ep2-13.【伝説の剣豪・小次郎】
——スキル:【闇黒の帳】
稲妻が走り抜けた。雷鳴が響いた。展開したはずの闇黒は現れると同時に、霧散していった。
柳山さんの左腕が空を飛び、粒子へと変わる。電算さんの右腕が落ち、緑の奔流となって崩れていく。わたしの腹部に青白く光る長刀が突き刺さり、大量の情報が頭に流し込まれた。
『月資源の領有権を巡り、華国と麦国が対立を強めています。両国は声明を』
『モノリス社の代表、ウィンストン氏が新型デバイス、Smart Phoneを発表しました』
『よっす! 俺ぁ、チョ・ハッカイッ!』
『俳優の恵出口勇気氏が違法ダンジョン運営の疑いで逮捕されました。警察によると恵出口容疑者は』
『貴方、愛してるわ』
『デデーンッ! 佐藤、アウトー!』
『みんなまあるく明本ピカソ~。ピカソだ、って言ってちょうだ~い』
『へへへっ、ゴチになります!』
『アビス教正洞会が新しい深託主を選出し』
『おおーっ! これが鎖蔵名物、鷹サブレーでっかっ!』
動画を大量のスクリーンで同時に見ているかのように、音と映像が断片的に流れてくる。送り込まれる情報を処理することで手一杯で、考える事が出来ない。
耳があるのに音が聞こえない。鼻があるのに匂いがしない。目が開いているはずなのに、自分が何を見ているか把握できない。血管が焼き切れそうなほど過多に送られる情報に、脳のリソース全てを使わされていた。
「真黒っ!」
呼び掛けられて、ふと現実に立ち返る。最初に伝わったのは、床の冷えた感触。わたしはさっきまで倒れてしまっていたらしい。
次に認知できたのは柳山さん。胸を撫で下ろすと、彼女はすぐに姿を消した。
追いかけようと上体を起こそうとして、胸から伝わる違和感のせいでうまく動けない。
そうだ。わたしは貫かれたんだったな。ARに映るHPバーは、赤。ほぼ残っていない。
——スキル:【継ぎ接ぐ闇黒】
【闇黒】で胸部を包んで補修し、どうにか体を起こす。
見えたのは、数多の稲妻が散り、舞い、蒼白い光が闇夜に煌めく様子。
お二人が【小次郎】の剣技に、片手だけで懸命に食らいつく様子だ。
——スキル:【闇黒の帳】
——スキル:【闇黒は万人を培う】
【小次郎】が刀を振るう瞬間に帳で刃を包み込む。しかし、殆ど抵抗なく帳は消え去り、強かに剣戟が打ち鳴らされる。闇黒で強化したけども、結果は打ち負け。柳山さんが後方にじり、と一歩下がる。傷口からDE粒子が散った。
——スキル:【闇黒の帳】
【小次郎】が刀で突く瞬間に、魔力を一点に圧縮して切っ先が進む位置に帳を発生させる。途端に闇黒の感覚が消えた。揺らぎも鈍りもほぼなく、電算さんの脇腹を裂いた。
一秒も経たぬ間にお二人の身に刀傷が刻まれていく。黒に赤を重ねたラインのようなエフェクトが肌を彩り、DE粒子が飛び出ていく。
反撃や防御の瞬間に合わせて筋力を闇黒で強化しても、敵はそれすら余裕で上回る力があった。
お二人は刻一刻と敗北に近づきつつあるのに、わたしじゃどうにもできない。これでも全力で支援しているのに。
打開策を見つけようと頭をひたすら捻る。
ゾーイさんの配信で見た、小次郎の情報を整理する。
電気を纏った長刀を使う武士。電光石火が如き素早い剣技が特徴。スピード型と思いきや、一刀の切れ味はパワー型にも劣らない。そして、第二形態がある。
……駄目だ。第一形態の情報は見た通りの事しか分からない。
だったら武器の特性から考えるべきか? 長刀は間合いを詰められすぎると、キツイ。
だけど、皆相手の動きに翻弄されっぱなしなのに、懐に潜るなんて土台無理な話だ。
どうすればいい? 何かないか? わたしが見てきた、覚えたダンジョンに類似したボスはいなかったか? 動きのクセはないか?
……いや、待て。
わたしはなんでこんなことをしてるんだ?
そもそも、勝手についてこられて、聖地巡礼の予定を潰されて、迷惑してた相手だろ。最終層まで付き合う義理なんてあるはずがない。
後先考えず魔力を温存せず使って、本気を出しているように見せかけて。せめて後味だけは悪くないように演技しようとしていたはずだ。
なのにどうして魔力を節約した? 工夫をした? お二人が軽傷を負うのを見逃した? 重傷を負い得る攻撃だけを選別して防いだ? なぜ最終層を攻略する前提でわたしは行動した? この人達の本当のパーティーメンバーみたいに?
全力でサポートする必要なんてあるんだろうか?
劣勢で続いていた均衡はふと崩れ、お二人とも吹き飛ばされる。激しく転がった末に、わたしのすぐ横で仰向けになる。
もう戦える状態じゃない。柳山さんは左足の膝から先が無い。電算さんに至っては両腕が無くなっている。
未だ敵は第一形態だが、もうこちらは瀕死に近い。
けれど。
柳山さんは立ち上がれずとも剣を構え、【小次郎】に向けた。
電算さんは靴を脱ぎ、片足で短剣を握り、口に杖を咥えた。
勝ち目のない状況で、なお、立ち上がった。
「……どうやって勝つつもりですか?」
疑問が口から漏れて出た。死にかけでも戦う意思を捨てない時は、勝利への道筋が多少でも見えているはずだから。
「さあな。やってみなきゃわからねえ」
柳山さんは軽快に困難を笑い飛ばした。打開策が無いというのに。
「今の状況で攻略可能かどうかのデータは手に入れていない。これから取得する必要がある」
電算さんは出会った当初と全く同じ笑みを浮かべていた。先が見えていない今でも、やるべきことをやるだけ、そんな物言いだった。
ありえないはずの光景が自然と思い浮かんだ。
その身を袈裟斬りにされ、数多の風穴を開けられた【小次郎】が倒れ伏す。
柳山さんはガッツポーズをして喜ぶ一方で、電算さんは淡々とガンソードを腰に戻すだろう。
まだ達していない、来るかどうかすら分からない未来。けれど、二人を見ていると、勝利の未来がはっきりと浮かんでくる。
その光景をこの目に収めたいと欲する自分がいる。
そっか。そうだったんだ。わたしが二人を全力で支えてたのは、彼らの行く先を見たいと思ったからなんだな。
わたしはサポーターだ。
パーティーメンバーを影から支えて、攻略を助けるのが仕事。冒険者になってから今日まで、色々な人を裏から助けてきた。
でも、心から支えたいと思える相手に出会えたのは、これが初めてだった。
「……わたしが囮になります」
そう口に出すと、未知留さんの顔に驚愕が走った。一方、電算さんは眉一つすら動かさない。もちっと動揺してくれてもいいのにな。
「待てって、別になことしなくても」
「合理的な判断だ。現状、君がこの中では最も生存優先度が低い。君の犠牲で成果を挙げられるなら、これ以上喜ばしい事はないだろう」
う、事実だけど酷い。もっと言い方ってもんがあるだろ。オブラートに包んでくれよ。
「な事ねーっての。これまでだってたくさん助けてくれただろ?」
「彼女の助力が攻略に寄与したことは認めよう。だが、直接的な攻撃手段がない以上、彼女より僕らの方が重要なのは確かだ」
「んー、でも」
「電算さんの言う通りです」
気遣いなんて、遠慮なんてしなくていい。
「それに、わたしが犠牲になるだけでお二人が攻略できるなら、嬉しいですから」
こっちが勝手に支えたいだけなんだから。
「わーったよ。でも、助けるからなっ! 攻略する時は三人一緒だぞっ!」
「ふふ」
微笑が漏れる。出会って一日も経ってない相手にここまで言ってくれるんだ。嫌う人もいるかもしれないけど、わたし個人としてはやっぱり好きだ。
この子が道を切り開く手助けが出来ると思うと、疲労の溜まった身体がふわりと軽くなった。
わたしは一人、小次郎の下へ歩んでいく。
ステージの中央で、奴は目を瞑って座禅を組んでいる。我々が作戦会議をする間、【小次郎】が攻めてこなかったのは充電中だったからだろう。
白金の鎧には、傷も汚れも一つたりとしてない。わたしたちの足掻きが無意味だったみたいに。
だったら、今から一泡くらいは吹かせてやる。
——スキル:【闇黒はいずこにも潜む】
——スキル:【闇黒の帳】
——スキル:【悪夢・終わらぬ闇黒時代】
——スキル:【侵食する闇黒】
——スキル:【闇黒は万人を培う】
——スキル:【継ぎ接ぐ闇黒】
残った魔力を使い果たして、わたしが使える魔法全てを同時に発動する。
【闇黒】が周囲を埋め尽くす。小次郎の鞘から散る電流が僅かすら見えなくなった。
【小次郎】がようやく瞳を開き、空色の瞳が輝く。
わたしの全てを今ここでぶつけよう。




