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もしも明日が雨ならば 5

 屋敷の外観に比較すると少し見劣りの感もする小奇麗なシングルベットの上で、その女性は死んだように眠っていた。

 血の気のない顔、彼女が死んでいるのではなく生きていると判じることができたのは、微かに、本当に微かにその胸が上下していたからだった。

 広々とした部屋、今はカーテンを閉じられた恐らく窓があると思われる一角と、白木の簡素なドレッサーと、他多数の空間を占める書架、そしてその中に埋もれるようにポツリと配置された黒木の豪奢なテーブル。清潔ではあるが、それでもどこか不思議と雑然としたものを感じさせる空間―――まだ銃声の残響が揺れる頭を振り、振り、事情を聞きたげに視線を送ってくるエウナの後に続きその部屋に入ったダミーはそう感じた。

「彼女が?」

「ええ」

 ダミーの視線の先を追い、エウナは首肯した。

 ―――たしかに、似てないな。

 言葉にはせずに、しかしダミーは思わず心中でそう呟いた。

 浅黒い肌に、彫りの浅いのっぺりとした顔立ち、薄い唇、顎から首にかけてのいかにも頑強そうな骨格、醜女とまではいかないが、ヴィオレッタ、エウナ、アイリ、と、出会った女性のことごとくが容姿として高い水準を保っていた今までを鑑みれば、どうにも釈然としないものが感じられる容姿の女性であった。

「……よくないのか?」

 内心に浮かぶ失礼極まりない感想をそのまま心の深いところに沈め、ダミーはエウナにそう質問を投げた。素人目に見るには、確かに血の気を失い昏昏と眠り続ける様は異常といえばたしかに異常ではあるだろうが、特に苦しがる様子もなく表面に見えるような身体的な異常というものが見当たらない彼女のこの姿に結びつける難病重病の像はどうも浮かんでこない。

「ええ、よくありませんわ―――とても」

 エウナは、カリーナの顔に視線を向けたまま、言葉を選ぶように慎重にそう紡いだ。

 短い言葉ながらに、その横顔に浮かぶ殊更暗い表情が事態の重さを物語っているようだった。

「あの―――」

 二人の間の重い沈黙の内に、少女の不安げな声がかかった。

 見れば、少女と、件の襲撃者が部屋の入口に立ち、エウナとダミーの様子を見つめていた。

「おかぁ……母は?」

 不安げに揺れる声に問われ、エウナは硬い表情のままちらりとカリーナに目を向けた。

「魔道器官がズタズタになっているうえに衰弱も酷い……ここまでの事態は、流石に予想外ですわ」

「そんな……」

 エウナの言葉を聞いた少女の瞳がみるみると雫に濡れる。にわかに狼狽の色を瞳で揺らすエウナ、鉄面皮で少女の背後に控える金眼の少女、そして言葉もなく彼女をじっと見つめるアイリ、と順々と視線を巡らせ、ダミーはいたたまれぬ空気が充満しはじめた室内にぱちりとフィンガースナップの音を響かせた。

 沈黙に投げられた異音に向く一同の視線をたしかめ、「それで」と口火を切った。

「俺は専門家じゃないんであまり無責任なことは言えないが、その口ぶりから察するに、どういう症状であるかということに関してはお前さん把握できているんだろう?」

 水を向けられたエウナは、突然のフリに目を白黒させていたが暫しの間をおいて「ええ」と肯定の言葉を返した。

「その難易度の高さ低さを抜きにして、こういった症状の人間が命を繋ぐ可能性というのは有り得ない……?万が一にも?」

 こう問うダミーに、エウナはまた暫し沈黙し、やがてゆるゆると首を左右に振った。

「魔道器官を修復し、弱り切ったこの肉体を再び活性化できれば、彼女を助けることはできる筈ですわ」

「そのために現状足りないものは、知識か? 技術か? 道具か?」

「魔力、ですわ」

 この答えに、ダミーは一瞬苦い色をその顔に浮かべた。おおよそ、自身では共感も想像もできないような分野の、それこそ異世界の向こう側の言葉がまた飛び出したからだ。いい加減、目隠しのまま全く見知らぬ世界観に触れていくことに一抹の気疲れのようなものも感じはしたが、しかし、そこはダミーも表にださず、素知らぬ顔を繕い次の言葉を探した。

「足りない、というとお前さんの魔力か? それとも彼女の?」

「両方ですわね」

「魔力不足を起こしている彼女の生気を保つための魔力と、実際の施術を行うお前さんの魔力、ということか?」

「ご名答、ですわ」

「となれば現状に必要なものは足りない魔力を補うための何か、だな。お前さんの風でいうなら魔術的触媒、というのかね」

「……あなた、本当に魔道士ではありませんの?」

「残念ながら違う。占い師か詐欺師になら、なれるかもしれんがね」

 胡乱な瞳を向けてくるエウナにダミーは苦笑で応じ肩をすくめてみせた。

「で、だ。ここの家主は名前の知れた錬金術師様だったんだろう。だったら魔術的触媒とやらも所蔵しているんじゃないのか」

 これは、半ばの確信ともう半ばの勘から出た言葉であったが、それを受けたエウナはそれまで二人のやり取りを不安げに聞いていた少女に視線を向け、彼女が瞳を伏せると、力なく首を振った。

「錬金術師と呼ばれる魔道士は概して自分の工房を秘匿したがる傾向がありますわ。そこから物品を拝借するのは、難しいでしょうね」

 そう語るエウナの様子からは『難しい』という些か曖昧な表現の内に絶望的な壁があることを感じられた。八方塞がりか、と、さしもにダミーも閉口する。

 再び訪れようかとする暗い沈黙を、しかし寸前で破ったのは微かな足音だった。

 金眼の少女がふらりとエウナのそばに歩み寄りその手を取った。

 突然のことにきょとんと目を丸くするエウナの手首を返し手のひらを開くと、そこに人差し指をさらさらと小刻みに滑らせる。

「アニス……?」

 少女が、金眼の少女の行動に問いたげな声をあげる。

 アニスと呼ばれた金眼の少女は、ひとしきりにエウナの手のひらの上で指を動かすと、彼女の顔をじっと見上げた。

「……魔法薬ならなんとかなるかもしれない、と?」

 エウナの言葉に、アニスは首肯をした。

「本当なの? アニス」

 少女に向き直ったアニスが胸の前でせわしなく腕を動かすと、それまで暗く沈んでいた少女の顔が微かに明るくなった。

「魔法薬の倉庫への出入りの手順を母に聞いたことがあるといっています!」

「……光明が見えたな」

 それまで重く垂れこめていた緊張とともに、ダミーは細い気息を吐き出した。

「案内すると言っています」

 弾んだ声で少女が表情を明るくする。先導するように歩き出したアニスの後を少女とエウナが追従し、室の扉をくぐってゆく。

 退室していく彼女たちの後姿を、ダミーは細めた瞳で見送った。

「ついていかなくていいのか?」

 アイリに手首を握られ、やや緩慢にダミーは首を巡らせアイリに顔を向けた。

「―――やっぱり、俺子供苦手だわ」

 唐突な物言いにきょとんとした顔をするアイリの頭を一つ撫で、その手を取り歩き出す。

「独り言だ、忘れてくれ。さあ、今度は銃弾をぶち込まれないようにしっかりついていこう」


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