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もしも明日が雨ならば 3

 瞼の向こうできらきらと光が踊って、体の中を温かな何かが駆け抜けていく。

 ゴツゴツとした温かな手の平の感触を額に感じて、目を覚ました。

 だるくて、寒くて、少し熱っぽい。頑張れば起き上がるくらいはできそうだったけれど、額を撫でる温かい感触が無理はしなくていいと言ってくれているようだった。

 混濁した意識の中で、意味のわからない言葉や思考が泡沫のように浮かんでは消えていく。

 ―――何、してたんだっけ……?

 ぼう、とした頭で考え、浮かんだ答えに愕然とした。

「お母さん!」

 身を起こそうとした先に、ごつりと星が散った。


 ☆


「ぐあぁぁ……!」

「ッ~~~!」

 額を押さえ、呻き、苦悶する二人に、エウナはこめかみを押さえつつ小さな溜息をついた。仕草だけでなく、本当に頭痛がしていた。

「良い頭突き持ってるじゃねぇか」

 先に痛みより復帰したのはダミーの方だった。派手に星を散らせた額はまだ少し赤らんでいたが、つとめて明るい調子で少女の石頭を賞賛してみせた。

 一方の少女は賞賛など知らぬと、頭を抱えて転がり悶えている。そうとう痛かったのだろう。

「……仕方ないですわね」

 くぅ、と細い声をもらす少女のすぐそばに寄ると、エウナは少女の額に手のひらをかざし、ひらりと揺らした。エウナの手の動きを追うように燐光が散り見るに少女の表情から苦いものが消えた。

 仰向けに転がったまま不思議そうに額を撫でる少女からまた距離を取り、エウナは疲労の見える顔でゆるゆると頭を振った。

「あったまいてぇですわ……」

「地が出てるぞ」

「あら失礼」

 上品に口元に手を当て欠伸を吹きながら、おほほとわざとらしく笑うエウナから視線を外すと、ダミーはちらちらと怯えた様子で周囲をうかがう少女に改めて向き直った。

「お嬢ちゃん運がよかったな。あの野で倒れていた君をこのお姉さんが見つけたんだよ」

「この雨の中あなたのような小さな女の子が一人歩きするのは自殺行為ですわよ。何があったのかしら」

 ダミーに並び少女の目線に合わせながら継がれたエウナの言葉に少女は、途端にその大きな瞳にじわりと涙をにじませた。

 突然の涙に困惑し顔を見合わせる二人の間を、エウナ、ダミー、そして丸めた外套と枕をかえながらも我関せずと眠っていた筈のアイリがするりと抜けて少女の前に立った。

 潤んだ瞳で自分よりも一回り小さな体躯のアイリを見上げる少女、思わぬ人物の行動を半ば呆として静観するダミーとエウナ、そして、アイリは感情の読みにくい無表情で少女に手を伸ばすとその頭をくしくしと撫でた。

「どうした、お前どこか痛いのか」

 言葉としては、特別なものではない、むしろいささか的はずれな感すらするものであったが、自分より小さな少女にそうして心をかけられることが何らかの琴線に触れたのか、少女は唐突にアイリの体にがばりと抱きつくと大声をあげて泣き出した。

 無表情に、しかし、その瞳に微かに困惑を浮かべて「どうしたら?」と視線を投げてくるアイリに、ダミーは曖昧な苦笑を返し「そのままで」と口だけを動かして言葉を伝えた。釈然としない様子で頷くアイリに、ダミーはまた苦笑した。



「ハハキトク、イシャヲヨベ……とね」

 冗談めかしたその言い様に、エウナに咎めるような視線を向けられ、ダミーは小さく肩をすくめた。

 泣き声混じりに少女が語ったところによれば、彼女はツァリーベから少し離れた場所にある薬師小屋に住む魔術師の娘で、倒れた魔術師―――母のためにツァリーベまで医者を呼びにいく道中であったらしい。しかし、見た目に十代前半の頭といったところの幼い少女があの雨風の中馬車が必要になるような距離をろくに準備もせずに飛び出して行けばどうなるか……結果は、この通りというわけだ。

「ツァリーベの薬師小屋といえば……カリーナ・レッフェルト?」

 エウナの呟きに少女が反応をしめした。

「母を知っているんですか?」

「ツァリーベの街では有名な錬金術師の名前ですわ。十年程前にツァリーベを離れたと聞いていましたけれど、ご息女がいましたのね」

 言いながら、少女の顔を見つめる。

「似て、いませんよね」

 エウナの視線を避けるように俯きながら、少女がそうもらした。

「……私はカリーナ女史との面識がありませんのでなんとも言えませんわ」

 何かわけありげな少女の言葉にきまずそうにそう返し、エウナは少女からそっと視線を離し、それをちらりとダミーに投げた。

「とにかく、お嬢さんはおふくろさんの体を診られる医者の役が必要なわけだ」

 エウナのアイコンタクトを受け取ったダミーは殊に明るい顔で少女にそう声をかけた。

 潤む瞳に見えるのは、不安か期待か、少女の瞳がまっすぐ自分を見るのを確認してからダミーはぱしりと手を打ち合わせた。

「お嬢さん幸運の女神に愛されているな。ここには薬師と魔術師を兼ねる優秀な癒し手と、お嬢さんが一生懸命に走るよりずっと速く移動できる竜車がある」

 言葉が進むにつれて少女の瞳に驚きが浮かび、ついでそこに期待が浮かぶ。―――他人の善意を期待し、それにすがろうとする瞳だ。それはダミーにとって正直に言えば見ていて愉快な気分のしない様だったが、幼いといってもいい少女にあえてそれを見せることもなくいささか大仰に芝居じみた仕草でエウナと自分たちが座っている荷台の床をしめした。

「俺たちもツァリーベに向かう道中だったんだがね、どうやら今あの街は近辺に賊がでるだとかなんだかで部外者の立ち入りができなくなっているんだそうだ。封鎖自体は数日中に解除されるって話なんだが、この雨風のなかずっとこの馬車にこもっているわけにもいかないわな。さて、それをふまえて、お嬢さんはどうする?」

 多少、突き放すような言い様になったが、ダミーの遠まわしの提案に少女は少しの間を置いて、お願いします、と震える声で頭を下げた。


筆がすすまぬぇ

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