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見知らぬ空の見守る下で6

 ルナティア大陸は南西部の、自由都市国家群を南に抜けるのだと、久方ぶりの―――彼の基準では―――まともな食事にありつけたことで機嫌よく舌をまわすポーリーの言葉であった。

「大陸南西部は辺境部族由来の各諸侯の力が強い、逆に神聖教会の勢力は弱いから俺やお前みたいなトラブルの種が移動するにはちょうどいいのさ。だがまあ、それでもあまり人里には近づかない方が賢明だろうがな」

 御者台にポーリー、荷台にダミーを載せ竜車が平原を疾走していく。

 巨大な蜥蜴、ポーリー曰くランドドラゴンというらしいが、このファンタジー生物は並の馬を遥かに凌駕する強靭な足回りをしているらしく低背の緑の群生する平原を自動車もかくやという速度で進んでいく。

 その速度の割に馬車に伝わる振動が少ないのは、馬車の方も何かしらの特別品なのだろうか。

「長旅とは言ってもヴェリエル領までランドドラゴンの足ならせいぜい一週間そこらだ。まあお前は気楽に構えてりゃいいさ」

「ヴェリエル領ってのが目的地なのか?」

「そうなるな。その後のお前の処遇については俺は聞いてないが、まあお嬢の口ぶりを考えるにそう悪いことにはならんだろうさ」

「そうか」

 ポーリーの言葉に一応の納得を得たダミーは首を巡らせ馬車の外に視線を向けた。

 速度から、流れる色こそめまぐるしいが、それでも大きく見れば代わり映えのしない平原の景色はこれから長くなるであろう退屈な道行きを容易く想像させた。

「目的地への移動だけで何日もかかるなんてはじめての経験だな」

「まあ、このご時世だ。自分の生まれた場所から死ぬまで離れないような人生もそう珍しい事じゃない。その点お前はついてるな、貴重な経験をしているぞ」

 からからと笑うポーリーの言葉は、この世界の出身ではないダミーにとってはいささか的の外れたものであったが、あえてそれを指摘することはなくダミーは荷台から御者台に身を乗り出し馬車を引くランドドラゴンの背中を見た。

「ついでに竜車を見るのもはじめてだ。ランドドラゴンとは聞いているが、それは種族の名前だろう。これから一週間世話になるわけだからな。差し支えなければ俺に彼女を紹介してくれないか」

 ダミーの言葉にポーリーはほうと感心したように声をもらした。

「ほう、よく雌だとわかったな」

「どんなに多くても三択の問題だろう?」

「ああ、感心して損した。いや、むしろその勘の良さを褒めるべきか?」

「お好きにどうぞ、とな。レディの賞賛なら少し背伸びしたって受けたいもんだが、野郎に褒められても正直あんまり嬉しくない」

 そう接がれ、ポーリーはやや呆れた様子で嘆息した。

「いやさ、いつかお前は俺を正直者と言ったが、正直者ってのはお前にこそ相応しい言葉だろうな」

「そりゃ買い被りというもんだ。これはな、正直者ではなくて欲に忠実なだけだ」

「自覚があるならもう少し態度を改めたらどうなんだ」

 そう言われ、ダミーは暫く何かを考えるように視線を彷徨わせていたが、やがて小さく吹き出しそのままけたけたと笑い始めた。

 ポーリーは、ダミーの狂態に思わず、といった様子で振り向いた。その顔を見るに、どうやらかなり困惑しているようだ。

「豚の頭した怪人に媚びて色目使うくらいなら可愛い可愛いランドドラゴンちゃんに愛を囁くわ」

 きりりと真顔で言い放つダミーの顔面に間髪いれずポーリーの拳がめり込んでいた。

 顔を押さえ荷台を転がりながら悶絶するダミーに冷たい一瞥を投げかけ、ポーリーは竜の手綱を僅かに引いて囁いた。

「よかったなドリー、モテモテだぞ」

 ポーリーの言葉に雌のランドドラゴンは迷惑そうに鼻を鳴らした。

 

「―――ところで、後ろのあれはお前さんのお知り合いかい」

 弛緩しきった竜車のその空気の内、色のないダミーの声が、やけにはっきりと響いた。ポーリーが荷台を振り返れば、赤くなった鼻頭をさすりながらダミーが馬車の後方を示していた。

「……何か見えるか?」

 そう問うたポーリーの顔面にダミーの拳が間髪いれずめり込んだ。

「何しやがる!」

「いいからもう一度見てみろ」

 冷えつくような怜悧な声に促され、渋々再度視線を巡らせたポーリーは先に見えなかったものをそこに見た。巨大な狼だ。真白い毛並みの、ドリーよりも一回りは大きい狼が馬車の後方に追いすがってくる。

「お前さんに殴られるまで見えなかったし聞こえなかった。ただのでかい狼じゃないだろう、あれ」

「……ミラージュウルフだ」

 毒を吐くような苦しげな声で紡がれた言葉にダミーは肩をすくめた。

「そのまますぎるネーミングだな。―――どれくらいやばい?」

 問われ、ポーリーはこの上なく引きつった笑みをダミーに投げた。

「それをわざわざ聞くって事はお前もある程度わかってんだろ。だがな、お前がどんだけやばい相手を想像してたとしてもあれはそれより確実に百倍以上はヤバイ奴だぜ。混沌の落し子、魔王の種、幻惑と混沌に耐性の無い人間ならどれだけ腕が立ってもそれだけで死を覚悟する相手だ」

 やややけくそな調子で紡がれた言葉にダミーは口笛を鳴らした。

「そして非常に残念ながら俺にもポーリー君にもその耐性とやらは無いようだ、と。ゾンビにミノ助に山賊ときて、次はラリラリのワンちゃんか。おいおい、お前さんとこのお嬢様の時といい何で俺はこうも厄介事にばかり巻き込まれるんだ?」

「俺が知るかよ! クソがッ、これがお前の引き寄せた不幸だってんなら俺は完全に巻き添えじゃねぇか!」

 ポーリーの気合の入った罵倒を笑って聞き流し、ダミーは荷台に積み上げられた荷物の中から弓と矢筒を取り出した。

「で、対策は? このまま追いかけっこ続けるわけにもいかんだろう」

 矢筒から引き抜かれた矢がダミーの手の内でくるりと翻り弓に番えられた。ぎりりと引かれた弓弦から指が離れると、細い風切り音を発して矢が放たれた。

 ―――ドスリ、と。

 ダミーは自分の胸に突然生えた矢尻とその衝撃に目を見開いた。

「は、は、は……なるほど、な」

 苦笑を形作るその唇が歪み、粘質な音を立て赤い血反吐が吐き出される。

 急速に意識が遠のく、ふわりと頭を撫でるように冷たい風が吹き抜け、続く浮遊感の後ダミーの意識はどこか暗く深い所に落ちていった。

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