028:本は紙の方が好き
「へぇ……こっちの方じゃ結構建物と建物の間が空いてるんだな」
「俺らの船は結構ギチギチなんだけどな。区画整理がしっかりしてるのかもな」
入弦と吉野は商店街にやってくるとまずは本屋を探していた。居住巡洋艦はいくつかの区画に分かれていることが多く、物品などを集め販売する商業区画、人が住む場所の多い居住区画、艦船を運営するために必要な機関区画と分かれていることが多い。
入弦たちが今いるのは、商業区画、入弦たちのように居住巡洋艦で暮らすものはこの区画のことを商店街と呼んでいることが多い。
大抵この商店街は艦船のやや中心部にあることが多い。多くのものを中心に集め、全体に展開しやすくするのが目的でもある。
とはいえ艦船によってそのあたりが違うこともある。入弦が調べた艦船の中では、艦船の両側に作られている港に直接商業区画が作られているような艦船もあった。
とはいえ今回入弦たちが今回やってきた居住巡洋艦はオーソドックスなつくりをしているらしく、艦のほぼ中心地に商業区画が作られているようだった。
「まずは本屋とゲーム屋と……あとなに見に行く?」
「服って言いたいところだけど……俺らに合う服あるかな?特にお前の」
「服かぁ……でもさっき俺と同じ体してる奴いたからな、あるかもしれないな。行ってみようぜ」
獣人などばかりのこの世界では、衣服などはかなり特殊な扱いとなっている。ほとんどがオーダーメイドに近いが、数の多い種族に関してはある程度のひな型が作られていて、裾直しと同じ程度の感覚で衣服に微調整を加えられるようになっている。
例えば入弦の体には犬のような尻尾が生えている。この尻尾も個人によって太さ長さが異なるため、その尻尾を出すための穴のサイズ調整が必要になってくるわけである。
そして吉野のような大型の爬虫類系の肉体は珍しく、ベースとなるものはほとんどないわけなのだが店に応じて型を作ってくれていることもある。
この船にも先ほど吉野と同じような形をしている人がいた。もしかしたら服屋でも同様の型を作っている可能性もある。
「こういう他の船を歩いてると何があるのか楽しみになっちゃうな。でもあれだな、思ってたよりも人が少ないか?」
「俺らが早く来すぎただけだろ?そもそもお前の足速すぎるんだよ」
「ふふん、褒めても何も出ないぜ?」
吉野の足はこの世界では元の世界で言うところの車と同程度の速度を出していた。この世界に来てから車というものを見ていないが、それでも十分すぎる速度であったことは間違いない。
住まう人に合わせるためか、乗り物の概念は大きく変わっているようだった。人間形態で座りやすい背もたれのある椅子よりも、背もたれがなくただ腰掛けるだけの椅子や、立った状態でも乗れるようなセグウェイに近い乗り物のほうが多く散見される。
住む人間が違えば当然それに関わる文化も技術も発展が異なる。入弦は何度も世界を移動してきてようやくそのことを理解していた。
世界が違えばそこにいる人が変わる。人が変われば文化が変わる。文化が変われば技術が変わり、技術が変われば文明が変わる。
ドミノ倒しのように、あるいは連鎖するように発展してきた当たり前の文化や技術が大きく異なるものになっていく。
それでも入弦の知っているものに近いのは、この世界がまだ比較的入弦のいた世界に近い世界だからだろうか。
「お、あったあった本屋。どうするよ?なんか買ってくか?」
「そうだな、良さげなのがあれば買っていくかな」
二人が本屋を見つけて中に入ると、そこには紙の本がたくさんあるというわけではなかった。
そこにあるのは大量に置かれたタッチ式の画面だ。
この艦船における生活において、紙の媒体というのはほとんど存在していない。樹木そのものを育てる山や森といった存在がないため、衣服を作るのもかなり貴重だ。だからこそ衣服をオーダーメイドのような形で作っているというのもある。
そのため書籍もほとんどが電子書籍となっている。本屋に置かれているデバイスで読みたい本を検索し、少しだけ中身が読める。面白そうであればそのデータのレシートを印刷し、レジに持っていって端末にダウンロードするというのが本の購入方法だ。
なんとも味気ない。元いた世界では紙媒体の本が大量に並んでいたため、こういった本の購入方式は入弦にとっては完全に馴染みのないものだった。
とはいえ、紙の貴重性に関しては入弦も想像できる。紙を作るのにだって手間がかかるし材料が必要だ。
大量の木や植物などを使わなければいけないのだから当たり前なのかもしれない。限られた土地でやりくりしているのだ。必要最低限のものが優先されるのも間違いではない。
調べた中では紙を製造している艦船もあるという話だが、それらが全世界に存在している艦船にいきわたるほどではない。
「お、この漫画面白そうだな。買おっかな……けど巻数多い……!これ……迷うなぁ……!」
吉野は漫画を選んで迷っている。その中で入弦が選んだのは最近の新聞や情報などが載っている記事だ。
その中には確かにあった。この艦船が近くの島に発生したゼリアの観測隊を送ったという情報。
漫画を前に悩んでいる吉野をしり目に、入弦はその情報を読んでみることにした。
新聞というよりは情報雑誌に近いそれを購入するため、入弦はそれをレジへと持っていくことにした。
アガツ島。旧世界地図における北半球のニア諸島にある小さな島でそれは起きていた。
厄災ゼリア。この世界において存在している現象は小さな島一つをほとんど跡形もなくなるほどに消滅させた。
僅かに残る島の一部に、この船から派遣された調査員たちは上陸し、各種のデータを確保することに成功した。
とはいった物の、取れたデータは今まで得ていたものとそう変わらない。ただ現象の確認から調査までの時間が極めて短かったこともあり、得られたデータの精度自体はかなり高いことは確かだった。
それをもとに各船に情報共有し、ゼリアへの対策を練るための研究を行う。今回入弦たちが住んでいる巡洋艦と接触したのも、そのデータをより多くの船に共有するためでもある。
船から船へ、情報をとにかく流し続け、より多くの研究者に情報を提供して対策を練る。
人間が今の今に至るまでに何回も何回も繰り返してきた試行錯誤を、今もなおし続けているのだ。
人間は決して強い生き物ではない。戦って逃げて、間違って修正して、滅んで育んで、そんなことを何百年も何千年も繰り返してきた。
今もそれは変わらない。姿かたちが変わってもそれは変わらない。この世界でも人間はどうしようもないことに対して、常に抗い続けているのだ。
入弦はそれを読んで少しだけ安心していた。この世界であまりにも外見が異なる人たちを見て少しだけ、人間という価値観がぶれていたからでもある。
だがこの世界においても、人間は人間だった。毛がたくさん生えていようと獣のような外見をしていようと爬虫類のような奴がいようと、この世界にいるのは何も変わらない人間だった。
歴史的にどのような背景がこの世界にあるのかは『今の』入弦では完全に理解することはできないが、それでもこの世界において、人間は生きようとしている。生きようと足掻いているのだ。
電子書籍のそれを読んで、入弦は小さく笑うと同時に、それを閉じる。この世界において生き残る方法が分かったわけではない。だが、生き残るためにできることはしようと思っただけだ。
入弦は追加でこの船の緊急用の脱出艇の位置などが確認できる地図などを購入し、吉野と合流することにしていた。
「だから!俺は向こうの船に住んでるんだっての!この船が来るから旅行に来ただけだって!」
吉野はレジの方で何やらもめているようだった。
「おい、どうかしたのか?」
「あぁキョーちゃん。なんか俺がこっちに住んでるやつに似てるんだと。兄弟かなんかじゃないかって……こっちに住んでるやつ、割と有名らしいんだよ」
「……あぁ、あの時見えてたやつ?あの黄色の」
「あぁキョーちゃんが言ってたやつか。迷惑な話だよ。紹介してくれとか言われても困るっての」
「ってか、何したら有名になんの?お前の外見そのもので有名ってのならわかるけど」
「芸能人なんだと。俺も詳しくは知らねえけどさぁ……赤の他人だってのにな」
爬虫類の外見をしている時点で珍しいというのはわかる話ではあるが、まさかそれが芸能人とは思わなかった。
とはいえこの閉鎖空間で芸能人がいたとしても会おうと思えば会うことだってできるはずなのだがと、入弦はため息をつく。
「買うもん買ったし次いこうぜ。お前の服とかも見るんだろ?」
「そうだったそうだった。じゃあな。こっちの芸能人にあったらよろしく伝えといてくれ」
そう言って入弦は吉野を伴って本屋から出ていく。店の外側に掲示されているディスプレイなどを見ても、それらしい芸能人などは写っていない。
あの時に見た黄色い爬虫類が芸能人のようには思えないが、そういうこともこの世界ではあるのだろう。
「芸能人だってよ。こっちではお前引っ張りだこに合うんじゃないか?」
「勘弁してほしいぜ。なんか妙に俺らの方を見てたのはそういうことだったんかな?写真とか撮られてたのもそういうことか」
「こっちじゃ有名人になれるかもしれないぞ?よかったじゃんか」
「よくねえよ。どっかの誰かのおこぼれなんて御免だ。次々!腹減ったし飯食いに行こうぜ!この船で何が食えるのか気になるし」
「はいはい。何がいい?っていうか何があるんだろうな」
「いろいろ巡ってみようぜ。時間はあるし」
時間はある。吉野の何気ない一言に入弦は少しだけ思うところがあった。
確かにこの世界の入弦には時間があるのだろう。いつまでも続くと思えるほどの時間があると思える。
だがこの世界の人間ではない入弦はそれを知っている。その時間が限りあるもので、その限りが既に近づいてきているのだということを。
この世界においても、いや、どの世界においても、吉野は吉野だった。
どの世界でも入弦の隣にいて入弦の友としてそこにいた。
友人と過ごすこの時間は大事にしたいものだと思いながら、入弦は笑う。
「待てよ、俺でかい肉がいい。探そうぜ」
「お、いいね。かぶりつこうぜ!」
これから一緒にいられなくなる、そんなことを理解しながら、入弦は吉野と共に食事をとりに行っていた。




