ep1-9.炮烙:第六層:【妲己】
僕は腰からガンソードを抜き、【妲己】に突きつける。
柳山はボスと相対するやいなや、素早く駆け出して行った。
しかし、彼女の道はすぐに遮られた。柳山の剣と【牛頭】の斧がかち合う。出来た隙に【禍斗】が足元から、【畢方】が火矢を飛ばす。
柳山は回転して剣を振り回し、斧を、【牛頭】の胴を斬り、【禍斗】を斬り、火矢を弾いた。回転した反動で生まれた隙に、新しい敵が次々に殺到する。
集まったモンスターの対処に追われ、彼女は【妲己】の下に進むどころではなくなった。
一足先に来ていたグレイ・レイストや、凍山も、柳山と同様の状況に置かれているようだった。彼女は杖から魔力を放ち、モンスターの急所を穿ち続けている。が、なにぶん数が多く、前に進めそうにない。
しかし、これだけのしもべを従えるならば、ボス本人のHPはそう高くないケースが多い。確率としては86.04%だ。
【妲己】だけを最優先で狙うこと、当面のところ、採用する戦略はこれだ。
ただし、冷静に位置関係を把握し、【妲己】までの最短ルートを考えなければ、グレイや柳山のように物量に押し殺されるだけだろう。
故に、僕は少々場の観察に注力させてもらった。おかげで、この層の変数はおおまかに理解できた。最適な行動を計算する準備は整っている。
——スキル:【高速演算】
ダイヤルを回し、ガンソードを、一振りの短剣と、一丁の拳銃に変える。視界に提示されたルートに従って、敵と敵との間をすり抜けるように駆けて行く。都度、拳銃で射撃して牽制し、短剣で攻撃を受け流しながら。
そうして6.68秒走ったところで、【妲己】と目が合った。彼女はにっこりと笑うと、扇子を僕の方へ振る。
咄嗟に下がると、僕の立っていた場所に炎を纏った鎖が打ちつけられる。火花が撒き散らされ、次いで砂と礫が飛散する。地面は抉れ、細く、浅い、溝が出来ていた。
油断できない破壊力だ。HP評価D、DEF評価Cの僕がまともに受ければ、【骨折】状態に陥る可能性すらありうる。
【妲己】は扇子を振る。彼女の動作に合わせて、九本の鎖がうなりを上げ、不規則に、縦横無尽に暴れ回る。火花と、砕けた地面の欠片、そして、緑の粒子が空を舞った。
仲間意識が低いのだろう。僕に襲い掛かった鎖は、モンスターをも巻き込み、負傷させ、【火鼠】や【禍斗】といった低耐久の敵であれば、葬ることすらあった。
炎は浴びても鎖本体に身体が打たれぬように意識。こちらの脚や腕に絡ませてもいけない。冒険者が炎柱に鎖で縛られていたのだから。
通常より27.08%大きく回避動作を取り、目で軌道を追うのすら難しい鎖を避けていく。
はたまた彼女の取り巻きが四方から飛ばしてくる火矢と、斧と槍の攻撃を避ける。そうして【妲己】から距離を取り続ける。
同時並行で、拳銃のダイヤルを回し、短剣と合わせガンソードに戻す。
——スキル:【フェイタル・ショット】
【妲己】と誰も敵が重ならないタイミングを見定め、狙いをつける。よく観察すれ ば、敵の頬には微かな汗があった。
——妙だな。火山地帯のボスなのに、大した運動もしてないだろうに、汗をかくとは。
引き金を引く。直後に、足を飛びつこうとした【禍斗】を斬る。
しかし、狙いはブレた。青色の魔弾は敵の頬を薄く切り裂くに留まる。ただ、たったそれだけで【妲己】は悲鳴を上げた。
おおかた距離を取った所で、僕は息をついた。
敵が多いこのステージでは、大きく動くほど危険だ。しかし、【妲己】が扱う鎖のように、軌道が大きく、素早い攻撃を避けるには、大胆な動作が必要になる。鎖の軌道が予測し切れていない現状では、なおさらだ。
幸いにして、頬の負傷への反応を見る限り、【妲己】はやはり低耐久である可能性が高い。取り巻きより優先して攻める方針は間違っていない。
ただ、彼女に接近しすぎるのにはリスクが伴う。銅の柱は【妲己】の周辺に位置する。つまり、彼女に近づけば近づくほど多くの鎖のリーチに入ることとなり、危険性が増す。
今後は彼女とは中距離ほど間合いを取る。鎖が二本以上届かない距離で、急所への狙撃を狙い続ける。最適な戦法はこちらだろう。
後方から複数の物音が響く。すぐに右に飛ぶと、僕のいた場所が爆発した。
柳山も後ろから飛んできた氷塊を、斬り払っていた。
「はあっ!? なんで通じないのっ?! 完全に不意打ちだったじゃないっ!」
予測通り、六層に新しく訪れたのは、天道の一団だった。しかし、メンバーは残り少ない。猫人ギャルの一方が欠け、あと白衣の男、忍者、銀髪少女、そしてアカリ自身の五人しか残っていない。
天道の六層到達に続いて、大きく足音が聞こえてくる。ここから六層に入る冒険者は益々増えてゆくだろう。
新しい参入者に興味を持ったのか、妲己の視線が天道一行に移る。彼女が扇子を振ると、銅の柱の鎖の一本が、飛び出していった。
「あぎゃっ!」
天道一行はすぐに散開したが、白衣の男だけが逃れられなかった。二本の鎖が脚に絡まり、彼を引きずっていく。男が連れられたのは、燃え盛っている銅の柱。柱の上部に鎖で縛り上げられて固定され、男はその身をじっくりと焼き焦がされていく。
爆発音が響き、土煙が立ちこめた。彼が所持している爆弾に引火したのだろう。ただ、おかげで銅の柱の一つが壊れ、繋がっていた鎖も砕け散った。
最も厄介な爆弾魔が死亡した上、鎖が一本減った。悪くない展開である。
【禍斗】、【狻猊】といった素早いモンスターの一部が移動を始めた。
彼らは冒険者を囲むような陣形を組み始める。中央に追い詰めて、なるべく多くの鎖のリーチへ入れるつもりか。
四層と同じ戦略を取る訳にもいかないらしい。六層の端々に立った【狻猊】が全身から霧を噴き出し始める。僅か4.68秒の内に、ステージを包み込む形で霧の壁が出来上がった。
周囲から霧を撒き散らしながら【狻猊】が、牙を見せつけながら【禍斗】が飛び出してくる。
【狻猊】が僕に鋭い爪を振るう。一歩下がると、爪が胸のすぐ前を通り過ぎていった。敵の喉ががら空きになり、僕は素早くガンソードを突き出し、引き金を引く。
——スキル:【フェイタル・ショット】
青い魔弾が【狻猊】の喉を貫く。0.74秒で敵の表情が苦悶に歪み、その場で止まって呻く。
0.46秒後、身を傾ける。心臓があった位置を火矢が過ぎ去っていき、次に【禍斗】の噛みつきがやってきた。後ろからは霧が徐々に広がっていて、僕に迫りつつある。
敵の種類が増えたせいで、予測しうる行動パターンが多くなっている。五層よりも気が抜けない状況だ。
この猛攻を凌ぎながら、【妲己】を狙撃できる位置まで近づくのはリスクが高すぎる。到達したとしても、鎖攻撃が待ち構えているのだから。
一旦はこの状況を切り抜けることを最優先。四方八方から迫る攻撃にギリギリで対処し、反撃で敵を片付けていく。
天道一行と、他冒険者三人、そして柳山はモンスターの目論見に引っ掛かってしまったらしい。彼らがステージの中央に追い詰められている様子が視界に入った。
四本の鎖が蹂躙を始める。蛇が跳び回るように炎を纏った鎖が動き、風切り音と地を砕く轟音が繰り返された。
鎖は冒険者たちの身を抉り、焼き、成すすべなく、圧倒的な速度をもってして嬲っていく。
最初に鎖の餌食になったのは、軍隊風の服装をした男だ。彼は立体的に迫り来る四本の鎖に確認できただけでも七度打たれていた。
先刻までほぼ無傷だったにも関わらず、鎖の連撃を受けた後は見るからに瀕死状態へ。
軍隊風の男は全身からDE粒子を散らしながら、地面に力なく倒れ伏した。やがて、一本の鎖が彼を引きずっていき、燃え盛る柱へと縛り付けた。
次に犠牲になったのは、天道一行だった。ズタボロになった銀髪少女と猫人ギャルが柱に縛られていく。
ただし、彼女らを攻め、連れて行く鎖は、軍隊風の男を拘束した鎖とは別だった。鎖は燃えていく男を今も縛り続けている。
ふむ、柱に誰かを拘束している間、それに巻き付いた鎖は使用されないのか。
ならば、他の冒険者が柱に縛られている間、稼働できる鎖の数は減る、ということか。
であれば、合計三人が捕まっている今こそ、攻め時ではないだろうか。
相手取る【狻猊】たちの数も三体ほど減らした。数ミリのズレが生死の危機に繋がる状況は切り抜けている。すぐにでもボスの討伐に動くべきだろう。
僕が【妲己】の下へ駆け出した時、柳山が自ら上空へと剣を放り投げるのが見えた。
STR評価Sから繰り出される投擲により、剣は上空14.23mほどまでに飛んでいく。
行動理由が一切把握できなかった。今、この戦場で武器を放棄するなど自殺行為にも等しい。しかしその頬は弧を描いている。僕では求める事が出来ないが、何か狙いがあるのだろう。
柳山を侮ったのか、【妲己】の表情に嘲笑の意が宿る。僅かに汗を飛ばしながら、彼女は扇子を振るった。
すぐさま一本の鎖が彼女に絡みつき、転倒させ、燃え盛る銅の柱へと連れてゆく。
柱まであと2.05mの所で柳山は己の外套を、手で払い、はためかせた。すると、外套の背中の部分にある牙が、彼女の足の付近まで近づく。
外套についた牙が柳山の足に鋭い牙を突き刺す。緑の粒子が噴き出し、柳山は痛みに顔を歪めるが、頬は弧を描いていた。彼女を引き上げていた鎖を断ち切った。
己を縛るものが消えた柳山は上空に勢いよく放り出され、【妲己】の下へ。同時に彼女は、【妲己】を護衛するモンスターの群れを飛び越えていった。
そこで、天空から柳山が投げ飛ばした剣が飛来する。彼女はそれを宙で受け止め、振りかぶった。獲物を見つけた獣のように、柳山の剣についた瞳が赤く輝く。
空を見上げた【妲己】の表情から、途端に表情から笑顔が消える。
成程。剣を投げたのは、敵の油断を誘い、反撃で重力をかけた高威力の斬撃を行うためだったのか。上空から重力をかけて落下速度を早めれば、【妲己】から妨害も受けにくいというわけだ。
しかし、あまりに大雑把な作戦だな。
重力の勢いが乗った斬撃が、地を砕きながら炸裂する。礫と粒子が飛び散る中、真っ二つにされた肉体が右へ、左へと倒れていった。




