ep2-10.探索回想:過美絢爛の太陽王宮:メッキに覆われた黄金の記憶
——【過美絢爛の太陽王宮】:Cランクコース:第二層
その回廊はそれ自体が芸術品として作られたようだった。
天蓋に提げられたシャンデリア。回廊の両端に並ぶ蝋燭を掲げた黄金の像や、数多の芸術品。
見上げれば、臨場感と躍動感に溢れる天井画を眺められる。左側には回廊の果てまで絶え間なく黄金で飾られた鏡に埋め尽くされている。ここに比類するほど豪奢な空間は、そうないだろう。
至高の芸術とも呼べる回廊で、暴力的なはずの戦闘もまた、美しくあった。
踊るは刺繡で華やかに宮廷服を飾り立てたマネキンと、燕尾服を着た壮年の男。
斬り合うはスモールソードと、レイピア。
撃ち合うはパニエで下腹部を膨らませたマネキンと、薄青のドレスに身を包み、宝石を埋め込んだブレスレットをつけた女性。
飛び交うは、火球と水球。
白刃が幾度も煌めき、橙と空色の魔力球が明滅する様子が、鏡に映し出される。
激しくありながら、どこか静かな争いは、ここでの日常であるかのように溶け込んでいた。
舞踏のように行われる戦いを、わたしは影で支援する。
男の身に影を纏わりつかせ、より素早く、鋭く、レイピアを突き出せるよう、強化を行う。
幾重にも重ねて影の結界を作り、攻撃を凌ぐ盾とする。スモールソードを、火球を、結界で覆えば、斬撃は鈍り、火球は弱まってゆく。
正確には【闇黒】魔法を使っている。けど、そうは見えない。魔法の効力を保ちながらも、見た目を極限まで薄めているから。影と同等レベルまでに濃さを抑えているから。
おかげで、戦闘は華やかなままだ。もし【闇黒】本来の濃度を出したなら、この場の芸術性を損なってしまっていただろう。
やがて、戦闘の均衡が崩れる。
パニエをつけたマネキンの頭に腹に水球がヒットし、吹き飛ぶ。
壮年の男のレイピアが弾かれ、音を立てて床に転がる。
その喉笛にスモールソードが突き出される寸前、マネキンの両手に水球がぶつかった。
すぐに男はレイピアを拾い直し、怯んだマネキンの心臓部を貫いた。
一方で、女性も相手取っていたマネキンにとどめを刺した。ウォーターカッタ―のような高圧水をブレスレットから放ち、敵の喉を切った。
戦闘が終わって、我々は一所に集まる。
「ナイスキルです」
わたしは微笑を浮かべながら、二人のプレーを褒め立てる。
「ふふ、真黒さんのおかげですわ。わたくし、冒険は年に数度しか嗜みませんもの」
ドレスの女性がお上品な口調で言葉を発しながら、長髪をかきあげた。彼女は雄国人。国籍も言語も顔立ちも違う。けど、違和感なく言葉を交わせるのは、話者音声再現型自動翻訳アプリのおかげだ。
「いえいえ、わたしはあくまでサポーターですから。お二方の巧みなプレーが土台となってこそ、役割を果たせるというものです」
わたしは心にもないお世辞を、それらしい表情を作りながら述べた。表情を偽る練習は、十年間、毎日のようにしてきた。ぎこちなく見えることはないだろう。
「またまた、ご謙遜なさって」
女性が微笑を浮かべた。
「しかし、お上手でしたよ、スカーレットさん。所作も見事でした。私も命を救われましたし」
壮年の男が言及したのは、わたしではなく、ドレスの女性だった。わたしの活躍より、彼女の活躍を印象付けられている証拠だろう。狙い通りの結果に、内心安堵した。
この二人が親交を深めることは、我々にとって大きな恩恵をもたらす。
一方で、わたしが二人と仲良くなっても、我々にあまり大きなメリットはない。
今後もわたしと彼らとの関係は程々にしつつ、二人の間の関係は密接にする必要がある。
たとえ、二人を騙すことになっても。
彼は知らないだろう。強化魔法を受けてもなかなかマネキンを倒せなかったのは、わたしが敵にもバフをかけていたから、ということを。
彼女は知らないだろう。マネキンを簡単に倒せたのは、パニエの影に【闇黒】を仕込んでいたから。そこから、デバフをかけていたから、ということを。
彼らは知らないだろう。この劇のような一戦で成される全てが、わたしの思惑通りに進行している、ということを。
本気でわたしが支援すれば、赤子の手を捻るように楽に攻略できることを。
実はわたしのランクがCではなく、Aだということを。
わたしが【闇黒】の効果を保ったまま、影と遜色ない半透明にまで彩度を落とせることを。
床に転がったマネキンたちが粒子化していく。
衣服が消えていき、裸の姿が明るみになる。
白く、無機質な肌だ。が、胸部と、腹部だけが違う。濁り切った水晶がそこに嵌め込まれていた。
優美な衣服ともまるで合っていない水晶だ。
だから、意図的に包み隠していたのかもしれない。その様相はこの迷宮の元となった王城の背景とも合致している。
己の醜い部分を、綺麗な衣類で包み隠したマネキンたち。
彼らもまた、己の思惑を美で包装し、誰かの望む理想を演じていたのだろうか。躍っていたのだろうか。
わたしたちがやっている冒険は、一般人がイメージする冒険とは根本から異なる。
例えば、わたしたちは、探索場所の雰囲気に合ったポータブルギアを選ぶ。
大まかに言うなら。
荘厳で煌びやかな迷宮には、ベルサイユ・ファッション。
オフィスビルのようなちょっとお洒落な空間には、アテナ・スタイル。
茶室みたく、質素で素朴な美を飾る場には、居合工房や越後屋。
森や氷河、溶岩地帯といった自然の風味がある迷宮なら、ヴォヤージュ。
ポップで、カジュアルな迷宮には、ダイマー。
というように、場によって使うブランドを選び分ける。
使い慣れているか、上手く扱えるか、個性的か、迷宮のギミックに合っているかどうかなんて関係ない。
迷宮の雰囲気を乱さない身だしなみが出来ているかどうかが第一だ。
探索の仕方だって優雅で華麗でなければならない。マナーを守らなければならない。
必要以上にDE粒子が飛散する討伐方法を取ってはならない。
迷宮内の壁や構造物を破壊する行為を行ってはならない。
着ているポータブルギアを汚してはならない。
他の人が汚れるような立ち回りをしてはならない。
なぜって、冒険そのものは、目的じゃないから。
冒険を通じてコミュニケーションが進み、ビジネスが円滑化するのが目的だから。迷宮の中で己をそれとなく魅力的だと演出することが大事だから。個性を表現するのでなく、安心感が持てる人材だと示すのが重要だから。
だから、自分勝手に前に進もうだなんてもってのほか。ピンチの時に泥臭く足掻き抜いても二流だと思われるのがせいぜいだろう。
常に相手の感情の機微に目を光らせてプレイを調節し、場を思うままに掌握することが至上である。
それでいて、『接待探索』だなんて思われないように。こちらの胸の内には気付かれないように。
探索が終わって二人と別れた後、わたしは宮殿前の広場でベンチに腰掛け、息をつく。
ふと、財布から冒険者ライセンスを取り出し、眺め出す。
現代では既に不要なものだ。ACからどんな書類でも電子で送受信できるのだから。
発行するだけ紙の無駄と言われても反論できない。
けれど、幼少期のわたしは、これが喉から手が出るほど欲しかった。憧れの存在に、わたしが近づけたことを証明してくれるから。
冒険者ライセンスには名前が印字されていて、輝かしい笑顔を浮かべた幼い自分が写っている。
思わず冷笑が漏れる。
この頃に期待していた体験が、訪れることはついぞなかった。求めることも許されなかった。わたしは冒険者になったのに、一度として望んだ冒険に出れたことがなかったのだ。
ライセンスには、わたしのランクたる、Aがでかでかとプリントされている。
本来なら、刺激と変化、試練に満ちた日々を積み重ね、ようやく手に入れられる格付けだ。けど、わたしが実際に送ったのは、刺激と変化を調整し、期待する出来事を誘因する日々だった。
だから、ここに記されているのは、空っぽな証明。昔は持っているだけで心躍ったそれが、もうただの紙切れにしか見えない。
わたしはきっとこのライセンスに生涯、価値を与えることは出来ない。
今日も明日も明後日も、その先の未来いつだって、わたしが望む冒険が出来ることはないだろう。
自然と涙が零れそうになって、わたしはハンカチで顔を抑える。泣き言を言ってはいけない。涙を誰かに見せてはならない。
バレれば、余計に顰蹙を買うだけだから。いらぬ怒りを呼び起こすだけだから。
どんなに嫌だったとしても、わたしが望んだことだ、って振舞わなければならない。
わたしが理想の人間たれるまで。




