第二話:『鉄算盤を狂わせる論理』
建安八年(西暦二〇三年)、秋。
揚州廬江郡の市場は、ぬかるんだ泥と人々の熱気、そして絶え間ない喧騒に包まれていた。
行き交う人々が肩をすり寄せ、家畜の鳴き声と泥臭い生魚の臭気が鼻をつく。
その一角で、不当な租税――治安維持費と称する不当なショバ代を強要する、市場の小役人と傲慢な兵卒たちが、零細な商人を脅しつけていた。
「払えぬとは何事だ。この市場で商いをするからには、我らの掟に従ってもらわねば困る」
兵卒の一人が、怯える老商人の露店を乱暴に蹴り上げた。泥水が跳ね、周囲の群衆は一斉に沈黙して目を背ける。関わり合いを恐れ、ただ嵐が過ぎ去るのを待つ泥の底のような沈黙。
その不条理のなかに、一人の硬骨な壮年の書生が毅然と立ちはだかった。 厳畯(曼才)(三十三歳) である。
彼は憤怒に満ちた硬骨な表情を浮かべ、怒りに眉根を激しく吊り上げていた。握りしめた拳を小刻みに震わせながらも、その口から発せられる言葉は寸分の狂いもない論理に満ちていた。
「動くな! 汝らの行為は漢朝の法理に悖る。過去に豪族の専横を制限するために出された公的な通達、建安の令に基づけば、民間の商取引に対する恣意的な徴収は禁じられている! 悉く法規の条文を諳んじてみせようか!」
厳畯は一字一句違わず法令を諳んじ、小役人たちの違法性を烈火のごとく糾弾した。
正義感に燃える彼の「正論」は市場に響き渡り、小役人たちはその気迫に一瞬怯む。しかし、やがて彼らの顔には下卑た冷笑が浮かんだ。
「へえ、威勢のいいこった。おい、旦那をお呼びしろ」
兵卒の一人が、背後の薄暗い裏路地に向かって声をかけた。
人だかりが左右に割れ、不敵な笑みを浮かべて現れたのは、市場の裏支配者である沈宗――呉の有力豪族・沈氏の傍系であり、『鉄算盤』と渾名される男だった。
沈宗は、厳畯が吐き出す「正論」を耳にすると、わずかに不快そうに眉をひそめた。
しかし、彼はその胸中に湧き上がる憤怒の火を瞬時に消し去るかのように、懐から冷たい鈍色に光る特製の「鉄算盤」を取り出した。
――チャキ、チャキチャキ!
凄まじい速度で指が動き、金属同士が冷徹にぶつかり合う音が市場の雑音を圧して響く。彼はすべての事象を「己の利益か、損失か」という冷酷な数字に還元することで、己の精神を調律していた。
算盤を鳴らしながら、沈宗は冷酷な目で厳畯をねめつけた。
「口先だけの無力な流れ者が、法を説くか。笑わせるな」
さらに沈宗の視線は、すぐ近くで泥にまみれて瓜を並べていた青年に注がれた。歩隲(子山)である。
「ほう、そこにいるのは徐州の歩氏か。落ちぶれた名門が、這いつくばって瓜売りとはな。落ちぶれたものよ」
その誇りを踏みにじる発言に、歩隲の傍らにいた相棒、衛旌(子旗)の顔が焦燥に歪んだ。
衛旌は「あいつは頑固すぎるが、目の前で死なせるのは不快だ」と顔を青ざめさせ、激しく爪を噛む焦りの百面相を見せる。
厳畯は侮蔑に屈せず、なおも前に出た。
「沈氏の私法が国の公法を上回るなど、これこそ逆意の兆しなり!」
その直言を聞いた瞬間、沈宗は表情を獰猛に歪めた。
「この市場では、沈氏の法が掟なのだ。……者ども、その生意気な口を利けぬよう、叩き潰せ」
兵卒たちが一斉に得物を構え、厳畯を取り囲む。危難が目前に迫った。
そのとき、歩隲が一歩前に出た。
沈宗の侮蔑を受け、歩隲の瞳の奥には、一瞬だけ徐州の地獄を潜り抜けた者が持つ「獲物を刺し殺すような冷たい眼光」が宿った。
しかし次の瞬間、彼はそれを理性の力で完璧に覆い隠す。泥にまみれた顔に、極めて穏やかで無害な、完璧なる微笑みを浮かべて融かしたのだ。
歩隲は沈宗の懐へと静かに歩み寄り、大局を突いた至近での耳打ちを試みた。
「沈宗殿。一つお耳に入れたい論理がございます。今、江東を掌握しつつある孫権軍に対し、沈氏本家が『反意なし』と弁明するために、どれほど神経を尖らせているか、算盤はお弾きですか?」
沈宗の指が、かすかに止まりかける。歩隲の静かな声は続いた。
「あなたがこの些末な市場で、法を無視して私利私欲を貪り、血の騒動を起こせば、それこそ孫権の宿老たちに『沈氏は独自に流通を支配し、叛意の資金を蓄えている』という格好の口実を与えることになる。あなたの本家は、生き残るために、真っ先にあなたという蜥蜴 (トカゲ)の尾を切り捨てるでしょう。……それも、最大の損失として」
本家からの放逐という、沈宗が最も恐れる「損得」の計算。
その瞬間、市場に響いていた冷徹な鉄算盤の音が、ピタリと止まった。
計算が狂ったのだ。
沈宗の額から、タラリと冷や汗が流れ落ちる。
彼は狂った算盤の計算を懸命に立て直そうと眼球を狂おしく動かしたが、歩隲の突きつけた危難の予測が、完璧な合理性を持っていることを悟らざるを得なかった。
沈宗は屈辱に顔を歪ませ、敗北の焦燥を押し殺しながら、算盤を荒々しく懐に収めた。
「……行くぞ」
吐き捨てるように言うと、部下を引き連れて足早に撤退していった。
静まり返った市場で、窮地を救われた厳畯は呆然と立ち尽くしていた。
歩隲の姿を見る。泥をかぶることを厭わず、無駄な衝突を避けて大局で敵を退ける。
その「現場合理主義」の凄みに、厳畯は激しい衝撃を受けていた。己の純粋すぎる儒学の教えを超えた冷徹な知略に、彼は己の未熟さを突きつけられ、畏怖を覚えた。
あの騒動ののち、歩隲の奇策と尋常ならざる大局観に深い衝撃を受けた厳畯は、彼らと「再会」の約束を交わして別れていた。
◇
夜、廬江の街に静かな時間が流れる。そこには、離れた場所にいながらも、それぞれの方法で精神を調律する者たちの姿があった。
自身の簡素な書斎に戻った厳畯は、己の心の動揺と不条理への憤怒を氷の知性へと戻すため、黙々と墨をすっていた。
一字一字、狂いのない確かな筆致で経典を写経していく。
これが彼の心の調律であった。
◇
一方、雨漏りのする粗末な庵では、歩隲が昼の緊迫した心理戦の疲弊を解くため、庵の裏の暗がりにいた。黙々と夜の湿った土をいじり、瓜の周囲に生い茂る雑草を毟り取っている。
その傍らで寝転ぶ衛旌は、古典の一節を独自の臨機応変な解釈で噛み砕き、歩隲に語りかけてその心を和ませていた。
場所は違えど、泥まみれの廬江の夜、乱世の江東を震わせることになる「知の同盟」の固い絆が、それぞれの表情の温もりとともに静かに結ばれようとしていた。
【揚州廬江郡】現在の安徽省西部に位置し、長江北岸の要衝として魏・呉の両勢力が激しく火花を散らした最前線の激戦地です。赤壁の戦い以降、合肥や皖城を巡る攻防戦の舞台となり、曹操や孫権が領有権を激しく争いました。周瑜や呂蒙といった名将の出身地(ゆかりの地)としても知られ、戦略的・軍事的に極めて重要な役割を果たした地域です。




