第3話 シデラ寮潜入と脱出
翌朝。朝食を終えたアズラクは園芸部の者に頼んで温室の鍵を借りた。
この温室は薔薇だけが栽培されている。
アズラクは咲いたばかりの瑞々しい薔薇をいくつか見繕い、花束にした。
昨日のアルノルトとの会話は後手に回り、悔しいことばかりだったが。
「あとで薔薇の花を贈るので、シャニ先輩に渡してください」
アルノルトの手が止まった。
コーヒーカップが音もなく宙で静止する。
「……薔薇?」
確かにアルノルトは動揺したので、一矢報いたのだと言えるだろう。
だが、勝てなかった。
しかし、ここで逃げるつもりはない。
シャニは救いを求めていた。
ここで逃げるわけにはいかない。
答えるのが友達というものだろう。
「アズアズー」
「いつでも行けますよ」
温室から出ると、バルトシュとニアレシュが迎えに来た。
傍らに友達がいる。
それで怖いものなどあるだろうか。
鍵を園芸部員に返すと、アズラク、ニアレシュ、バルトシュはジールリー学園の図書館に向かった。
カウンターに司書がいるので尋ねた。
「おはようございます」
「始業前から熱心だね。何を調べたいんだい?」
「吸血鬼の弱点です」
「それなら、歴史学と民間伝承学だね」
司書の老人はアズラクに一冊の本を勧めた。
吸血鬼への対策と心構え。
タイトルそのままの内容だが、今はありがたい。
「薔薇の花には聖なる気が宿っていて、吸血鬼はそれを嫌う」
「おいおい、それって」
「アルノルト先輩の反応が引っかかりますね」
バルトシュとニアレシュもアルノルトの反応をよく観察していた。
「銀製品。銀の弾丸や剣などの武器で攻撃すると、通常の傷より重傷を負いやすい」
「どれも法律で厳しく取り締まっていますね」
アズラクが読み上げるとニアレシュが現実的な問題を指摘した。
「吸血鬼の天敵は日光。太陽の光を浴びると灰になったり、火傷を負って消滅したりする」
「まあ、日が沈む前に退治しちゃえば大丈夫っしょ」
バルトシュは楽観的というか自信家である。
「薔薇、銀製品、日光。十分だ。必要なのはそれだけだ」
ピンチを救うヒーローが急に現れるわけがない。
アズラクたちは学生のわりに現実的に考える。
「昼間なら吸血鬼は眠っているし、戦うのは避けたいから、今すぐシャニ先輩を救いに行こう」
「賛成」
「脱走ルートの案内はお任せください」
図書館での調べ物を切り上げると、アズラクたちはこっそりと学園を抜け出した。
目指すはシャニが眠っている、シデラ寮である。
「授業が始まっている頃合いですが」
「やっぱり不気味だ」
シデラ寮の学生たちは校舎で授業を受けて不在とはいえ、シデラ寮は昨日の夜と同じくらい静まり返って気味が悪い。
「シャニ先輩の部屋にまっすぐ行く」
「はーい」
シャニの部屋の鍵はバルトシュが解除した。
窓のカーテンが閉め切ってあって部屋は薄暗い。
学生寮はどこも基本的にワンルームで、左右どちらかにベッドを置いたら、もう片方には机を置くしかない。
アズラクは薔薇の花束をニアレシュに渡すと、ベッドで眠っているシャニに小声で話しかけた。
「シャニ先輩」
「え……?」
目を開けたシャニが立ち上がろうとしたが、膝から崩れ落ちる。
「あ、アズラク氏」
「静かに」
アズラクがシャニの髪をかき分けると、首筋に小さな穴が二つ開いていた。
かさぶたが塞がりきっておらず、傷口が生々しい。
痛々しい様子にアズラクは眉をひそめた。
「昼間のうちに逃げよう」
「ごめん、歩けない」
「任せて」
アズラクはシャニを背負う。
バルトシュが先行して廊下を偵察し、ニアレシュがドアを開いて固定した。
シデラ寮を出たらシャニを救える。
シャニを背負ったアズラクが廊下に出た矢先、
カツ、カツ、と革靴が床を踏む音がする。
「ひっ…………!」
怯えたシャニが身動きすると、アズラクは体勢を直すのに一苦労した。
「病人を連れ出すとは感心しないな」
アルノルトが呼びかけてくる。
突然廊下の照明が消えた。
窓ガラスにひびが入る。
「まさか」
「昼間でも動けるんだ」
四人は緊張した。
とくにシャニは上下の歯がぶつかってカチカチ鳴るほど怖がっている。
「アズ」
「わかっている」
アズラクはシャニを背負い直すと、一階の階段へ向かっていく。
彼の前後を護衛する形でニアレシュとバルトシュがついて来る。
階段という場所柄、出くわすのはどうしても避けられない。
「返してもらおうか」
「お見舞いに来ただけです」
「お見舞い? 病人を連れ去るやつらが?」
「転地療法というやつですよ」
アズラクが言い返すと、アルノルトは目に見えて苛ついた。
「お節介だな」
アルノルトが一歩前に踏み出したが、ニアレシュが素早く腕を振った。
「うっ!」
アルノルトが大袈裟な仕草で避けた床には一輪の薔薇が落ちていた。
「今です!」
考える暇はない。
アズラクはできるだけ早く足を動かして階段を下りる。
「待て!」
アルノルトが叫んだが、無視した。
ニアレシュが再び薔薇を投げつけたが、床に落ちたそれは黒く枯れた。
「早く!」
先行したバルトシュが玄関の扉を開き、シャニを背負ったアズラクが通り抜ける。
「貴様ら!」
アルノルトは玄関まで追ってきた。
振り返ると彼の瞳が赤く光っていた。
アルノルトは一歩だけ外へ踏み出そうとして、足を止める。
日差しが彼の革靴の爪先を照らし出した。
「くっ……昼が終わるまで待て!」
その声だけが背後から追ってきた。
必死で四人はシデラ寮を出た。
しかし、まだ安心はできない。
日が暮れたら、アルノルトは外に出れるようになる。
アズラクたちに残された時間は、そう長くない。
続く
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第4話は2026/07/07更新します。




