混沌よりいづるもの5
「いやいやしかし、お前の疫病神っぷりも相当なもんだな」
鍋のかけられた焚き火を囲む食事の席でポーリーは鼻を鳴らしてそう笑った。
ダミーの手首の治療を終えたエウナが馬車から引っ張り出した材料を使ってシチューを作りはじめ、完成が近づいた頃にその場に現れた彼は鍋を囲む一同の面子にもそれまでの放置状態にも頓着した様子もなくどかりとダミーの横に座り込み期待に満ち満ちた様子でシチューの完成を待ちわびていた。
名無しの少女は相変わらず何を考えているのかわからないぼうとした表情で焚き火の炎を眺めていたし、エウナも鍋の中身をかき混ぜるのに集中しているのか一言の言葉も発しない。
不幸なトラブルから、そしてそれが一応の沈静化を見せてから、こうして一同に会して鍋を囲む事となった面々の間で、さて何をどう話したものかと思考を巡らせていたダミーは、ポーリーの言葉に内心で喜々としながら応じた。
「おいおい、人聞きの悪いことをいうなよ。お前こそ、俺を迎えにきただのなんだのご大層な事言いながら毎度地面にくたばってるか御者席に座ってるかだけじゃねえかよ。その腰の立派な斧が泣いてるぜ」
ぐ、と、ポーリーは呻き気まずげに顔を歪めた。自覚はあったのだろう。
にわかに視線を泳がせ始めたポーリーは、やがてエウナと少女に視線を向けると思い出したように手を打った。
「あんまりにも自然に鍋囲んでたから思わず流してたが、この二人は?」
「お前が薬品棚を壁ごとぶち抜いたおかげで家を丸ごとローストにされた不幸な女性と」
そこで言葉を切り、ダミーは少女の顔を見た。そういえば、エウナの事はともかくこの少女の事に関してダミーは何も知らないのだ。エウナの口ぶりから、幻狼と相打ったあの場にいたらしいということはおぼろげにわかっているのだが。
「……そういえばお嬢ちゃんについてはまだ詳しい話を聞いてなかったな」
「なんだそれ」
眉を寄せるポーリーと、ダミーは鍋を見ているエウナに視線を向け、反応が返ってこないと見ると続けてそれを少女にうつした。炎を見つめていた少女は二人の視線に気づくと、きょとんと目を丸くした。
「なんだ?」
「お嬢ちゃんは、エウナお姉さんとどういう関係なんだい?」
「あなた方の場合とそう大差ありませんわ」
少女が口を開くより先にそう言葉を発したのは、それまで黙々と鍋を見ていたエウナだった。それまでの二人にくわえ、少女も加わった三者の視線を一身に受けながら、エウナは鍋をかき混ぜる手を止めずに淡々と言葉を接いだ。
「魔王の種の魔力を感じたのであの平原に行ってみたら、この娘とあなたたちが倒れていたのですわ。この娘とそこのレショナルオークさんは特に怪我などはしていませんでしたけれど、残りの一人はどういうわけか右腿からの大量出血で血の海に沈んでいましたの。持ち合わせの増血剤と治療魔術でなんとか命はつなげたものの、何かが一つか二つ違えていたら危なかったでしょうね」
「おいおい、命の恩人じゃねぇかよ」
「お前さんはその命の恩人の家をとんでもない誤解で全焼させてしまったわけだがな」
焚き火から煙草に火を灯しながらしれと吐かれた言葉に、ポーリーはみるみると顔を青くした。
「いやさ、まさかいきなり部屋の壁をぶち抜いてくるとは思わなかったな」
煙草の煙とともに、見る者の不安を煽るような暗い笑いを歪んだ唇の端に通す、もはやポーリーの顔は青を超えて白くなろうとしていた。
「あなたちの素性が知れないからと、拘束をしていた私にも非がありますわ。だからあまり気になさらないでください。近いうちにあの工房も引き払おうと思っていたところですし、ね」
ポーリーを気遣うようにふわりと笑う、一見にすれば、それは善良無垢なまさしく慈愛の女神のような微笑だった。だが、はたに裏を見るダミーからしてみれば、そこにどうしても黒いものを見てしまう。まあ、この状況の一旦を担うダミー自身も他人のことをとやかく言える立場ではないが。
お膳立てをすませ、にやにやと状況を静観するダミーの目の前で、ポーリーはがばりとその体を地面に投げ出しエウナの目の前で五体投地の様を見せた。
「本当にすまなかった。燃えたものを今すぐ全部元通りにするのは流石に無理だが償いは必ずする。任務の最中だから大したことはできないが俺にできることならなんでも言ってくれ。金も、本国に戻りさえすればなんとかできると思う」
いっそ見るがわの心を痛ませるような潔い謝罪だった。
ダミーは相変わらずの表情でそれを眺めていたが、エウナの方は流石に感じるものがあったのか、ポーリーのすぐそばで膝をつくとその手を取って華奢な両手で包んだ。
「お顔を上げてください。あなたが気に病む必要はないのです。ご友人を助けようとしたのでしょう? あなたのその清い意志は賞賛されこそすれ、責められるべきものではありません。むしろ、素性の知れない相手だからとちゃんとした対話も怠りああして縛り付けていた私にこそ非はあるのです。だから、無為にご自分を卑下するのはおやめになってください」
「だがよう……」
「これいじょうはお互い惨めになるだけですわ。だから、ね?」
そう言われ、ポーリーはゆるゆると身を起こした。
「すまねぇ、すまねぇ、ありがてぇ、あんた女神のようなお人だ……!」
重ねられたエウナの手を捧げ持ち、おいおいと男泣きをするポーリーに、エウナは彼いわくの『女神のような』慈愛の微笑を顔に貼り付けたままちらりとダミーの方に視線をよこした。
その視線を受けながらダミーは唇だけを動かし、こう応じた。
―――め、い、え、ん、ぎ、と。
表情は崩さず、しかし明らかにそうと分かる怒気を発しはじめるエウナから視線を切り、ダミーは同じく二人の様子を眺めていた少女を招き寄せ、膝の上に抱き寄せた。
「あの二人は長くなりそうだ、俺たちは先に頂いておこう」
「いいのか?」
「いいさ。聖人エウナ様はそのくらいで怒ったりはしない」
くつくつと喉を鳴らすダミーを少女は膝の上から不思議そうに眺めていたが、取り分けられたシチューの食欲を誘う匂いを嗅ぐとやがてそれも忘れたように喜々と食事をはじめた。




