ep2-15.真黒天女
【クリーニング】を済ませて女子更衣室から出て、スカイタワーのラウンジに入る。先に待っていたお二人が、わたしに声をかけてくれた。
「へへっ、アンタ最高だったぜっ! パーティー入ってくれよっ! なっ! なっ?」
「賛成だ。先程の探索で君は期待以上の成果を見せた。モノリス社の初任給と言わず、L3レベルの給与を出そう」
「だーかーら、金で人を釣ろうとすんなっての!」
「ははは……」
苦笑が漏れる。この人達と一緒にいたら、きっと毎日が楽しいだろう。
「ごめんなさい、勧誘の話ですけど、やっぱりお断りします」
「え、なんでだ?」
「懸念事項は解決している。受けない理由はないと思うが」
お二方とも不思議そうにしている。わたしを仲間に入れてくれる気満々だったと。ふふ、うれしいこと言ってくれるね。でも、そんなの駄目だ。
「さっきの探索で、改めて分かったんです。わたしとお二人には、歴然とした差があ
るって」
ゆっくりと話す。吐き出す言葉は鉛のようで、紡ぎ出すのにどうしても時間がかかる。
「これまでわたしは、未踏とは見当違いの方向を目指してきたんです。積み重ねてきたことも、意識してきたことも全然違う。その差異を、今回の探索で実感したんです。今はその違いが目立ってないけれど、ゆくゆくはお二人の足を引っ張ってしまうことになる。だから……」
「アタシさ。今日の冒険はアンタなしじゃ成り立たなかったと思うんだ」
「え?」
想像以上に高い評価をされていて驚く。わたしの失敗でピンチになっちゃったことも何度かあった。だから嫌な気持ちにさせてしまったかと常々不安だったんだけど。
「アタシたちは、何度もアンタに助けられた。色んなとこで色んなことをしてくれた」
「でもそれは、腕の良いサポーターならわたし以外でも出来る、ことです」
そうだ。お二人は目指す目標地点が遥か高みにあるんだ。ちゃらんぽらんなわたしなんかじゃなく、もっとちゃんとした人を選んで欲しい。
探索を通じて望む関係を作り出す事に腐心してきたわたしじゃなくて、未知を目指して努力を続けてきた人を選んで欲しい。
その方が彼らのためだ。
「最後さ。アンタが身を挺さなきゃ、勇気を出さなきゃ、勝機を作れなかったんだ。あんなこと、フツーの奴だったら出来ねーよ」
「いや、それは……」
確かに、何かしらきっかけがなきゃ勝機は作れなかった。けど、やっぱり別の人でもやれたと思う。もっと自然な形で。
「今のアンタは足を引っ張るどころか、背中を押してくれてんだ」
柳山さんはずっと褒め倒してくれる。ここまで言われると、自分にもできるんじゃないかと幻想を抱いてしまう。
「自信ねーなら、アタシが太鼓判を押してやる」
そこで柳山さんはわたしのすぐ近くに来た。
「天女、アンタは本物の冒険者だ」
太陽のような笑みを浴びて、顔を咄嗟に逸らしてしまう。わたしは貴方とは違うんだ。夢に向かって努力出来た訳じゃないんだ。本物だなんて名乗る資格なんて。
「僕と未知留がAランクに上昇するまでのプロセスには、89.06%もの相違点がある」
「はい?」
唐突に電算さんが不思議なことを言い出して、思索が遮られた。
「具体例を挙げよう。まず未知留が最初に探索した迷宮が未踏迷宮なのに対し、僕は」
「いいいいや、か、過程が違うのは当然では……? 問題なのは皆さんと違う目標に進んできたことで……、身に着く実力の方向性もそりゃ違うわけで……」
わたしの話を聞いていなかったんだろうか? いや、つーか何を貴方は指摘したかったんだ?
電算さんは、顎に手を当てて考え込む仕草をみせる。五秒ほどして、彼は口を開いた。
「僕と未知留は未踏冒険者という共通の目的を持っている。しかしそのアプローチは別物だ。データを収集し、不確定要素を最小限化してきた僕に対し、未知留は不確実性を許容し、対応力を磨き続けてきた」
「め、迷宮攻略をデータで???」
つい口から驚きが漏れてしまった。いや、貴方ならそうしかねないのはわかる。けど、いくら何でもないでしょ。世界にダンジョンが幾つあると思ってんだ。
億は優に超すんだぞ。それだけの数のデータを集めるのはまず現実的じゃない。
しかも、一般人に開放されてる迷宮と未踏迷宮の性質は異なる。プロで通用するからと言って、未踏も楽々って訳にはいかない。決して未踏冒険者になるには得策とは言えない方法だ。
あれ? この人、わたしとちょっと似た状況じゃないか?
「現在、僕は未知留のアプローチを学習し、取り入れようとしている。今後、未踏冒険者になる上で必要だからだ」
「へへっ」
柳山さんは照れくさそうに鼻を人差し指で擦った。
「目標こそ別にしろ、君は君のやり方で冒険者としての実力を高め続けてきた。その結果が今日のアタックの成果にも繋がっている。であればその経験をベースとして、軌道修正していけば君が望む実力も得られるはずだ」
はっとした。そうだよ。変えていけばいいだけじゃないか。最初、柳山さんにも言われたのになんで発想すらしなかったんだ。
電算さんがいるんだ。彼だって今から追いつこうとしてるんだ。
わたしだって今更、未踏冒険者を目指しても、お二人に並び立とうと頑張っても、いいはずだ。
「本当に、わたしが入っていいんですか?」
「おうっ!」
「君ほどの人材を拒む理由はないな」
無駄な質問だった。彼らは拒まないってわかってたはずじゃん。必要なのは許可を貰う事じゃなくて、一緒に行きたいって希望を出すこと。だから、あとはわたしの覚悟の問題だ。
深呼吸を一つ。サングラスとマスクを外した。
「パーティー勧誘の話、やっぱり受けます」
わたしはお二人の瞳を裸眼で、あらためて見た。柳山さんは綺麗でまん丸なおめめだ。可愛い。抱き締めて良いっすか? 電算さんは……、う、やっぱ怖い。
「わたし、昔、未踏冒険者を目指してたんです。でも、色々あって諦めちゃって」
理由は憧れがあったから。けど現実にやらされたことは、理想とあまりにかけ離れていた。いつしかわたしは夢を見れなくなった。
「今日、お二人を支えてみて、熱意を思い出したんです」
彼らの有り様はまさにいつか焦がれた未踏冒険者そのものだ。もし、まだ手遅れじゃないなら、今でも追いつけるなら。
「わたしもお二人のような冒険者になりたい。だから一緒に未踏を目指させてください」
また未踏冒険者を目指したい。
「モチロンだぜっ! これからヨロシクなっ! 天女っ!」
「こちらこそ宜しく頼む、天女」
わたしはお二人と握手を交わした。
「じゃ、これから同じパーティーなんだし、お互い敬語はナシ。名前で呼び合おうな」
「え、いいんですか?」
「当たり前じゃねーかっ! 仲間なのによそよそしくしてどーすんだよ」
ちょ、ちょっと緊張するな。相手を下の名前で呼ぶだなんてやったこと……、いや、結構あるな。
でも心から相手と仲良くなりたくて、名前を呼ぶのは初めてな気がする。
「じゃあ、み……、み、ち、るちゃん。未知留ちゃん」
「おうっ!」
実際に読んで分かったけど、発音の響きが可愛らしい。みちるちゃん、みちるちゃん、みちるちゃん。何度読んでも心地いい響きだ。何度だって呼んであげたい。未知留ちゃん大好き。
未知を知る、だから未知留か。いかにも冒険者らしい名前だ。これつけた親御さんネーミングセンスの塊ですか?
「じゅ、じゅんくん」
「ああ」
巡くんは、いつもの不気味な表情を微塵も崩さず返事した。よう考えたら電算巡って、いかにもデータキャラっぽい名前だ。電卓カチカチしてそう。怖いし、あんま呼びたくないかも。……慣れてかなきゃな。
「おっし! じゃ、今日は天女の歓迎会だなっ! 行こうぜっ!」
未知留ちゃんはわたしと巡くんの肩をバンと叩いた。え? 嘘。歓迎会してくれんの? 気後れする気持ちもあるけど、すっごい嬉しい。泣いていいですか?
すぐに走り出していく未知留ちゃん。子供みたいで可愛いけど、ちょ! 待って!
そこで言い忘れていたことを思い出した。わたしは未知留ちゃんの背中に叫ぶ。
「あ! あと! あのっ!」
「ん? なんだ?」
振り返って、未知留ちゃんは戻ってきた。
「天女、じゃなくて、天女って呼んでくれないかな?」
真黒だったらよかったけど、今後天女、天女、ってずっと呼ばれるのを考えたら憂鬱だ。
「わ、わたし、自分の名前が嫌いなんで」
「なんでだ? 良い名前じゃねーか」
「えっと……」
とっさに上手い言い訳が出てこない。回れ回れわたしの頭。
「名前が珍しいのが嫌ということか? 実際、君と同名の人物は、月帰内でも0.01%未満と少ない」
なんだその考え方は? そんなん気にする人いないでしょ。キラキラネームでもないんだし。そもそも、わたしが嫌なのは読みだわ。語弊生じる余地ごく僅かだろ。はたして文脈を読めているんでしょうかね?
「てんにょ、って読むとなんか仰々しいし。だから、どっちかっていうと、あまめって読みの方が好きで」
「うーん、そうか?」
ようやく思いついた言い訳を並べ立ててみるけど、お二人は納得した様子を見せない。
「ほ、ほら! 甘くて美味しそうだからさっ! いや、わ、わたし海女さんって好きなんだよねっ! 海の幸、大好きだからさっ!」
何を言ったらいいかわからず、テンパって意味不明なことをくっちゃべる。わたしのよくやる悪い癖である。や、や、や、やばい。絶対変な子だって思われた。あーあーあーあー。
「ま、アンタがそう呼んで欲しいなら、呼ぶぜ、天女」
「これからよろしく頼む、天女」
す、スルーしてくれた。あっぶねえ。
「うん! 宜しくね、未知留ちゃん、巡くん」
ようやく自分の人生が始まった心地がして、自然と頬が弧を描いた。
これが、心から信頼し合う仲間との刺激と変化に満ちた日々の始まり、そしてわたしの人生を変えるきっかけをくれた人達との出会いだった。




