027:跳躍力なら折り紙付き
「あれか!あれが例の船か!」
その日はあっという間にやってきていた。
この人間という種族のいない世界での生活も、一日目こそ戸惑ったものの、日を超えるごとにその合理性を把握しながら、入弦は自分の体のことを学習し、その日を迎えていた。
入弦たちがいる今の場所はこの巡洋艦に存在している港だ。
艦船に港があるという違和感しかないような状態になるかもしれないが、要するに何かと接舷する時に使用される場所だ。
今回は陸上での合流ではなく、海上における合流だ。この後合流し、半月ほど同じ航路を歩み、その後で再び元の航路に戻ることになる。
入弦と吉野は少し高い建物の屋上に登り、水平線の彼方に見える船をその目に捉えていた。
「大きいな。まぁわかってたけど……実物で見ると半端ないな」
「そりゃこの巡洋艦とほぼ同系統だからなぁ……キョーちゃん前の時もおんなじこと言ってなかったか?」
「何回でもいいもんだろ。でかい!それだけでテンション上がるだろ?」
「確かに!いつかあれくらいの大きさでさらに変形合体とかしてほしいよなぁ……造船艦とかではそういう研究してるんかな?」
入弦たちが乗っているのは居住巡洋艦だが、海上に出ている船は各種用途が分かれているものがある。
人が住み、暮らすために必要な居住区、食糧生産施設、各種ライフライン維持設備などを備えた居住巡洋艦や、食料生産のみに特化した農耕巡洋艦、技術開発や製造を行う造船巡洋艦、鉱石系の資材などを調達するための採掘巡洋艦などが存在している。
そう言った艦船は、一種の艦隊を組むことで成り立つこともある。
地上という部分が人間の住まう場所ではなくなってしまった代わりに、それぞれの巡洋艦が必要な役割を持って全人類の生活を支え合っているのだ。
入弦たちがこうして住んでいる生活巡洋艦もそういった活動艦があってこそ初めて成り立っている。
「キョーちゃんは将来どういう船に行きたいんだ?生産系?それとも開発とか調達系?」
「どうだろうな……物理とかの方が得意だから、開発、調達のどっちかだと思う。生産系は化学とか生物学の世界だからな。それに、機械、電気のことが分かれば、とりあえずどの艦にも就職はできるだろ。お前は?」
「どうすっかなぁ?船の航路によってかも。俺みたいな変温系の人種だと、暑すぎたり寒すぎたりするときついから、安定した気候の艦に行きてえな。そうなってくると、どこでも行けるような職種の方が選択肢は多いかも」
「ってことは、機械、電気のどっちかか?」
「どっちかっていうと機械かな。俺泳げないから採掘巡洋艦の方は無理だろうし、こんなガタイだから艦内整備の仕事も難しそうだしなぁ……開発とかそっちの方かなぁ」
「そのうち変形できる巡洋艦を作れよ。アニメ化するかもしれないぞ?」
この世界の入弦たちも、いずれはそういった船の運用の為に働くことになるのだろう。その結果どこに行くことになるのかは不明だ。
そう言った未来の話をするのは、また別のタイミングでいい。入弦にとっては、この五日間を乗り切ることの方がよほど大事だ。
この世界での未来の話を、この世界の吉野とするのは、今ここにいる入弦であるべきではない。そうわかっていても、吉野の問いには素直に答えてしまう。条件反射のようなものだ。吉野の質問に関しては特になにも考えずに答えてしまう。
それが入弦と吉野の関係だったのだ。世界が変わっても、どの世界に行っても、その関係だけが変わっていないのが、入弦にとっては救いだった。
遠くに見える船が徐々に近づいてくる。垂直な接近から、徐々に水平に変化していき、並走するような形で向こうの港部分を近づけてきている。
互いの港にはそれぞれ人が多く集まっているのが見えた。向こうの艦船にも、当然多くの人が住んでいる。たまにしかない交流に、どうしても期待してしまうというものなのだろう。
「クラスの奴らも結構来てるみたいだな。むしろ来てない奴の方が少ないか」
「街の人も結構集まってるみたいだな。さすがに店とかの人は来てないみたいだけど」
「かき入れ時って感じだからな。バイト入れてるやつとかもいたみたいだけどな。こういう時働いてないと身が軽くていいぜ」
「その分使える金も少ないけどな。いくらくらいもってきた?」
「二万くらい。まぁなんかしら買えるだろ。キョーちゃんは?」
「同じくらいだ。ぱっと見は同じような外見だけど、あとは中身を見てみてのお楽しみってところかね」
「もしかしたら向こうは裸族ばっかりかもしれないぞ?覆面と違って服を着ない文化!」
「そしたらさすがに学生とかは渡艦禁止令出るだろ。っていうか、お前他の人種でもオッケーなのかよ」
「俺はどんな種族だろうとウェルカム!雑食性の高さには自信があるぜ」
爬虫類の外見をしておきながら随分と懐の深いことでと入弦はため息をつきながら海の向こうに見えている船の方を見る。
「残念、裸族の船ではなかったみたいだ。みんな服は着てる」
「チッ!どんな種族が多い?」
「ぱっと見、獣人系が多いように見えるけど……あ、お前と色違いっぽいのがいるぞ。向こうは緑じゃないけど」
「何色?」
「黄色だな」
「センスねえな。この緑色の肌こそ至高よ」
「向こうもお前と同じこと考えてるかもしれないぞ?っていうか、お前の色も結構どぎついからな?」
緑色の外皮に覆われた巨大な二足歩行の爬虫類。それだけでも見る人間が見れば卒倒しそうなものだ。
もっとも、この世界ではそれが当たり前なのだから、そんな反応をしたほうがおかしい目で見られるのかもしれないが。
「っとと……ようし、じゃあまずは商店街行こうぜ。ほれキョーちゃん、乗れ!」
他の住民たちと同じようにやってきた艦船に乗り込んだ入弦たちは即座に移動を開始していた。
下手に歩くよりも、吉野に乗ったほうが早いということを学習していた入弦は即座に吉野にまたがる。
緑色の爬虫類にまたがって移動する獣人の姿は周りから見ても珍しく映ったことだろう。実際この光景を客観的にみると異様なものであるということは入弦も理解している。
中には端末で写真などを撮っている者もいるほどだ。そのたびに吉野がカメラ目線でポーズをとる。それにつられて入弦も同じように何度もポーズをとっていた。
「ふははは!やっぱ気分がいいぜ!俺らの船じゃもう珍しくもなんともないからな!こうして注目されるのはやっぱりいい!」
「普通こういう風に誰かを乗せるのって嫌がるもんじゃねえの?疲れるだろうし」
「そうか?俺は別に嫌じゃねえけどな。適材適所ってやつじゃね?それにこうやって走ってると気持ちいいじゃん!俺はこの感じ嫌いじゃねえよ!それにさ、キョーちゃんは乗るのも上手いじゃん。なんつーか、息が合うって感じがする!」
入弦は特に意識もしていなかったが、おそらくこの体が吉野に乗ることに慣れているからか自然に体が動く。
吉野の負担にならないようにしているのか、それとも単純に吉野の体に乗りやすくしているだけか。どちらにせよ、吉野の走る動きに合わせているようなことを感じているのだろう。
「こういう風にポーズとっても、ほぼ完璧に合わせんだろ?こういう一体感?っていうの?俺嫌いじゃないぜ」
「付き合いだけは長いからな……もう何年よ?」
「覚えてねえ!気づいたら一緒にいたし!次はナポレオンっぽいポーズで行こうぜ」
「手綱も鐙もねえから姿勢キツイんだけど。しかもお前元々二足歩行だろ!」
「大丈夫!キョーちゃんの辞書に不可能という文字はあんまりない!」
そんなことを話しながら、住民に写真を撮影されそうになった瞬間、入弦と吉野は同時にポーズをとる。
これまた絶妙なタイミングでとったポーズに、撮影していた人間は小さく頭すら下げていたほどである。
入弦はあらかじめ調べた居住巡洋艦の地図を頭の中に浮かべていた。現在位置と比較して、どの場所が最短の避難場所かを確認しているのである。
普通、旅行などに来てこうやって常に逃げる先を確認することなどはない。だが自分が確実に死ぬとわかっている入弦からすれば必要不可欠な行動だった。
「なぁ吉野、今日の昼めし何喰うよ?」
「俺肉!肉がいい!がっつり肉!」
「肉な。じゃあ商店街に行ったついでになんかよさげな店を探そうぜ。たぶんあるだろうし。なければ店の人に聞こう」
「うちの近くじゃでかい肉は扱ってねえからなぁ……ハンバーグとかでもいいんだけどよ、やっぱりドカッと!一つ塊の肉にかじりつきたいぜ」
「あぁ……お前のでかい口だとかじりつくっていうのもなかなかないんだろうしな」
「そうなんだよ!大体一口。時々海鳥とか取って食おうかって考えるくらいだよこうやって」
走りながら吉野は自分の下を伸ばして鞭のように操る。一メートルから二メートルほど伸びた舌は空中でしなり、再び吉野の口の中に戻ってきていた。
本当に人間ではないのだなと顔をしかめながら、入弦は吉野の体を確認していく。
「なぁ、お前ってどれくらいジャンプできるんだ?」
「んあ?そりゃ結構行くけど……やってみていいのか?」
「乗ってるままでもいいぞ。跳んでみてくれ」
「お?気になるか俺の真の力が。見せてやるぜ。ちょっと待ってろ、安全確認してっと」
吉野は周りに巻き込まれそうな人がいないことを確認してからわずかに身をかがめると、勢いよく跳躍する。
入弦を乗せた状態だというのに、その跳躍は二メートルから三メートルほどの高さには達しているようだった。
周りの塀など軽々飛び越え、電柱の超常にも届くのではないかと思えるほどの跳躍に、入弦は目を丸くする。
「おま!すごいな!俺乗せた状態でこれかよ!」
「ふふふふふ!俺のスペックをなめてもらっちゃ困るぜ。もう一回行くぞ!おらあぁ!」
吉野は先ほどと同じように飛び上がると、放物線の頂点に達したところでその両手両足をじたばたと激しく動かしていく。
そのじたばたのおかげか、先ほどよりも飛距離が伸びているようだった。何という無茶苦茶な動きだろうかと、入弦は呆れてしまうが同時に感心してしまう。先ほどよりも長い距離を跳んだ吉野はどや顔で入弦に声をかける。
「どうよ!これが俺の秘儀、じたばたジャンプだ。これで走り幅跳びの記録狙ったんだぜ?三位だったけど」
「よくもまぁこんな……っていうかどうやってあんなに跳んだんだよ手足振り回してただけなのに」
「まぁそのあたりはコツみたいなもんがあるんだって。今度教えてやろうか?キョーちゃんもやろうと思えばできると思うぞ?」
「……いや……たぶんお前にしかできないと思う」
その外見の人間にしか、いや、恐竜もどきにしかできない荒業なのだろうなと入弦は半ば納得することにした。
どの世界でも吉野がおかしいのは共通していたが、この世界の吉野も割とおかしい部類なのだと入弦は理解してしまった。




