかり慣れたようだ。
カナちゃんは、元いた世界に帰る手がかりを探すため冒険者になりたいと言っていた。
ここには家族も、仲の良かった友人もいない。
それは確かだろう。
だが、家族は無理でも友人なら新しく作ることはできる。
実際、ファナをはじめホールスタッフの多くがカナちゃんに良くしてくれているし、特にファナとは仲が良いようだ。
家族という点でも、カナちゃんさえ良ければ俺が父親代わりになるのも悪くないと思っている。
だが、それは俺の独りよがりかもしれない。
カナちゃんは俺を父親として求めていない可能性だってある。
とはいえ、身寄りのない彼女を一人にさせるのも忍びない……。
そう、俺はいつしかカナちゃんをただの女の子としてではなく、自分の実の娘のように見てしまっていた。
だからこそ、冒険者として危険な道を歩むより、ここで安全に暮らしてほしいと願ってしまう。
だが、カナちゃんはそれを嫌がるだろう。
最初から「元の世界に帰りたい」と頑なに言っていたのだから。
「どうしたものかな……」
誰もいない事務室で、俺はひとり呟いた。
冒険者になるのはカナちゃんの自由だ。
その結果何が起きようと自己責任。
だが、それでも危険な道より安全な生活を選んでほしいという気持ちがある。
無理に冒険者を諦めさせることもできるかもしれない。
だが、そんなことをすれば反動でここを飛び出してしまうだろう。
本当に扱いが難しい子だ……。
「グレンさん、お客様がいらっしゃいました」
受付嬢ティアが事務室に入ってきた。
「俺に客……? 誰だ?」
「はい、武器屋の店主の方です」
武器屋のオヤジか……。
そういえば剣の研ぎ直しと“例の物”を頼んでいたな。
「わかった、すぐ行く」
ホールへ向かうと、黒く日焼けした筋肉質の体にスキンヘッド──通称“武器屋のオヤジ”こと、グレイソンが立っていた。
「よお、グレン。頼まれてた物を持ってきたぜ!」
袋をカウンターに置き、俺は中身を確認する。
中には、以前俺が使っていた剣、肩当てのない鉄の胸当て、旅人の袋の上下セット、レザーグローブ、レザーブーツ、そして布のマント。
すべて、カナちゃんが冒険者として旅立つ時のために用意した餞別だ。
「すまないな、グレイソン。代金はいくらだ?」
「全部で十五万ってところだな」
「わかった」
事務室から金を持ってきて渡す。
「ほら、十五万エントだ。確認してくれ」
「……確かに丁度だ。だが、その武器や防具はどうするんだ? グレンの使いで来た娘からは“カナ”って奴のための装備を用意してほしいと書かれていたが、新人冒険者にでもやるのか?」
「まあ、そんなところだ」
「ふむ……。何か訳ありなようだが、まあいいさ。俺は武器を売るのが仕事だ。立ち入ったことは聞かないでおく。それじゃあな」
そう言ってグレイソンは帰っていった。
あいつは時々お節介だが、今回は聞かれなくて助かった。
もし聞かれていたら、俺はカナちゃんへの思いを全部話してしまっていたかもしれない。
「それにしても……この装備が役に立つ日が来なければいいのだがな……」
そう願いながら、俺は装備を抱えて事務室へ戻った。
次の更新で二章に入ります。
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