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第4話 図書館と銀のナイフ



 シャニを背負ったアズラクは、ニアレシュとバルトシュと共にシデラ寮を脱出した。

 全寮共通路まで逃げ延びたが、生きた心地がしなかった。

 アズラクの歩調が遅くなった。

 人ひとり背負って移動したので、ここで疲れたのだ。

 バルトシュが通路を振り返る。


「追ってきてない。コウモリも犬もなし」


 日差しの下では、さすがのアルノルトも追ってこなかった。

 昼の光はまだ彼らの味方だった。


「なら、図書館へ」


 アズラクが目指した場所は図書館だった。


「ブラム先生!」 


「図書館ではお静かに」


 司書の老人が注意したが、すぐにアズラクが背負っているシャニに着目した。

 シャニを椅子に腰掛けさせる。

 ブラムは彼女の首筋の傷を見るなり表情を変えた。


「これは吸血鬼の噛み傷だ」


「助かりますか?」


「今夜までなら」


 予想はついていたが、改めてショックを受けた。

 歴史学と民間伝承学を教えるブラムが断言した。

 疑う余地はなかった。


「日付けを跨いだら、シャニ先輩も吸血鬼に。そんなのは嫌だ」


 シャニの命にタイムリミットがあることは理解した。

 アズラクたちは思わず息を呑んだ。

 空気が重くなったが、シャニが声を上げた。


「あ、アルノルトは強い」


「シャニ先輩」


 シャニは震えながらアルノルトのことを語り出した。


「よ、夜中になると血を吸うだけじゃなくて、地下室で何かよくないことをやっている」


「見たことは?」


「な、ないけど、地下室から歌みたいな声が聞こえる」


「言葉は?」


「わ、わからない。でも聞いてるだけで頭が痛くなる」


「無茶しすぎだ。今まで死なずに済んだのは、アルノルトの手加減だよ」


「あう……」


 ブラムが質問を挟んできた。


「シデラ寮に他に被害者はいるか?」


「い、いると思います。部屋からまったく出てこない学生もいるから」


「なんと……!」


「つまり、アルノルトは学生ばかり狙っているということか。でも、なんで?」


「若者に血の気が多いからじゃない? それはきっとアルノルトにはないものなんだよ」


「バル、おまえなぁ」


 アズラクはふざけたバルトシュをたしなめたが、ブラムがこんなことを言い出した。


「実は似た事件があった」


「え?」


 アズラクたちはとても驚いたが、ブラムは構わず話し出した。


「二十年前だ。学生が何人も衰弱死した」


「犯人は?」


「……証拠はなかった」


 一拍置いて、


「だが、私は見た」


 ブラムが打ち明けたことを、アズラクたちは信じた。


「詳しいですね」


「この学園で起こった事件は必ず調べているからな。学園長の次に」


「う……」


 シャニが姿勢を崩した。

 唇は白く乾き、呼吸が浅い。

 座っていられないほど体力を消耗したのだろう。


「ブラム先生、シャニ先輩を守ってくれませんか?」


「当然だとも。この図書館に吸血鬼避けの結界を張っておく。しかし、結界を張ると、それ以外のことはできない」


「それで十分です」


「あ、アルノルトと戦うつもり?」


「はい」


 シャニは心配そうな顔をし、ブラムは申し訳なさそうな顔になった。


「未成年のきみたちを戦わせるのは心痛むが、学園長は信用ならないと思ってくれ」


「わかりました。シャニ先輩を頼みます」


「ああ」


 ブラムが古びた鍵を机に置く。

 青白い光が本棚を伝い、静かに館内を巡った。

 結界を張ると、安心したシャニが眠った。


「これを持って行け」


 ブラムがカウンター奥の棚を開け、古い木箱を取り出した。

 布をめくると中には黒ずんだナイフがあった。


「これは?」


「銀は吸血鬼の再生を妨げる。二十年前に退魔師から預かったまま、使われることはなかった」


「銀……!」


「これで戦えます」


 バルトシュとニアレシュが張り切ったが。


「ただし、一撃で倒せると思うな」


 三人の表情から笑みが消えた。


「一本だけですか?」


「ああ」


 アズラクの疑問をブラムは肯定した。

 ここで疑問が浮上した。


「誰が持つ?」


「オレが持つ!」


 やはりバルトシュが立候補した。


「あなたは突っ込みすぎるので却下です」


 ニアレシュがすぐに止めた。


「俺が預かる」


 バルトシュとニアレシュが顔を見合わせた。


「まあ」


「そうあるべきですね」


 双子が納得したので、銀のナイフはアズラクに渡った。


「怖いか?」


「先生……」


 ブラムの問いかけにアズラクはこう答えた。


「もちろんです」


「そうか、そうだよな」


 ブラムは一度目を閉じてから頷いた。


「でも、行ってきます」


 アズラクの表情は頼もしく、ブラムは彼の覚悟の深さを察した。


「アズラク、ニアレシュ、バルトシュ」


 ブラムが祈りを込めて言った。


「返せとは言わない。生きて帰ってこい」


「……はい、先生!」


 三人が図書館を出ると扉が閉まる。

 ここから先は後戻りできない。

 夕日が三人の背中を赤く染めていた。




 続く






 





お読み頂き、ありがとうございます。

次の更新は2026/07/08です。

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