ep1-10.破竹の勢い
「あ、あれ??」
そこで、柳山は戸惑いを見せた。なぜなら彼女が斬ったのは、【妲己】ではなく、その側にいた【牛頭】だったからだ。
彼女の作戦は針の穴に幾度となく糸を通し続けるようなものだ。
剣の投擲を鎖で邪魔されていれば。
【妲己】が油断しなかったら。
周辺の敵から妨害を受けていれば。
マントの牙で断ち切れぬほど鎖が頑丈であれば。
鎖から解放された時、もっと遠くに、もっと近くに放り出されていれば。
どれか一つでも条件が違っていれば、【妲己】の討伐には至れない。あそこまで上手くいったのが不思議なほどで、本来であれば剣を投げた時点で失敗してもおかしくない。
故に、柳山の策を実行するには充分な裏付けが必要だ。
既に類似した敵のデータを持っているか。それとも厳密な観察・検証によって相対する敵のデータを入手するか。どちらかが必要だ。
しかし、彼女がそうした土台の上で動いたようにはとても思えない。
【妲己】の行動傾向の観察。
鎖の耐久性の確認。
吊り下げられた時、身体にかかる力の計算。
裏付けを得るために、必須となる行動の多くを省いたのであろう。
だからこそ、彼女の失敗はほぼ必然。成功率は2.36%にも満たないだリターンは大きいが、それよりもリスクが高すぎる選択だ。
笑みの消えた【妲己】が、扇子を振るう。四本の鎖が一挙に集中し、柳山は四方八方から来たる乱撃の対処に追われることとなった。
ボスを危機に陥れた存在は、当然、手下から危険視される。僕らをそっちのけにして、モンスターたちが【妲己】の下へ向かう。柳山を攻撃しに向かう。
おかげで柳山以外の冒険者の手が空いた。生まれた隙に、この層の冒険者全員が【妲己】へと接近を始め、討伐を狙う。
——スキル:【高速演算】
僕は最適な場所に走って位置取り、射撃。先刻と異なり、【妲己】と重なる位置に敵がおらず、照準を合わせやすかった。
狙いは心臓と眉間。【妲己】の動作を予測し、僕は銃剣の引き金を二度引いた。
——スキル:【フェイタル・ショット】
【妲己】が甲高い悲鳴を上げる。狙いはどちらも命中した。敵の動作が12.86%鈍るが、即座に絶命に至る気配はない。流石にボスモンスター。人の形を取っていると言えど、頭と心臓を貫かれても生きていけるらしい。
ボスの悲鳴に反応して、十三体の手下の注意が僕に向く。これ以上攻め続けるのは難しい。僕は追加で二発、魔弾を発砲しつつ撤退。
今回の狙いも、前回と同じだ。ブレは4.43%あったが、弱点へと命中する。
僕と柳山にモンスターが集中したところで、他の冒険者の攻撃も次々にボスへと殺到し始めた。
グレイ・レイストが詠唱し、杖を振るう。黒い魔力が奔り、【妲己】の肩を穿った。
忍者の男が手裏剣を四つ放った。半分は手下に阻まれたが、もう半分はボスの足に刺さった。
天道が剣で指示するのに合わせ、【畢方】が火矢を放った。急な裏切りに敵は反応が遅れ、【妲己】の胸に当たった。
凍山が素早く滑って走っていき、すれ違いざまに【妲己】をブレードで軽く斬った。
他の冒険者も次々と【妲己】へ迫る。飛び道具を当て、中には武器で肌を傷つけた者もいる。
ボスの懐に迫った冒険者たちを排除せんと、敵が動く。火矢が飛ばされ、火花が散る。
だが、柳山の急襲により陣形の崩れたモンスターたちは、冒険者に上手く対応できない。彼らの退却を、味方の犠牲を、今までより多く許してしまっていた。
……状況が驚くほど冒険者側が優勢に傾いている。柳山の行動に端を発して。
冒険者が劣勢だった状況が、彼女の大胆で、向こう見ずなアクションで大きく変化していた。
予測していなかった展開だ。恐らく柳山自身もそうであろう。策は失敗に終わったのだから。
思えば、柳山は常にそうした行動傾向を持っていた。
思い付きや勘で、リスクの大小や未来を鑑みていないような行動を取る。結果が良いものであれ、悪いものであれ、銅でも良いとでも言うように。
そこまで思考した時、腑に落ちる結論が浮かんできた。
ああ、そうか。
彼女はリスクを無視した行動を続けることで、常に大きく成長できるのだ。
探索でデータ収集のみに尽力する際、僕は攻略を度外視した行動に出ることがある。
STR値を推定するため、痛みのデータを取るため、敵の攻撃を無防備で受ける。罠のリスク評価のため、実際にかかる、などである。つまり、未知のデータを取得するため、あえて非合理的な行動に出るのだ。
この場合、最適な行動をした場合と比べ、新規データの取得率が36.24%上がる。当然だ。通常、迷宮を攻略するにあたって、自殺行為に出るなど在り得ないのだから。
柳山の場合、先述した事例と類似した恩恵を常に得ているようなものだろう。あえて非合理で、不確実だが、成功すればリターンの大きい選択をする。
上手くいけば得だ。が、通常では試さない択を取るが為に、失敗してもその結果から学ぶことは多くなるはずだ。
そして、僕と違い彼女は場面を区別せず、危険な択にも挑戦する。たとえライジングカップのような重要な場面にあっても。自ら優勝すると聴衆の前で啖呵を切り、プレッシャーがかかる状況下でもだ。
最適化すれば、パフォーマンスは高くなる。しかし、その分、行動が制限される。僕含め冒険者が【妲己】を相手に劣勢で硬直していたのは、それだけ洗練された動きを取っていたからだろう。
だからこそ、柳山の大胆で無謀な行動が、偶然であれ、停滞した状況を一気に変化させた。
その在り方が素晴らしい結果をもたらしたのは、彼女の経歴を見れば明白だ。
これまで不明瞭だった柳山の魅力を、今、腑に落ちる形で言語化できた。
彼女と共にあれば、欠点が補われる上、より近くでその在り方を学べる。
ますます、柳山がパーティーメンバーに欲しくなった。
思索を巡らせている間に、モンスターの陣形にまた綻びが出来た。新しく冒険者が【妲己】に攻め込んできたのだ。僕の囲っていた敵の一体が対処に向かったことで、陣形には穴がある状態。利用しない理由はない。
首のすぐ横を突く槍、腹部を掠めていく火矢、肩の上を通り過ぎ、ジャージを浅く裂く爪。髪を八本斬った斧。
数多のモンスターの攻撃をミリ単位の誤差で避け、【妲己】と12.07mほどの距離まで接近。引き金を引く。正確に眉間を狙って。放てたのはたった一発。が、他の冒険者からの総攻撃で血みどろになった【妲己】を仕留めるには充分だ。
——スキル:【フェイタル・ショット】
引き金を引いた直後、瞳のついた剣が飛んでいくのが見えた。向かう先は【妲己】。僕が放った魔弾が命中するより早く、剣はボスの胸に突き刺さる。
【妲己】が後ろに仰け反り、狙いがズレる。魔弾が貫いていったのは、彼女のつむじのあたりだった。
集団から襲われる中、剣を投げ捨ててでも討伐を狙ったか。
柳山らしい行動だな。
それが絶命の一撃となったのだろう。
【妲己】は口全体を覆わんばかりのDE粒子を吐くと、その場で倒れ、動かなくなった。




