もしも明日が雨ならば 6
「……隠し扉っていうのかね、言葉としてはともかく、実際に目にする日がくるとは思わなかったな」
目の前でずるずると音を立てて開いていく物置部屋の石造りの地面を眺めながら、ダミーは感心した様にそう呟いた。
アニスの案内で一同は屋敷の一階の角にある物置部屋に来ていた。少女を通して伝えられたアニスの言によれば、この地下に魔法薬やその他の貴重なアイテムなどを保管している部屋があるらしい。
一同の見守る前でアニスは部屋に設置されていた燭台の首を掴み手慣れた様子でしゃりしゃりと左右に小刻みに捻り、物置部屋に隠されていた地下室への階段を開いたのだった。
「―――結構暗いですね」
床にぽかりと口を開いた下り階段を覗き込みながら少女がそう感想をもらした。
それに応えて、というわけでもないだろうが、アニスは燭台にかけられた火皿を取り外すとそれをダミーに手渡しその背中を階段の方にぐいと押し出した。
にわかに、その顔を険しくするアイリを手で制し、ダミーは一つ肩をすくめると燭台を高く掲げ階段を下って行った。
時間としては十秒と少し、緩やかな傾斜の階段を燭台の淡い照明で照らしながら下っていくと、やがて一行の目の前に金属製の扉が現れた。
金属質な光沢、しかし鏡面のように光を映し返す正体不明の材質の扉を前に、ダミーはふむ、と鼻を鳴らし後背を見やった。
「扉だ」
「扉だな」
ダミーの言葉にそう間を置かずアイリが応じた。
「開けないのか?」
「いや、なんか嫌な予感がしてな」
曖昧な物言いにアイリは小首を傾げ、そして扉の前に立つダミーをやんわりと押しのけるとドアノブに手をかけた。かたかたと、ノブの空回りする音が薄闇の空間に響く。
「……開かないな」
ひとしきりドアノブを右に左にと捻り、扉が開かないことを確認すると、アイリはダミーを見上げそう言った。
「だ、そうだが。さてどうするね」
後背のアニスに振り返りダミーが問う。と、アニスは自分の脇にある壁を蹴りつけた。がこんと音を立て壁の一部が回転し、ロングバレルの銃の掛けられた銃架台が姿を現す。
ダミーの調子っぱずれな口笛が響く。
そして、彼女は銃架台に掛けられた銃を取り外し、それをダミーに投げ渡した。
「おいおい、随分大げさなドアノッカーだな」
銃をキャッチしながら、ダミーは歪に唇を歪め笑んだ。全長七十センチ弱といったところだろうか、照り返しの少ない鈍色の銃身、長めのストックに広い銃口そして特徴的なフォアグリップのハンドル機構、乏しい知識と記憶からそれはショットガンと呼ばれる銃に近い姿をしているとダミーは感じた。
「銃、かしら。そんな複雑な構造の物を見たのははじめてですけれど」
「頑丈な扉も開ける魔法のステッキか。お供の小動物も欲しいところだな」
火皿をエウナに手渡し、ダミーは改めて銃を両手で持ち直すと給弾ハンドルを引いた。
金属質な音を立て銃身に銃弾が込められるのを両手の平の感触で感じると、ダミーはくるりと銃口を返しそれを目の前の扉の蝶番に向けた。
「―――耳、塞いでおいたほうがいいぞ」
直後、爆裂と評すべき轟音が響いた。
悲鳴をあげてねじ曲がる蝶番を見て取り、ダミーはまたそぞろ笑みを深めハンドルを引いた。二度、三度、轟音が響き扉が歪む。
「オープン、セサミ」
計四発の発砲から歪に曲がった金属の扉にダミーが前蹴りを見舞うと散々苛め抜かれた金属板は耐えられなくなったのか吹き飛んでいった。
「さあ、さっさと目当ての物を探し出して上に戻―――」
後背に振り返り、一同にかけようとした言葉は響いた風切り音に途切れた。
直後、それまでも感じていた―――しかしその瞬間急激に膨れ上がった『嫌な予感』がダミーに次の行動をとらせていた。
アニスとその側に立つ少女を階段の方向に突き飛ばし、アイリとエウナの足を払い地面に転がす。
瞬間、吹き飛んだ戸板の陰から轟と音を立て真っ赤な光線が腰を落としたダミーの頭上を舐めていった。
ちりちりと嫌な音を発する頭上の熱を感じながらダミーは手に持つ銃を熱線の元に向け引き金を引いた。
一発、二発、三発―――
やがてがちりと、弾切れを示す金属音が鳴る。
「弾切れか……」
青い顔でダミーが呟く。その視線の先で細れ擦れ微細な火の粉となって霧散していく赤い光線の軌跡が、放たれた散弾によって構成の大半を粉と化した悪魔よろしく恐ろしげな容貌の異形の石像の抉れた口腔の中へ吸い込まれるように消えていった。
「―――おお、危ね……」
「ダミー! 大丈夫か?」
冷や汗を拭い上半身をそのまま地面に寝かせ仰向けになったダミーに飛びつくようにアイリがまたがってくる。
「ああ、危うくローストになるところだったがな。お守りのご利益だな」
乾いた笑い声を漏らしダミーは弾切れの銃を近くに放り投げた。
視界の大半を占めるアイリのアップの向こうで、スカートの裾を払うエウナやアニスの手を借りて立ち上がる少女の姿が見えた。
「さてな、壊す方じゃなく治す方の作業に入れるのはいつになるのやら」
地面に投げ出され燻る火皿の残り火を眺めながら呟かれた言葉は首を傾げるアイリの向こう、無機質な地下室の天井に吸い込まれていった。




