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見知らぬ空の見守る下で5

 ―――男が一人、森の中を駆けていく。

 ―――昼間だというのに鬱蒼と茂った木々の天蓋によって陰鬱な雰囲気のする森に、男の激しい息遣いとローブの衣擦れの音が響いていた。

 

 傭兵崩れのトリスタン、元剣闘士のオロイ、そして魔術師の男自身を加えた彼ら三人はその界隈でも最近名前の売れてきたチームだった。

 経験豊富で頭の回るリーダー役であるトリスタンとオークを素手で絞め殺す怪力オロイ、そして数々の魔術を使いこなす自分と、彼らは勇者エルンハルトのように位階持ちの魔族を軽々とくびり殺してしまうような『特別製』ではなかったが、それでも、いや、それだからこそ仕事は確実であったし緻密であったと自負している。

 今回も半日がけの事前調査から満を辞してゴブリンの巣の駆除という依頼を受け、それを完璧にこなしたのだ。

 ちょろい仕事の筈であった。実際、男が魔術でその小さな洞窟に火を放ち、蒸し焼きになった大多数の内から炙り出された数匹の哀れなゴブリンをトリスタンとオロイが仲間の元へ送ってやるだけで事はなった。

 この程度の仕事は朝飯前と笑い合う彼らのチームに自惚れがあったのは確かである。だが、荒事に身を置き、そこから日銭を稼ぐ身分として油断はなかった。

 ゴブリンの巣が燃え尽き、中に生き残りがいないことを確認し、帰還しようとしたその時に異変は起こった。

 突然トリスタンが苦しみだしたのだ。

 喉を押さえ、声も出ない様子で苦しげに悶えるトリスタンの姿に、男はすぐに何かしらの魔道による攻撃を疑い周囲の魔力を探ったがそれらしき魔力は感じられない。男はならばとトリスタンを探るが、明らかに尋常ならざる苦悶を浮かべるトリスタンの体内の様子からも異変が見当たらない。

 原因も分からないその異変に、男とオロイは何も出来ず、やがてトリスタンはこの世の全てを呪うような壮絶な表情で事切れた。

 優秀なリーダーの統率を失いはしたが、二人の次の行動は冷静そのものだった。

 男が魔術の障壁を自分とオロイに張り、二人はそのまま背中合わせに周囲に視線を巡らせた。

 原因不明の異常事態とはいえ、これを人為的な事とするならば相手の姿も確認しないままに闇雲に逃走し無防備な背中を晒すのは危険だと判断したのだ。

 未だ肉の焼ける臭いのするその場で、二人は相手を迎え撃つべく全神経を警戒にまわす。

 どれくらいたっただろうか、痛いほどの静寂の中、男は不意にオロイの苦しげな声を聞いた。

 周囲への警戒はそのままに、ちらと視線を向け、オロイの様子を見る。見て、しまった。

 そこにいたのは、オロイの胴体と、そこに本来あるはずの頭のかわりにその首根からおびただしい鮮血を吐き出す悪趣味な噴水だった。

 男が冷静さを保っていたのは、否、冷静さを気取っていられたのもそれまでだった。

 凄惨な仲間の死に背を向け彼は一目散に逃げ出した。

 魔道を志す者としての矜持も、無残にも命を落とした仲間達への思いも、全て全てかなぐり捨て。男は、逃げた。

 ただただ、恐ろしかったのだ。

 

 ―――そして、男はふと自分がいつの間にか地面に転がっていることに気がついた。

 間抜けな声が男の口から漏れた。彼の視界には、彼が見捨てた筈の二人が立っていた。

 そこで、彼の意識は途切れ、途絶えた。最後に彼が見たのは、牙の立ち並ぶ獣の口腔だった。

 

 

 

 

 

「俺は肉が食いたいよ豚マル君」

「てめーのナニでも食ってろクソが。それより俺はポーリーだっつってんだろ! 次にその胸糞悪い言葉で俺を呼んだらその前歯へし折っててめーのケツに突っ込むぞオラ」

「……ポーキー?」

「いーい度胸だ、あん? いーい度胸じゃねーかクソが」

「……で、俺はどういう経緯であんたに助けられたのか聞かせてもらえるのか?」

 ポーリーのあからさまな舌打ちが響いた。

 満月と満天の星明りが照らす明るい夜空の下で、二人は焚き火とそこにかけられた湯気の立つ鍋とを囲んで向かい合っていた。

 二人より少し離れた場所では、幌馬車と、それに繋がれた巨大なトカゲのような生物が餌皿から生肉を食んでいる。

「竜車なんてものを所有してる上に、それを任せられてしかもこの時勢で一人で長旅を行える程度の凄腕の兵隊さんの上司だろ? そんなお偉いさんの知り合いの心当たりなんて俺にはないんだがね」

『竜車』を眺めながら語られた言葉にポーリーは唸り声をもらした。

「なんだ、お嬢からは常識にも世情にも疎いって聞いてたが、そこまで分かってるのか」

 純粋に感心したといった様子のポーリーに、ダミーは曖昧な笑みを返し首を振った。

「カマをかけたのさ。実のところ竜車なんて言葉は今まで聞いた事はなかったし、武力が無ければ旅が出来ないくらい危険なご時世ってのも今分かった。ついでに、ここからの道程が長旅になるってのも初耳だったな。正直者で親切者のポーリー君には、本当に『ごちそうさま』だな」

「種明かしご苦労。で、満足したか」

「実をいうと、お前さんの言うところのお嬢についてもある程度心当たりがある。ついでに教会騎士団から俺をさらった手口についてもそれで多少アタリがついた」

「おうおう、頭の巡りが早くて結構結構」

 からからと笑い、ポーリーは木の碗に鍋からどろりとしたスープのようなものをよそいこれもまた木製のスプーンで豪快にかきこんだ。

「あー、マズイ」

「やっぱマズイのか」

 ダミーは手元のスープもどきに視線を落とし、盛大に眉を歪めた。

 つい先刻意識のなかったダミーの口に注ぎ込まれ彼を窒息に追い込みかけたこのスープもどきは、その無闇矢鱈な粘度の高さもさることながら味も壊滅的なものだった。具体的には、小麦粉と少しの混ぜ物とを直接お湯でといたような味だった。マズイ美味い以前に、もしも鍋の中身がこの想像通りのものならばもはやそれは料理と呼ぶのもおこがましい食材に対する陵辱であり冒涜であろう。

「俺の味覚がこのあたりじゃ独特なのかとか変な気使っちまったじゃねーか。なんでぇ普通にマズイんじゃねぇか、っぺ」

「てめぇ人が慣れないことしたらつけあがりやがって。そんなにいうならてめーが料理しろ! 食わせてもらう身分でナマ吐くんじゃねえぞ!」

「未開の原始人風情が文明人なめんなよ。竜車に調味料積んでたろ、ちょっともらうぞ」

 売り言葉買い言葉というものか、ひとしきり罵り合い。ダミーはポーリーの「やってみろクソが」という視線を背に浴びながら竜車に向かい、やがて幾つかの布袋を抱え鍋の前に戻ってきた。

 袋からひとつまみふたつまみ調味料をつまんでは鍋にふりかけ匙で混ぜる。途中で水を少しづつ足しながら、暫く同じような工程を続け、やがて出来たものをダミーは碗によそいポーリーに手渡した。

「食ってみろ原始人。これが文明人の料理ってもんだ」

 ダミーの言葉に唇の端で「けっ」と音を吐き、ポーリーは受け取った碗に口をつけた。

「……美味いな」

 呟かれた言葉に、喜ぶでもなく、ダミーは溜息をついた。

「当たり前だろうが。舌がまともで砂糖と塩の区別のつく人間なら誰だってあの小麦粉のお湯ときよりはマシなものがつくれるわ。何か? お前さん料理したことないのか」

「……そういうのは妹にやらせてたからな」

 ぽつりと、思わずといった風情で語られた言葉はあえて黙して流し、ダミーは自分の碗にも鍋の中身をよそい碗から直接音を立ててすすった。

「……微妙だな」

 鍋の中身を美味い美味いと絶賛しながらかきこむポーリーに聞こえないように呟かれた言葉が誰に聞かれるともなく静かな夜の空に消えていった。

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