第1話 シャニ先輩の暴走
アズラク、ニアレシュ、バルトシュの三人は孤島にある私立ジールリー学園という男女共学の学園に通っている。
学年は二年生で、全寮制だ。
ある日、アズラクたちはいつものように昼食を取るために学生食堂に向かった。
「バル、肉だけでなく野菜も食え」
「えー」
「ニアはゲテモノを混入するのをやめる」
「おや、見つかりましたか」
アズラクはニアレシュとバルトシュに注意するが、彼らは反省の色などまったく見せない。
「おばちゃん、鶏ササミの高たんぱく低カロリー定食、三人分!」
「あいよー」
「えー、マジかよ」
食堂は混雑する時間帯だが、運のいいことにトレーを持って立ち上がったグループがいる。
彼らが退席すると、アズラクたちは要領よくその席を確保した。
食事に手をつけようとしたその時だ。
「ア、アズラク氏!」
「こんにちは、シャニ先輩。きみから話しかけてくるなんて、明日から槍が降ってくるかもね」
「えっと、あの、その……」
三年生のシャニ·ジンラウトが話しかけてきた。
顔立ちはまず美少女と言ってもいいのだが、今は顔色が悪く、目の下に隈がある。
「あ、アズラク氏の寮に行こうか迷っていたけど、しょ、食堂に来てよかった」
「何か慌てているみたいだけど、最近の無断欠席についてはさすがの俺でも」
「そ、そうじゃなくて、なんていうか」
「落ち着いて、シャニ先輩。込み入った話歯座って話せばいい」
「あ、ども」
シャニはアズラクの向かい側に座る。
アズラクの隣にバルトシュがいて、シャニの隣がニアレシュである。
アズラク立場昼食を食べながらシャニの話を聞くことにした。
だが、シャニだけは料理に手をつけようとしない。
枯れ木のように痩せ細った様子にただならぬものを感じる。
「こんな信じられないことを誰に相談すればいいかわからなくて……それにそろそろヤバイ気がするんだ」
アズラク寄り早くバルトシュとニアレシュがつっこみを入れた。
「なんか相談しないと死にそうだな、シャニシャニ先輩」
「お悩み相談なら場所を変えた方がよくないですか? 人に聞かれない場所、あるいは静かな場所に」
「いや、このままここで話を聞く」
「ほう?」
「静かな場所にも長所はあるが、人が行き交う混んだ場所にもいいところがあるから」
「そういうことなら」
アズラクがそうすると決めたことに納得したのか、ニアレシュもバルトシュもそれ以上異論を唱えなかった。
そうこうしている間にもシャニは爪を噛んだり手の甲を噛んだりと、じっとしていられない。
「僕の身の回りで変なことばかり起こるんだ。どちらかというとオカルト寄りの」
シャニがアズラクたちの表情を窺った。
明らかに笑われたり、軽蔑されたりする可能性を危惧している。
だが、アズラクのシャニに対する友情はその程度で消えはしない。
「遠慮なく、どうぞ。俺の故郷では万霊節以外の季節でも幽霊の目撃談は少なくない。あ、まずは食事で
も」
食事という言葉を聞いた瞬間、シャニは傍目でもわかるほど体をこわばらせた。
「大丈夫」
「大丈夫じゃないよ、その顔色は」
「しょ、食欲がないんだ」
「おっと」
アズラクが食器の先で指先を少し切ってしまう。
その瞬間だけ、
「……っ!」
シャニが目を見開いて傷口を見て、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「え? 今、僕どうした?」
自分で怯えるシャニだが、アズラクだってびっくりした。
「これくらい大丈夫」
「あ、うん。それで双子の方々も一緒で?」
「なんか悪い?」
「ひ……そんなことないです」
「二人とも無害だから。俺と幼馴染みだけあってシャニ先輩が相談したい事柄に詳しいから」
シャニはこくこくと頷いた。
アズラクの言い分を聞いて安心したのか、ようやく重い口を開いた。
「アズラク氏も知ってると思うけど、僕はオカルトは否定しないとはいえ、あまり信じてない性格なんだ。でも、自分がおかしくなってるのはわかる」
「具体的には?」
「食欲がなくなる」
「何日くらい?」
「み、三日……いや、もっとしかもしれない」
三日以上という長さにアズラクたちは目を見張った。
「料理を見るだけで吐き気がする。でも変なんだ」
「変?」
「昨日、製図用ナイフで指を切ったんだ」
シャニは人差し指を見つめる。
「その血を見た瞬間だけ……すごく、お腹がすいたんだ」
「……」
実感がこもった言葉にアズラクはどう答えればいいのか、考えあぐねた。
「他には?」
「記憶が飛ぶ。悪夢を見る。自分の悲鳴で目が覚めたことがある」
それではまともに眠れないだろう。
「それは確かにおかしいな。貧血と不眠症でおかしくなったのでは?」
「僕も最初はそう思ったよ。でも疲れてるからって食事を抜くのかって疑問がある。作業の合間におやつを食べるのが楽しみだから。でも、これは違う。気をつけていても突然意識がなくなるんだ」
シャニの悩みの深刻さは驚くべきものだ。
アズラクは続きを促す。
「それで、ある人と関わってから……」
「うん?」
次の言葉を待っていたせいでアズラクは瞬時にピンチに陥った。
「うわっ!」
シャニはテーブルを乗り越えて対面のアズラクに襲いかかり、その首筋に噛みつこうとした。
「シャニ先輩!」
「あは……ははは……」
それを理解した頃には完全に捕獲されて、アズラクはシャニの腕をふりほどこうとしても逃れられない。
足掻いているうちに皿がテーブルから落ちて割れた。
「シャニ先輩、落ち着いて!」
「あ、ああ……ち……ほ……し……」
シャニの急変ぶりについていけないアズラクは動揺した。
とてもじゃないが、彼女の言い分を聞くような余裕はない。
ついさっきまで普通に会話していのだ。
突如正気を失った相手をどうするべきか、アズラクにはわからなかった。
それほどまでにシャニの様子は異常だった。
「ニア、バル!」
アズラクは噛まれないようにシャニの顔を押さえて耐えるしかない。
「アズアズ、フォローよろしく!」
バルトシュがシャニの腰のベルトを掴んで引き寄せると一瞬で組み付き、その意識を刈り取るべく首に腕を回した。
しかし全力を一秒に込めたのだが、シャニが暴れだした。
「嘘だろ、力が強すぎる!」
「バル!」
ニアレシュが加勢して二人がかりで押さえ込む。
「シャニ先輩!」
解放されたアズラクの耳に奇妙な音が聞こえてくる。
シューッ
シューッ。
液体を霧状に吹きかけたような気色悪い音だ。
それがシャニの口から発せられていることに気がついた。
「な、なんだ?」
アズラクは正気を疑う側から追い出され、今度は自身が正気を疑われる側に追い込まれた。
シューーーッ!
音が大きく鳴ると同時に、なんとも言えない黒い影のような何かがアズラク目掛けて勢いよく飛んできた。
しかし、それはアズラクの目の前で霧散したように見えた。
「今のは?」
唖然とするが、シャニの体がぐらりと傾く。
アズラクは咄嗟に抱き留めた。
驚くほど軽い。
「……医務室だ」
バルトシュとニアレシュが無言で頷く。
シューーーーーーーーーーッ!
誰も動けなかった。
消えたと思った黒い影が、今度は一直線にアズラクの額へ吸い込まれた。
「消えたと思ってたのに!」
また異変が起きるかと身構えたが、何も起きない。
アズラク歯思わず額へ手を当てる。
冷たい。
それだけだった。
だからこそ、誰も気づかなかった。
初めての連載です。
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