ep2-14.一矢だって、二矢だって、三矢だって!
小次郎の姿が消える。稲妻が迸る。けど、大丈夫。来る位置は読めている。
強化した足腰で思いっ切り後ろに退がる。同時に【帳】を手前にかざす。
雷鳴が轟いた。【帳】は当然、【小次郎】の突きの前ではあまり役に立たない。眼前にあったはずの【闇黒】は消え、代わりに青白い切っ先が現れる。
首にちょっと押されたような感覚。おそらく、刃は喉元に触れた程度で済んだのだろう。
直後、【侵食する闇黒】と、【悪夢・終わらぬ闇黒時代】が【小次郎】の兜の中へと侵入する。
【小次郎】はわたしの事など忘れたように、虚空へと長刀を振り回した。
なるべく【小次郎】から離れようと、強くなった足腰でわたしは全速力で疾走した。
定位置に着いたところで、わたしは後ろを振り返る。すると、首に違和感。
『おーほっほっ! 私こそ、怪盗令嬢、クイーンダイアモンドですわっ! おーほっほっほっ!』
『それは子供と呼ぶにはあまりにも大きすぎた。大きく、分厚く、重く、そして老け込み過ぎていた』
『先輩がいけないんですからね』
『リードプル。鉛を授ける!』
『お面ファイト! の・の・のっぺらぼう!』
途端に情報の洪水が押し寄せてくる。喉を【小次郎】の長刀で刺されていた。青白い刀を緑の奔流が飾り立てる。ぴりぴりと流れる電流で身が震える。刃物で肉を抉られる不快感がする。
わかっていたことだ。敵はSランクダンジョンのボスモンスター。高い耐性を持つ。悪夢も、侵食もそう持たない。
だからこれは計画の想定内。わたしの狙いは、【小次郎】の注意を惹きつけたまま、おびき寄せること。目的も達成した。
「真黒っ!!」
柳山さんと電算さんが後ろから飛び出してくる。暗闇からその姿を現しながら。その身を包み隠す【闇黒】を失いながら。【小次郎】が放つ強烈な雷光に当てられ、肌を青白く染められながら。
片手片足の柳山さん。両手のない電算さん。傍から見たら最悪な状況だ。けど。
きっとこの絶体絶命の状況も、お二人なら切り開いてくれる気がした。
短剣が煌めく。剣の瞳が赤く輝く。
黒いオーラを纏った斬撃が見えた。小杖の先端に魔力の光が集まっているのが見えた。
【小次郎】の片目に短剣が突き刺さる。黒い剣が鎧ごと切り裂く。敵の胸元に光条が炸裂した。
口からDE粒子を漏れ出しながら、わたしは微笑む。一矢どころか二矢も三矢も報いた。や、やったぜ!
視界が白く染まる。轟音が聞こえた。浮遊感を覚えた後、打ちつけられる感覚がした。
視力が戻って、わたしたちは屋上の端に来たことが分かった。
電算さんが最後に放った魔法の衝撃で、飛ばされたのだろう。あと、一歩二歩下がれば真っ逆さまだ。こ、こええ……。
「巡っ! 天女っ! ダイジョブか?」
「だ、だ、ご、ごほっ!」
咳き込んで口からDE粒子を吐き出した。そういやわたし喉貫かれてたな。なんかくらくらするし、もうすぐ死にそう。最期にお役に立てて良かったな。へへへ。
電算さんからの返事はなかった。というかこれ、死んでるな。頭部全体が赤黒いエフェクトで覆われていて、徐々に身体の端から粒子化していっている。
口に咥えて杖で魔法打ってたからな。反作用で頭がやられたのだろう。リスクを承知の上だろうし、す、すげえわ。南無三。
「待ってろよっ、天女! すぐ行くからなっ!」
柳山さんが身体を引き摺ってやってくる。なんと、名前呼びである。う、嬉しいけど、う、うーむ。
屋上に【小次郎】の姿はない。た、倒した? いや、でも第二形態は? ゾーイさんの配信でもボスが消えるなんて事なかったし? どゆこと?
不可思議な現象に悩んでいると、突然、雷鳴が轟いた。
空が青く光った。上を見ると、【小次郎】がいた。片目は潰れ、身体は袈裟繰り、胸元が抉れている。おまけに鎧は罅だらけで、蜘蛛の巣みたいだった。
瀕死に近い怪我だ。屋上から落下したの? それでギリギリで生き残ったってこと?
え、嘘。もしかしたら第一形態突破出来てたってこと???
雷が落ちた。青白い閃光が迸った。
【小次郎】の長刀が地に振り下ろされ、屋上全体が稲妻に満ちる。視界が青い光で満ちた。
わたしと柳山さんの身体が、途端にDE粒子へと変わった。
ああ、くそったれ。悔しい。あと一歩で次に進めたかもしれないのに。Aランク三人でSランクボスを追い詰めるだなんて、快挙だってのに。
けど、悔しいなんて思えたのは、自分の冒険に誇りと愛着を持てたのは初めてだった。
すごく気分が良い。『本物』の冒険者を助けられたから、その一員になれた気がしたから。
敗北感と、満足感を同時に味わいながらわたしの意識は消失した。




