もしも明日が雨ならば 7
「まさか術者があの様で侵入者除けのトラップが動いているなんて……動力はどこからきているのかしら」
砕かれた石像の面をエウナが興味深げに覗き込む。
「ごめんなさい。私たちもまさかこんな危険なものが家で動いていたなんて知らなくて……」
ぺこぺこと頭を下げる少女から視線を外し、ダミーは足元の不自然に盛り上がった石畳を無造作に踏み込んだ。数瞬の間を置き、ダミーの前方、位置にして丁度先の床を踏み数歩進んだ先はあのあたりだろうと思われる位置に横合いの壁から穂先鋭い黒い槍が三本飛び出してきた。
踏み石の上にアイリを抱え下ろし、振り上げた長銃のストックで伸び切ったまま静止した槍の柄を殴りつけへし折りながらダミーはくさくさと肩をすくめた。
「まあ……あるにはあると分ったんだから慎重にいけばいいさ」
直後、傾げた首の脇を風切り音が通り抜けて行った。音の元を視線で追う、その先でおそらく先の槍と同じもので作られたと思われる鉄棒が壁に深々と突き立っていた。
「―――慎重に、な」
「……罠が動かなくなるスイッチを今押した、と言っているな」
アイリを通してアニスのそんな言葉が伝えられる。
「……そういうのがあるならはじめに押しておいてくれ。頼むから」
当然といえばそうだが、件の罠の停止スイッチを押してからは別段の妨害もなく一同は隠し倉庫の探索ができた。微かな照明の照らす地下の倉庫、という言葉から感じられる印象に反しその二十メートル四方程の広さの部屋は案外に清潔な様であった。四方の壁と部屋の中央を横断する形で置かれた棚に整然と並べられたガラス瓶群はどれを見ても表面に像が映るほどに清潔で一本一本に見るからに神経質に薄紙一枚の空間いっぱいに詰め込まれた文字らしきもので記されたラベルが貼ってあった。
「……流石に、読めないか」
瓶の一つを手に取りラベルの文字を眺めながらダミーはそう漏らした。
読めない文字を表す言葉として、ミミズののたくったような文字、というものがあるが、ダミーから見たそれは棒人間の踊ったような文字といった様であった。今ダミーが眺めている瓶のラベルでは、ノートの端に手慰みに書くようなそのものの棒人間の立ち姿から、それが横になったもの、植物の葉、炎らしき記号、そして羽、とそれがこの状況でそこにあるから薬品に関わる表現であるとかろうじて分るような文字が連なっている。
「これもまたお約束、かね」
「暗号、かしら。あまり時間がかけられないこの状況では面倒この上ないですわね」
「ああ、そうなの……」
独り言のように呟かれたエウナの言葉にダミーは微かに肩を落とした。
ぶつぶつと何事かを低い声で囁くように呟きながらエウナは次々と薬品棚からガラス瓶を取り出しラベルを見比べ、時々瓶の栓を抜き中身を指に垂らし舐めて顔をしかめ、また次の薬品を手に取りと見るに忙しげに動き回っている。
ダミーから見れば意味不明のラベルの表記も彼女には何かの指標になっているらしくラベルをなぞり薬品棚の間を行き来する動きには何か明確な意思が見えた。
「その道の人間の動きってのはやっぱり違うな」
「お薬、見つかるでしょうか……」
いつの間にかすぐ脇にたっていた少女が不安げな声でそう漏らした。
おそらく、ダミーに何か明確な答えをもらおうという意味合いでの質問ではなかったのだろう。募る不安がぽろりと口からこぼれた、そんな風情であった。
だから、ダミーはそれが酷く無責任な物言いであると自覚しながらも「大丈夫だろう」と返していた。
「多分な。それに、これだけ広い魔術師所有の倉庫にそのテの薬だけ無いってのは逆になかなか想像できない事だろう」
性分でもない物言いに歯の浮くような気持ちを味わいながら奥歯を微かに噛みしめる。
「そうですよね」
少女の顔はそれでもまだ暗かったが、ダミーの言葉にそれなりの納得と楽観を得られたのか、幾分か声は軽くなっていた。
「ありましたわ!」
突然上がった素っ頓狂な声に二人はきょとんと目を合わせ、やがてその意味がじわりと頭に浸透してくると少女の表情はみるみると明るいものになっていった。
「本当ですか!?」
笑顔爛漫、軽やかな足取りでエウナの方に駆け寄っていく少女の背中を目線で追い、ダミーはやれやれと首を振り傍らに立つアイリに視線を向けた。
「そういえばお前さん、文字が読めるんだな」
「アレは分らないけどな」
薬品瓶のラベルを示すアイリにダミーは苦笑した。
「確かめたいことがあるんだ。一つアニス嬢に倣って俺に披露してもらえるかな」
そうしてアイリに手のひらを差し出す。アイリは「いいぞ」の二つ返事でダミーの手を取るとさらさらと指をはしらせた。
「伝言、だと言っていたな。どうだ、今ので分かったか?」
「……ああ、多分な」
ダミーはおもむろにアイリの視線を辿り、その先に立つエプロンドレスの少女を見た。相変わらずの鉄面皮でダミーを見つめ返してくるアニスからゆっくりと視線を切り、ダミーは自分の手のひらを眺め、そこに先ほどなぞられたアイリの指先の軌跡を自分の指で追ってみた。
”マスターに色目使ってんじゃねぇぞこのクソ〇〇〇”
「―――これは酷い」




