第2話 ペーター·アルノルト
日が暮れて、街灯が一つずつ灯り始める。
「シャニ先輩、目を覚ましたかな」
授業を終えたアズラクたちは、その足で医務室へ赴いた。
だが、ベッドは空っぽだった。
「……いないねー」
「シデラ寮に問い合わせてみますか?」
「いや、直接行こう」
「殴り込み? やるやるー」
「ただのお見舞いだ。……今のところは」
三人は全寮共通路を渡り、シデラ寮へ向かった。
異変に気付いたのは、玄関を潜ってすぐだった。
静かすぎる。
いつもなら廊下のどこかで笑い声が響き、誰かが走り回っている時間だ。
廊下の照明は半分ほど消えていた。
誰かが息を潜めているような静けさだった。
人の気配がまるでなかった。
雰囲気に呑まれそうになった時、廊下の奥から足音がして一人の青年が現れる。
長身で制服は乱れ一つないのに、どこか生気がない。
肌は蝋細工のように白い。
笑っているのに目だけが笑っていない。
彼が静かに言う。
「シャニを探しているのか?」
「はい。俺たちはサフィラス寮の二年生です。あなたは?」
「四年生のペーター·アルノルトだ」
「四年生は企業に研修に行ってるはずでは?」
「研修先の企業が潰れてしまってね。今は学園長のご厚意でシデラ寮に出戻りというわけさ」
「それは大変ですね」
「いや、人間社会ではよくあることさ」
ズキッ。
昼間、黒い影が吸い込まれた場所だった。
一瞬だけ頭の奥が焼けるように痛む。
アズラクは額に触ろうとしてためらった。
「立ち話もなんだし、ぜひ応接室にどうぞ。コーヒーでもいれてくるよ」
「……」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
アズラクの代わりにニアレシュが答えた。
フォローしてくれたのだ。
コーヒーの香りが漂う中、それぞれが椅子に座っている。
「昼間の騒ぎは聞いている。礼を言う」
「友達として当然のことをしたまでです」
アズラクが敬語で答える。
「……ふむ」
アルノルトの眉がぴくっと動いた。
「友達と言ったね」
一拍置いて、
「どの程度の?」
問いかけてきた。
「同じ部活の仲間なんです」
「想像つかないな。男と女が一緒にいるなら、何か理由があるはず」
「ちょっと考えすぎじゃないですか。俺たちはもっと気楽に付き合ってますよ」
「学年も違うのに、どうやって知り合ったんだい?」
「新入生歓迎会の頃に、道ばたに落ちてたボードゲーム部のチラシを拾って部室を訪ねた時以来ですね」
「……」
アルノルトは数秒間沈黙し、
「なるほど」
とだけ言った。
アルノルトの含みのある言い方が引っかかる。
正直に答えただけなのに。
「なんか質問されてるのは俺ばかりですね」
「そうかな」
そういえばシャニの話をしに来たというのに、いつの間にかアルノルトが質問し、アズラクが答えるという会話ばかりしている。
「アズ?」
「うん?」
「シャニ先輩の容態は?」
「あ、ああ。お見舞いに来たんだ、俺たち」
ニアレシュの注意がなければ、また雑談に興じていたかもしれない。
「シャニ先輩の部屋はどこですか?」
「今は眠っているよ」
「そんなに具合が悪いんですか?」
「ああ、面会は無理だ」
アズラクはようやく気付いた。
アルノルトに調子を狂わされた。
彼は余裕を見せつけるようにコーヒーを飲んでいる。
これではシャニの様子がわからないまま、サフィラス寮に帰らなければならない。
「それでは失礼します」
「いいのー?」
「ああ」
立ち上がったアズラクは笑顔で言った。
「あとで薔薇の花を贈るので、シャニ先輩に渡してください」
アルノルトの手が止まった。
コーヒーカップが音もなく宙で静止する。
「……薔薇?」
「はい。お見舞いです」
「……そうか。必ず渡そう」
アズラクたちは応接室を出た。
扉が閉まった瞬間、アルノルトは静かに笑みを消した。
「勘か、それとも偶然か」
窓の外に咲く薔薇を見て、アルノルトは微かに目を細めた。
続く
アズラクくんは目上の人に敬語を使う系主人公です。
第三話は2026/07/06に更新します。




