混沌よりいづるもの4
その惨状を一言で表すならば、消し炭、だろうか。
未だ大火の余熱をはらむ乾いた風が灰を巻きながら吹き、変わり果てた我が家の残骸を前に力なく膝をつくエウナの髪を揺らした。
「みんな燃えてしまったな」
少女の発した無邪気な、しかしこの上なく残酷な一言が一同の胸を深々と抉る。
ついにというべきか、地面に頭をこすりつけるようにして嗚咽を漏らし始めたエウナの肩をポーリーが励ますように叩いた。
「なに、形あるものはいつか壊れるもんさ。命があっただけ良かったじゃないか」
「お、ま、え、のせいですわー!」
肩にかかった腕をとり、その身を引き寄せ腰をとらえると流れるようなブリッジで後背の地面に固太りの体躯を叩きつける。見事なベリィ・トゥ・ベリィに、二の句も継げずにポーリーは白目を剥き沈黙した。
頭から地面に突き刺さりピクリとも動かなくなった鼻面に蹴りを見舞うと、エウナはまた焼け跡の前まで歩き、その場に座り込んでしまう。
そして、いわゆる三角座りの体勢で抱え込んだ自分の膝に顔を押し付け押し殺した嗚咽混じりに何事かを呟きはじめる。
断片的ではあるが、そこに聞こえる言葉には「私の家が」だとか「これからどうすれば」という傍にも分かりやすい悲嘆の言葉から「またティッシにバカにされる」「お母様ごめんなさい」などとそれだけでは意味をはかりかねるような言葉が続き、果てにはもはや言語として聞き取れないような呪詛の言葉が低い声で紡がれていく。
気まずさもここに極まる。明らかに健常ならざる様で力なく垂れる右の手首の痛みもよそに、酷くいたたまれない心情でダミーはエウナの小さな背中を見つめていた。
ダミーの立場で見れば、起きるなり簀巻きにされ絞殺されかけた挙句に少女誘拐の濡れ衣を着せられ手首を折られ、と散々な扱いを彼女から受けているわけではあるのだが、それでも生活圏を丸ごと焼き払われる不幸をざまあみろと笑ってやる気分には、流石になれなかった。
手持ち無沙汰にズボンのポケットに手を入れ、固い感触を掴んだ。片手で難儀しながらそれを引き出してみると、それはくしゃくしゃに潰れたソフトケースの煙草と百円ライターとそして少し構造の歪んだメタリックカラーの携帯灰皿だった。
―――そういえば、こんなものもあったな。
意外な物品との再会の感動もそこそこに、ダミーはごくごく無意識的な動作でケースから引き抜いた煙草を一本口にくわえ、点火していた。
少し重めの紫煙が灰を満たし、頭の中がくらりと揺れる。
ひとしきりに久方ぶりの喫煙を楽しみ灰を灰皿に落としていると、ダミーは自分を見つめる視線に気がついた。
いつの間にか、エウナがこちらに首を巡らせていた。
先ほどまでの嘆きようが嘘であるかのように、食い入るような視線をダミーに、もとい、ダミーの手の煙草に向けている。
「……毒物みたいなもんだが、吸ってみるかね」
「是非」
ソフトケースから抜いた一本を手渡すと慣れない手つきでフィルターを口にくわえ、先端をこちらに向けてくる。
「ん」
「あいあい」
ライターの火を近づけるとそこに先端をかざし息を吸う、火種のうつった煙草が紫煙を吐き始めるのを眺めながら、ダミーは感心した。火種から火を移そうとすると、フィルターから息を吸って火勢を調節するなどちょっとしたコツがいるのだが、エウナそれを特に説明されることもなく実行していた。
―――煙草、のようなものがこっちにもあるのかね。
だとしたら、喫煙者の身では嬉しい話だ。
エウナは暫し煙を肺に取り込んでみてはふむふむと唸っていたが、灰を地面に落とすと一際に長い煙を吐きだした。
「効能はまるっきりの毒物ですけど、香りはいいですわね。少し落ち着きましたわ」
「そりゃ重畳」
なんともいえない静寂の中、二人の吐き出す紫煙がゆらりと揺れる。一種の、現実逃避ともいえる。
吸殻を携帯灰皿の中に詰めながら、ダミーは横目でエウナの様子を盗み見た。先の本人の言葉の通り、呆けたような表情で煙草をくわえるその表情からはポーリーを投げ飛ばす前後のような強い感情は見られない。そうと見ると、ダミーは心中で言葉を吟味しながら口を開いた。
「一つ話しておきたいんだが」
「なんですの?」
どことなく虚ろな感のする青い瞳がこちらを向く。
「俺は幼児性愛者じゃない」
「見ず知らずの女の子が初対面のあなたをご主人様よばわりしたと?」
それまで茫洋としていたエウナの瞳がにわかに力を帯びる。刺すような鋭い視線を苦々受け止めながら、ダミーは肩をすくめてみせた。
「実にまったくその通りだ」
「あなたの言葉は真実かもしれないし、そうではないかもしれない。私はそれをどうやって判断すればいいのでしょうね?」
いつか聞いたような言葉を返される。もっとも今回のエウナの顔に笑みはなかったが。
「至極簡単なことだろう。当人に聞けば良い」
そう言ってダミーは地面に頭から突き刺さったポーリーをぼうと眺めていた少女に手招きをした。
「なんだおっさん私に何か用事か」
ととと、と駆け寄ってきた少女の肩に手を置きダミーはエウナの方に振り返った。
「初対面ってわけではないんだろう。できれば俺の手首をへし折る前にそうしてほしかったがね」
「なんの話だ?」
「エウナお姉さんがおっさんを人さらいの極悪人だというのさ。俺はやってないってのにな。エウナお姉さんの言葉通りなら、お嬢ちゃんも俺にさらわれた内の一人だとさ」
「そうなのか?」
「おかしな話だろ? おっさんとお嬢ちゃんはさっき会ったのが初めてだったってていうのに」
「そういえばそうだな」
頷く少女に、ダミーは改めてエウナの方に視線を送った。しかし、エウナの表情は相変わらず険しいままであった。納得がいっていないのだろう。
「あなたにこの質問をするのは二度目ですわね。あなたのお名前を教えてくださる?」
それまでが幻か何かだったかのようにその表情からするりと険を抜くと、彼女は膝を折って目線を合わせながら少女にこう問うた。
ダミーはこの質問の意図を測りかね静観の構えをとったが、少女の側としては特にこの質問に疑問を感じなかったのか素直にこう応じた。「わからない」と。
「あれは私に言葉や知識はくれたが、名前は与えてくれなかった。だから今の私は名無しだ」
語る言葉とは裏腹に少女の声はひどく淡々としたものだった。
少女の語るところの名無しという言葉がダミーの頭の中で反芻される。それは、ある意味ダミーにとっても身近な言葉であったからだ。
「……命名魔術?」
「博識ですわね。でしたら、私が言わんとしていることもおのずとお分かり頂けるのではなくて?」
「俺は魔術なんて使えんぜ」
「……今更に認めるのはとても心苦しいですが、実際その通りなのでしょうね。私のような小娘にそれだけぼろぼろにされても無抵抗を貫くのですから、そうでなければあなたは筋金入りの被虐趣味者か筋金入りの詐欺師かのどちらかですわ」
細く小さく気息を吐くとエウナはゆるりと表情を崩した。初対面の仮面じみた笑顔でも、ダミーを犯罪者と追求する時に見せた鋭い瞳でもなく、ただただ疲労と悲哀の同居するアンニュイな表情だ。
「誤解は解けたかい」
「そう、ですわね。ええ、あなたには申し訳ない事をしましたわ」
やけにしおらしい態度で頭を下げるエウナに、ダミーは苦笑した。
「失血死しかけてた身空を助けてもらったからな。それに、これだけ大きな借りをつくった相手を責めるなんて大それた事は俺には出来んよ」
ダミーはそばに転がる灰の塊を掴んでエウナに振ってみせた。
「俺はご覧の身の上だ。現状から何ができるかなんて自分でも分からないが、君さえ良ければ俺に恩返しをさせてくれないか」
ダミーの提案に、エウナは疲れた表情の中に微かに驚きの色を浮かべた。暫しダミーの真面目くさった顔を呆けたように眺めていたが、やがて視線を俯かせ一際大きな吐息をついた。
「奇縁、ですわね。あなた達をあの平原で見つけた時から、こうなる運命だったのかもしれませんわ」
その声に込められていたのは諦観か、それとも。
ダミーは殊更に明るい笑みを作り、エウナに投げた。
「降って湧いた不運で何かを失くしたなら同じもので取り返せばいいのさ。大いにこき使ってくれていいぞ、俺もその方が気が休まるからな」
大仰なダミーの言い様に、エウナは微かに笑みを浮かべた。
「そういう所には正直ですのね」
「レディーにゃ優しく、というのが旨でね」
芝居じみて笑うダミーの服の裾がぐいと引かれた。
見れば、少女の宝石のような真紅の瞳がダミーを見上げていた。
「おっさん、お腹が空いた」
ダミーはエウナと顔を見合わせ、どちらとなく笑い声をもらしていた。
「よしよし、おっさんが何か作ってやろう」
少女を肩車しエウナを促すとダミーは馬車の方に歩き始めた。
「ところでおっさん、手、痛くないのか?」
「大分前からな」
地面にのびたままで放置されたポーリーの事をダミーが思い出したのは、それから大分たってからだった。




