ep2-11.茜色に輝いた背中
遠くないうちに脱落するだろう。そう思っていた。事実、お二人は何度も生死の危機に陥った。
——【帝都スカイタワー】:第十七層:Sランクコース
罠によって起動した大量の電流と、【巌流師範代候補】が放った稲妻の斬撃。
視界を埋め尽くすほどの飛び道具の数々に我々は対応し切れなかった。
わたしの帳を、柳山さんの斬撃をすり抜け、彼女に稲妻の斬撃が直撃。
肩からDE粒子を散らしながらも、彼女は痺れで呻くことすら出来なくなっていた。
八人の侍と、七体の【メタル・ファルコン】が、動けない彼女に殺到する。
先鋒たる二人の侍が、柳山さんの腹に前後から刀を刺した。
——【帝都スカイタワー】:第十八層:Sランクコース
【メタル・ファルコン】が空を切り裂きながら矢のように、電算さんへ突進した。
わたしも電算さんも対処が間に合わず、直撃。
吹き飛ばされた彼はガラス床のエリアでたたらを踏む。
そこは、ちょうど罠があった場所だった。途端にガラスが割れ、彼は空中へと落下していった。
——【帝都スカイタワー】:第十九層:Sランクコース
何体もの【メタル・クロウ】がお二人を展望台の外へと連れて行く。
お二人は強力な電流を何度も浴びてしまい、痺れて動ける状態ではない。一切の抵抗が出来なかった。
わたしは上手く手出しすることができなかった。
下手に【メタル・クロウ】を刺激すれば、そのまま彼らは真っ逆さまだからだ。
やがて服の端々を摘まんでいた嘴が開く。柳山さんと、電算さんは天空へと放り出されていった。
挙げた事例は一部だ。実際はもっと多い。けど、そのたび彼らはどうにか生き延びた。死の淵から何度だって戻ってきた。
——【帝都スカイタワー】:第二十層:Sランクコース
気づけば我々は最終層一歩手前まで来ていた。決して在り得ないと思っていた頂のすぐそばまで。
当然、これまでより断然難易度が高い。
吹きさらしになった展望台には、絶え間なくびゅうびゅうと風が吹きつける。
空中を飛び回るのはカラスだけじゃなく、鋼鉄のハヤブサや、鷲までいる。
ハヤブサは車並みのサイズ、鷲となれば、大型バスに相当するほど大きい。
そして、砲口から放たれる電流は、蛇行しながらゆっくり走るのものと、直線的に素早く走っていく二種類が並行して走っている。
砲口自体の数も増えており、中央だけじゃなく、天井と、床にも配置されている。
電流を全く受けず動くのはほぼ不可能だ。
『今回ご購入いただいた方限定で、家庭用ダンジョンをもう一つサービス致します!』
『こちらにおわす方をどなたと心得る! このヨーヨーが目に入らぬかああああ!』
『あららー、バナナの皮を踏んで、頭を打っちゃった。なんともおまぬけなコンビニ強盗でした!』
今も【闇黒】で防ぎきれなかった、小さい電流がわたしを痺れさせ、うざったく途切れ途切れの映像と音声を流し込んできている。
集中を乱されないよう気を張っているが、いつまで持つか……。
お二人の状態はだいぶ悪い。
電算さんが着ているジャージは刀傷と、火傷でボロボロになっている。胸にあったチェストプロテクターは既になくなってしまっていた。
柳山さんなんか電流を受けすぎて、肌が褐色に変わっている。そこに刻まれた切り傷があるもんだから、一見して歴戦の戦士のようだった。
また、身体の所々に真っ黒な闇がついている。裂傷や刺し傷のうち、特に深いものは【継ぎ接ぐ闇黒】で繋げている。そうした傷は電算さんは十、柳山さんは三十を超えていた。
二人と比べりゃ軽傷だけど、わたしもまずい。【帳】から漏れた稲妻を既に何度もくらっている。
パーカーの右腕と左足の部分が燃えてしまって、焼けた素肌が外に出ている。
鈍化剤のおかげで痛みはないけど、腕が強張って上手く動かせない。痺れのせいで身体がピリピリするし、いつコントロールに失敗するか不安で、気が抜けない。
魔力もだいぶ減ってきた。まだ三分の一くらいはあるけど、次のボス戦を考えると心もとない量だ。圧倒的強者である上、第二形態まであるのだから。
時刻は夕刻に入ったばかり、層全体が外から入る光で茜色に染まっている。
【メタル・イーグル】が、お二人の下に突っ込まんと風をごうごうと切り裂いてやってくる。鋼鉄の身体が夕陽で黄昏色に輝いていた。
あんだけデカい図体の全面が光っていやがる、と来たか。となると、下手な【闇黒】は反射する夕陽に相殺されてしまう。奴に【闇黒】を使うのにかかる魔力は馬鹿にならないはずだ。
この後を考えるなら、こいつに魔法はそう使えない。
しかも脅威はこいつだけじゃない。電流をその身に纏わせた金兜の侍、【巌流師範代】が、稲妻が奔る如く速さで駆けてくる。
中央、床、天井にそれぞれ配置された砲口に、光が集まる。鷲の後詰と言わんばかりに、【メタル・クロウ】の群れが近づきつつある。
お二人の影に【闇黒】を準備。最初に【師範代】がやってきた時、その顔に【闇黒】を浴びせる。スキルとしては発動せず、【悪夢・終わらぬ闇黒時代】をうまいこと再現する。
スキルなら楽だし強力だが、魔力が余計にかかる。消耗は必要最低限で済ませたい。
【師範代】は精神系状態異常耐性が高い敵だ。が、素早く動ける分、悪夢を見せられれば取り乱すはず。事実、【闇黒】を食らった彼らは急速に方向転換し、別の場所へ走り出していった。
次に電流の軌道を考える。同時に発射されるであろう電流は六本。戦場を俯瞰して、稲妻を反射できる鋼鉄モンスターの位置を把握。どう動くかを予想。電流がどこからどう来て、どう跳ね返されて最終的にどこへ行くか、大まかに考えておく。
ついでにカラス共のうち、どいつが先陣を切りそうか、見積もりを立てておく。
【メタル・イーグル】がスカイタワーの中へと入ってくる。わたしたちに前から突進してくる。
その身で弾いた夕陽の輝きを四方八方に放ちながら。
数々の敵と、戦闘で砕けた建物の残骸を吹き飛ばしながら。
鋭利な刃物のような翼で壁を切り刻み、やかましく金属音と破砕音を立てながら。
強風が全身を激しく打ちつけ、わたしと皆の足が自然と下がった。
立ち向かうであろう柳山さんには、【闇黒】を帳みたく加工して、多めに与える。
最小動作での対処を狙う電算さんには、足腰らへんに【闇黒】を集中。彼が動き出すのに合わせ、強化する準備をしておく。
砲口から電流が迸っていく。同時に準備していた【闇黒】を、砲口付近に四つ展開。ただし、範囲はごく最小限。エネルギーの根幹だけを受け止める。
四方八方に稲妻が散る。
「いっ……!」
『専門家の巨蔵・ヴァン・ユングリング教授によれば、近年の迷宮発生件数の増加傾向は』
『てってれーん! 金属バット!』
漏れ出た電撃を浴びてしまったが、どうにか幾つかの電流の相殺に成功した。
残った電流が縦横無尽に迸る。鋼鉄の鳥獣や、侍に衝突し、幾度となく反射。鷲の突撃から逃れる術を無くすように稲妻のラインが出来上がった。
数を減らしたおかげで、わたしたちのを直接攻撃するまではいかない。けど、鷲の突進から逃れる術はない。
準備はそこそこに、鋼鉄の鷲とついに激突する。
勇敢なことに、柳山さんは正面衝突を狙った。嘴へとそのまま駆けて行き、ぶつかる直前で跳躍。
鷲の突撃により飛び散った多量の瓦礫を浴びながら、敵の嘴に乗っかる。
——id-スキル:【柳流剣技・全壊乱舞】:使用者:『柳山未知留』
そのまま彼女は敵の頭蓋へ剣を叩き込む。赤く輝く剣の瞳が、幾度となく円の軌跡を描いた。
一方で電算さんが狙ったのは、回避。身をよじって飛び、しゃがみ、素早く上下する鋼鉄の羽を躱し、通り抜けていく。
その過程で、ノーダメージとはいかなかった。飛び散った瓦礫が刺さり、ジャージの隙間から入った電流が肌を焦がされた。鷲の翼に身を裂かれることさえあった。
しかし、そのどれもが軽傷。その後の行動には一切支障をきたさないだろう。
「KLILiiiiiiiiiiiiiiiiii!!!!」
金属音と悲鳴を混ぜたような咆哮が鼓膜を震わせた。
【メタル・イーグル】が天空へと飛び去っていく。
展望台の中へと柳山さんが転がり込んでくる。所々に砕いた鋼鉄の破片が刺さっていて、DE粒子が迸り、湯気が立っているみたいだった。い、痛そう。
しかし、彼女はそれでも笑顔を崩さず、肌に刺さった破片を抜いていた。つ、強い。
鷲の襲撃の後は、我々の消耗を狙った奴らがやってくる。侍と、カラス共だ。
侍の一人、【巌流師範代】の周囲に稲妻が迸る。次の瞬間、【師範代】は柳山さんの眼前に現れ、斬りかからんとした。やばっ! サポートが間に合わないっ!!!
が、刀は振りかぶった状態で止まった。柳山さんが持っていた破片を投げたのだ。
破片が目に突き刺さって怯んだ敵は、出来た隙に柳山さんに胴を断たれた。
直後、一本の光条が走ってゆく。光が到達した先は、【メタル・イーグル】。
またここに突っ込まんとしてたのか、瞳は展望台の方を向いていた。
瞳を光に焼かれた鋼鉄の鷲は、黒煙を立てながらゆっくりと落下していく。再生するけど、時間はかかる。しばらくは戻ってこないはずだ。
未だ魔法の反動が残るであろう電算さんに、二人の侍が斬りかかる。雷纏う刀より飛び散った電流が彼の素肌を僅かに焦がした。
刀が電算さんに当たる寸前、【闇黒】を生じさせ、敵に纏わりつかせる。
——スキル:【シャープ・キリング】:使用者:『電算巡』
怯んだ侍たちの喉笛に白刃が奔る。粒子が散る。侍たちがその場に崩れ落ちる。ふー、危なかった。
まだ侍は残っているが、残りは三体。鷲の突進のおかげで、ビル内の敵はかなり減ったのだ。
しかも残党もエレベーター付近に待機しているだけで、こちらに来る様子はない。今は無視していいね。
さあ、あと目下、対処すべきはカラスだけだ。
鋼鉄の鳥群が我々を取り囲む。点々と、茜が鈍く輝く。
最初に来る奴がどいつかは推測がついている。先頭を怯ませれば、他にも動揺が波及するはずだ。
わたしが【闇黒】を準備せんとしたとき、群れに二つの影が現れた。
【メタル・ファルコン】だ。鋼鉄の鷹は素早く滑空、壁に衝突する前に軌道を変更。到底反応できない速度で、お二人に横合いからその身をぶつける。
柳山さんと、電算さんが、吹き飛び、展望台の外へと落下していく。
ああ、終わりか。
ここまでよく頑張ったけど、今度こそ、終わりか。
そう何度思ったことだろうか。
けどお二人は毎回、どうにか生き延びた。耐え抜いた。
ある時は、大量の剣が刺さったまま、周囲の侍全てを斬り払った。
ある時は、スカイタワーの骨組みを伝って、迷宮に復帰した。
ある時は、何匹もの鋼鉄の鳥獣に掴まったり、浮島のように使ったりして、何度も飛び移り、展望台まで戻ってきた。
たとえ思いついたとしてもやらない。試そうともしない。机上の空論だと、妄想だと切り捨ててしまうアイディア。
そんな戦法を迷いなく実行し、現実にしていた。
……今度はどう戻ってくるんだろう。
絶体絶命のピンチのはずなのに、彼らの復帰を当然とし、その過程に期待する自分がいた。仲間の二人が消えた状況でなお、ワクワクしている自分がいた。
わたしを包む闇黒をより一層濃くする。ガラスの割れた展望台の端から外を覗いた。見下ろした。
笑みが、漏れてくる。やっぱり、まだ生きていた。柳山さんは展望台の柱に剣を突き刺し、落下しないよう粘っていた。
電算さんは魔法を放って浮力を確保し、足場代わりに【メタル・クロウ】の上に乗っかった。
柳山さんは剣の腹に乗っかって足場とし、ジャンプ。一層下の第十九層にガラスを破って侵入する。
電算さんは集まってきた【メタル・クロウ】を足場に幾度も跳躍。時折、魔法をエンジンにして浮かんで飛距離を稼ぎ、展望台へ向かう。
時には敵の突進攻撃すらも移動の為の手段としていた。
最後にはガラスをガンソードで破壊し、十九層へ。
復帰を待つ間、わたしは周囲を観察する。何処からであれば、【闇黒】を作るのに魔力消耗を抑えられるか。どいつに何を使えば、魔法を有効活用できるか。
電流で思考は乱されるが、時間は充分。思考をしっかり整理できた。
剣を振る音と、銃声が聞こえる。柳山さんと、電算さんが戻ってくる。
「アタシ、復活! さっ、さっ、行くぞっ! 真黒っ!」
肩を軽く叩かれて促される。ふふふ、死にかけたのに元気いっぱいだ。これなら最終層すら軽く乗り越えてしまうんじゃないか、と思う。
けど、お二人が戻ってきたタイミングで、最大の脅威が戻ってきた。
「やっば……」
夕陽を包み隠す巨大な影に呟きが漏れた。【メタル・イーグル】が蘇ったのだ。
「KLILiiiiiiiiiiiiiiiiii!!!!」
頭を無理にこじ開けるような咆哮に、耳を塞ぐ。こいつを相手にしていては持たない。一刻も早く次の層に行かないと。
展望台の廊下を二人が素早く駆け抜けていく。幸い、今は次の層に進むチャンスだ。【メタル・イーグル】の突進で侍は減っている。電流を放つ砲口も多くが壊れている。
しかも、二人が暫く十九層にいたおかげで、カラスもまだ集まっていない。
電流による多少のダメージは許容し、向かい来る敵は討伐せず、牽制だけで済ませて。
お二人に追いつくため、【闇黒】で足腰に最小限の強化を施す。
準備してきた【闇黒】を一斉に展開し、モンスターを怯ませていく。
【メタル・クロウ】は先達をビビらせ、集団全体を牽制する。
【メタル・ファルコン】は滑空を始めた途端に、【闇黒】を与え、視界を奪う。やむなく急旋回を強要させる。
【メタル・イーグル】には何も出来ない。奴は轟音を立てながら、背後から我々に迫ってくる。やがて、彼我の距離はごくわずかとなった。崩壊した壁の落下と、敵の咆哮で足元がぐらぐらと揺れた。
けれど、次の層へと続くエレベーターはすぐそこにあった。
柳山さんが門番代わりの侍を斬る。電算さんが、兜の隙間から覗く侍の瞳を撃ち抜く。
刀を抜こうとした【師範代】の目に【闇黒】。出鼻をくじく。
雪崩れ込むように、柳山さん、電算さん、わたしと、エレベーターへと駆け込んだ。
直後に衝撃。エレベーターがぐわんぐわんと揺れ、室内のライトが明滅する。
振り返ったすぐ先には、【メタル・イーグル】の嘴があった。
嘴が開いてゆく。同時にみしみしと音がして、エレベーターにヒビが入った。
こやつ、無理矢理、ドアを壊すつもりか。
慌ててエレベーターの閉じるボタンを連打する。
同時にわたしは【悪夢・終わらぬ闇黒時代】を放つ。
電算さんがドアの隙間にガンソードを差し込み、魔弾を発砲する。
柳山さんが剣を思いっきり、敵の嘴に振り下ろした。
甲斐あってか、ゆっくりと敵の嘴が引き抜かれる。軋みながらも、ゆっくりとドアが閉まっていく。
安堵に息をつこうとした途端、嫌な予感がした。咄嗟に全力で後ろに飛び退く。
電流奔る切っ先が首筋に突きつけられる。あと少しで、貫かれていた。あ、危ない。死ぬかと思った。
柳山さんが剣を振るい、刀を打ち上げる。すると、刀は引き下がり、当面の危機は脱した。やがてエレベーターが動き出すと、刀は自然と抜けていった。
攻略というより強行突破と言う感じだけど、仕方ないだろう。己の適正より上の迷宮に挑んでいるのだから。というか異常だ。わたしが見てきた人達の誰よりも才能があると思う。
わたしは残ったポーションジュースの余りを飲み切った。次が最終層だ。
次の層はここまでの層全てより遥かに難易度が高い。はたして攻略できるかどうか。




