ep1-8.炮烙:第五層:牛頭馬頭
——【炮烙】:ライジングカップ:第五層
額に張り付いた汗を袖で拭う。しかし、拭ったそばから額には玉のような汗が浮かび上がり、目元へと垂れてARデバイスの画面を湿らせる。
身体のあちこちにある火傷や傷口には容赦なく汗が染み入り、じくじくと痛んだ。
むせ返るような熱気から逃れる術はない。熱気は太陽のように上から降り注ぐわけではなく、四方八方から押し寄せてくるのだから。
【炮烙】、五層に到達して僕らを襲ったのは酷暑だった。空気全てが地獄のそれと入れ替わったのかと錯覚するほどで、素肌が少しでも熱気に触れればすぐさま汗がだらだらと噴き出してくる。
あまりの暑さゆえか、視界全てが薄く赤い霧に包まれたように見えた。
沸騰しそうなほどの熱気の中、眼前の怪物たちは普段通りだとでも言うかのように、平然として、冒険者を蹂躙していた。
筋骨隆々とした肉体に牛や馬の頭が生えた化生が、場を埋め尽くすほどの数、ここにいる。それぞれが斧、槍を携え、ぎらついた瞳を巡らせている。
【牛頭】に、【馬頭】。彼らは酷暑の中、汗の一滴もその肌に流れることなく、己の得物を振り回していた。
こちらに繰り出された【牛頭】の斧を、一歩下がって躱す。休む間もなく、別の【馬頭】の槍が心臓めがけて突き出され、身をよじってどうにか回避した。
——スキル:【フェイタル・ショット】
反撃に【馬頭】の右胸へ二振りの拳銃をそれぞれ発砲する。緑の粒子が舞い散るが、肉体を貫通するには至らない。【馬頭】は怪我を気にした様子もなく、僕の腹を槍で貫かんと突き出す。僕が後ろに飛び下がると、槍の穂先は空を切る。
ちょうど僕が立ったのは、戦場全体を俯瞰できる位置だった。見えるのは、気が遠くなるほど数多くの敵。
【牛頭】が三十五体に、【馬頭】が四十一体。そして、二十三体の【禍斗】が彼らを支援している。
その全員が冒険者たちに複数人であたり、襲い掛かっていた。
熱気で体力を限りなく奪われながらも、一人で複数のモンスターを相手しなければならない。五層は身軽さがキーとなった前層までと比べ、持久能力に重きを置いているらしかった。
そして、一定数のモンスターを討伐しなければ、次の層へと繋がるゲートを潜ることは出来ない。ARを通じて、そう運営から通知があった。俊敏性に任せて敵を無視する戦法も不可能というわけだ。
ここでの戦闘は、多量の回避行動の合間に、少量の攻撃を差し挟む形が基本となった。
モンスターとの位置関係は目まぐるしく移り変わる。
視界の端に入る光景もまた激しく変化し、他の冒険者の様子が垣間見えた。
多くの冒険者が苦難する中で、天道一行は比較的上手く対処できているように見える。
おそらく個人戦のライジングカップで、集団行動をとっているからだろう。
天道が宝剣を抜き、騎士として叙任するかのように、忍者風の男の肩を剣の腹で優しく叩く。すると、宝剣から黄金のオーラが発され、刀身を伝ってそれが男の身体へと染み込んでいった。
天道アカリのジョブ、【クイーンナイト】は近接戦闘を得意としながらも、味方のサポートにも長けている。
騎士の叙任式を模した儀礼を行うことで、単なるステータス強化のみならず、HPが徐々に回復する【加護】まで与えられる。集団戦にはうってつけの能力と言えるだろう。
天道は味方を宝剣で叩くことで、順番に強化していき、最後に剣の一振りで全員に突撃を号令した。
彼らは何人かで敵を集中攻撃。弱り切った敵にとどめを刺すのは、天道の役目だ。
最後は彼女が、華麗な剣戟で【牛頭】や【馬頭】を切り伏せていった。
突然、【牛頭】の一匹が天道の前で頭を垂れた。天道がその肩を宝剣で軽く叩くと、【牛頭】は右手を左胸に当てた。仲間になったのだろう。
【クイーンナイト】は味方を強化するだけでなく、敵を剣の舞で【魅了】状態にし、僕として扱うことが出来る。そして、天道が配下に加えたモンスターがどう使われるかは、明白だ。
【牛頭】は天道に背を向けて斧を構え、彼女が剣で指した方向に駆けて行った。
天道が指したのは、当然、柳山だ。彼女は二匹の【馬頭】と戦っている最中だった。
柳山の剣が二本の槍を受け止め、鍔迫り合う。たくましい巨体の彼らを相手取るのは厳しいらしく、徐々に彼女は押されていく。
そこに、背後から【牛頭】が突進する。柳山は直前で横に跳ぼうとしたが間に合わず、突き飛ばされてしまう。更に槍で肩を突かれ、更に負傷した。
柳山の受難は対岸の火事ではないらしい。天道一行がいる方角から【禍斗】が一体やってくる。おそらく、従えたのだろう。
次々に繰り出される斧、槍を辛うじて対処する僕に、【禍斗】は燃え盛る牙を押し付けんとする。
平時であれば雑魚同然なのだが、今の状況下では脅威の一つになる。僕は脚を微かに動かし牙を避けようとしたが、牙が纏う炎に膝下を炙られ、軽い火傷を負ってしまった。
予定外の怪我を負ってしまったが、計画には支障がないだろう。
僕は遠くにいた【牛頭】の胸部に拳銃で発砲した。当然、致命傷など負わせられない。【牛頭】は激しく叫び、僕を襲う集団の一人に加わった。【牛頭】六体、【馬頭】五体、【禍斗】七体から成る集団に、だ。
【牛頭】、【馬頭】は肉体こそ強靭だが、攻撃速度自体はさして早くない。技巧があるわけでもなく、力任せだ。
だからこそ、動きが予測しやすい。回避に徹すれば、こうして【禍斗】も併せ十八体もの敵を相手取り続ける事が出来る。【牛頭】・【馬頭】の討伐は不可能だが。
そして、十分な敵を集めたら、作戦は次の段階に移る。
僕を囲む集団の合間を、小さな円を描くように駆けまわる。都度やってくる攻撃を躱しつつ、二丁拳銃で素早く敵の足元を狙撃して回る。
すると、一匹の【牛頭】が、狙いを誤って【馬頭】に斧を振り抜いた。攻撃された【馬頭】は甲高く悲鳴を上げ、【牛頭】へと槍を突き出す。
傷つけられた【牛頭】は一唸りすると、お返しと言わんばかりに斧を振り抜く。
同士討ちは二匹に留まらない。【牛頭】、【馬頭】、それぞれの仲間らしき者達が次々に駆けつけ、僕をそっちのけで争い始める。瞬く間に混乱が集団全体に伝播していった。
彼らは巨体な上、一つ一つの動作が大振りだ。そして、推測では理性・知性の評価指標たるINT値が低い。
場の密度が高まれば、同士討ちも誘発できるという訳だ。
混乱によって僕への追撃の手が緩まった。次のステップに移る時だ。二丁拳銃のダイヤルを回し、近づける。
すると、拳銃が変形してくっつき、一つの杖に変形した。
——スキル:【ホーリー・ブラスター】:充填開始:0.97%……17.97%……30.87%……
杖の先端に魔力が集まる。白光が集まる。
魔力の充填を続けながらも、襲い来る攻撃を、次々に躱していく。やがて魔力が溜まり切った瞬間、僕は大きく飛び下がり、敵の軍団と距離を取った。
——スキル:【ホーリー・ブラスター】:チャージ:100.00%
白い光条をモンスターではなく、彼らが立つ地面に向けて放つ。着弾と同時に、目が眩むほど強い光が周囲に広がっていく。
発光が収まった時、視界には阿鼻叫喚が満ちていた。
魔法で抉り抜かれて出来た穴に、モンスターたちが落ちてゆく。酷暑も弾丸も耐え得る強靭な肉体を持つ【牛頭】、【馬頭】も、溶岩にはかなわない。
彼らは皆、地面の下にあった溶岩に浸かっていて、身を焼かれる痛みに絹を裂くような悲鳴を上げていた。
抜け出そうともがくほど溶岩は泥沼のように絡みつき、彼らを灼熱地獄へと引きずり込む。
次々とモンスターのHPは尽きていき、粒子化する。吹雪のように、緑の粒子が流されていった。
——Congratulation!!:五層の突破条件を達成しました!
さて、今ので僕は最終層に進むための条件を達成できた。
条件達成には過剰な討伐数だが、これで良い。
【牛頭】、【馬頭】は強力なだけあって、討伐すれば多くのスコアを稼げるはずだ。また、モンスターのリポップには時間がかかる。
これだけ数を減らせば、他の冒険者がこの層を突破するのを遅らせる事が出来る。
四層の爆撃で喫した遅れを取り戻せるだろう。
そういえば、グレイ・レイストと、凍山明羅が、いつの間にかいなくなっている。彼らの実力で脱落はあり得ない。一足先に六層へと向かったのだろう。その他にも二人ほど、優勝候補の冒険者がいなくなっていた。
急ぎこの層を突破しなければ、ボスモンスターを討伐されてしまう。
僕は飛び掛かってくる【禍斗】を切り伏せ、他は無視して駆けて行く。
ただ、すぐボスモンスターと対面となれば、リソースが心もとない。
特に魔力はまずい。道中の【高速解析】や【高速演算】、魔弾の使用で累積した消耗。それに加え、【ホーリー・ブラスター】をフルチャージで使ったため、枯渇寸前だった。
走りながらも残ったポーションを次々に口に入れていく。
「ふおっひ、追いひゅいひゃじぇっ!」
横から声を掛けられた。柳山未知留が薬草を口に咥えて、駆けていた。今の時代にポーションでもなく、薬草とは。珍しいな。
患部へ正確にポーションをかけるためスピードを落としていたが、彼女が来るとなれば話は別だ。僕は多少のコントロールのブレを許容して、全速力で駆けて行く。
「ふぁっ、まひぇっ!」
柳山のAGI値の評価はB、僕の評価はSだ。しかし、HP値、RES値の評価が共にSであるのに対し、僕はそれぞれD、Fである。攻略の疲弊が影響し、僕と彼女は同等の速度になる。
柳山と並走する形で、僕は第五層を出た。
——【炮烙】:ライジングカップ:第六層
重厚な扉を開け放ち、柳山と0.02秒差で立ち入った六層の環境は、これまでと合致するものだった。
茹るような暑さ。辺りを満たす溶岩の池。一歩歩くたびに疲労感が肩へのしかかる。
ただ、ステージの構造が違う。これまでは、両端を溶岩に挟まれた広い道が入り口から出口まで続く、長方形の形状をしていた。が、今回は溶岩に囲まれた円形の地面が舞台だ。
他に特徴的なのは、ステージの中央を囲むように立つ、九つもの銅の柱。天井まで届かんばかりにそびえ立つそれらはどれも鎖が巻かれていて、ごうごうと燃え盛っている。
そのうち二つには、冒険者が鎖で縛られていた。いくら鈍化剤で痛覚が麻痺しているとはいえ、不快感は拭えなかったのだろう。両者とも眉を顰めながらその場から逃れんと、身をよじっていた。
その、人が焼け、死に絶え、粒子へと変わっていく様を鑑賞する者達がいる。【禍斗】、【火鼠】、【畢方】、【狻猊】、【牛頭】、【馬頭】。これまでの層で出現したモンスター達だ。
それらが合計で七十八体もいる。
そして、化生たちの中央で立つにはあまりに美麗な女性が一人。
ゆったりとした漢服に、狐の耳。艶やかな笑みを浮かべて、口元に扇子を添えていた。
——ボスモンスター:【妲己】
——スキル:【高速解析】:詳細情報:不明:【解析】を進めてください。




