026:虎穴に入らずんば
アカからのアドバイスを受けて、入弦はこの世界の自分がいったい何をしようとしていたのかを調べようとしていた。
といっても調べられることなどたかが知れていた。まず学校の予定を確認し、今後学校主催のイベントがないかどうか調べる。
そして自分の携帯端末の予定表を見てみるが、普段入弦はこういうものに記載などをしていなかったのか、全くの白紙状態。連休があるくらいのものである。
今のところ、自分がこれから行おうとしている行動そのものに予定がないという半ば八方塞な状況になってしまったために、入弦は視点を変えることにした。
「なぁ、今週とか来週ってなんか予定あったっけ?」
「予定?なんかあったか?」
そう、入弦と高確率で一緒にいる吉野である。今までの世界の経験から、吉野は高確率で入弦と一緒に行動している。
というか、どの世界でも吉野が入弦の味方であるということがほぼ確定的であるというのは入弦にとってはありがたかった。
入弦が死ぬ運命に晒されているのと同じように、吉野もまた入弦の友人であるという運命に縛られているのかもわからない。
単純に話が合うとかそう言うことなのかもしれないが。
「あー、あれだ。確か他の船が近々接近するって話があったな。クラスの女子が話してたぜ?新しい服とか買いたいとかなんとか」
「買い物とかって、別にこの辺りでもできるだろ?」
「女子曰く、別の船には別の流行があるんだと。そういうのを先取りしておきたいんじゃねえの?俺らにはよくわからん話だな」
船の上というある種の閉鎖空間での生活が余儀なくされているこの世界では、船同士の交流は互いの閉鎖空間に僅かな交流と技術や文化の交換ともいえる娯楽をもたらしているのだろう。
船上での限られた空間、限られたコミュニティでは文化や技術などはどうしても限られたものになる。そこに別の船との接触や交流を定期的に挟むことで、文化や技術が停滞しないようにしているのだろう。
若者からすれば単純な新しい流行の始まりのようなものだが、大人からすれば物資や情報などのやり取りをする場でもある。
この洋上生活においてはかなり重要なものであるというのは間違いない。
「どれくらいやるんだろうな?向こうの船とかには行けるのかな?」
「どうだろうな。さすがに一日ってことはないだろ。今までも大体一週間くらいかけてやってたし。まぁ買い物と観光くらいはしてみたいなって思うけどな」
観光。元の世界では自分たちが遠くの街に行ったりする、旅行などがこれに当たる行動だったが、街そのものが動いているこの世界においては、やってきた船に行けるというのが唯一の観光的な娯楽であるのだろう。
普段見ることのできない景色や文化に触れる数少ない機会。入弦はこれこそ自分に襲い掛かる死の原因なのではないかと睨んでいた。
主な原因は、高確率で厄災ゼリアという災害であることに間違いはない。だが問題はこのタイミングでやってくる同様の生活巡洋艦だ。
この世界での生活が船の上に制限されている以上、同じ巡洋艦同士の交流は娯楽の一種として親しまれているはず。
となれば、この世界の入弦がその場所に向かう可能性も否定しきれない。慣れない船の上で何かがあった可能性は否定できない。
「吉野は?その船に行きたいのか?」
「んー……どうだろ。なんか面白いゲームとかが流行ってるっていうなら買いに行きたいわな。向こうがどんなものが流行ってるかは全然わからねえし」
入弦の行動は基本的に吉野とセットのようなものだ。吉野が行きたいというのであれば行くだろうし、入弦が行きたいといえば吉野もついてくる。
吉野は現時点ではいく強い意志は見せていないが、場合によっては行く可能性を示している。
やはり件の船が接触する時に何かが起きると見るべきだろうかと、入弦は眉をひそめていた。
「キョーちゃん的にはどうなんだ?その船、行ってみたいとか?」
「まぁ、見てみてもいいとは思うけどな。何があるかわからないし。こればっかりはガチャみたいなもんだろ」
「確かに。たまにすげーのあるもんな。乗り物とかもそうだけどよ、服とかスゲーもんな。前の船とかほとんどの人が常に覆面かぶってただろ?あれってなんでなんだろうな?」
「罰ゲームってことはないだろうから、なんか目的があったってことだろ?それが何なのかはわからねえよ。天候とかそう言うのが原因かもしれないし」
全員が覆面をかぶっている船というのもなかなか恐ろしい。一見すれば犯罪者のそれに見えても不思議はない。
だがそれらがどのような理由かはわからないが否定するようなことでもない。環境的な理由か、それとも宗教的な理由なのかはさておいて、そういった文化があり、それが当たり前になっている生活をしているのだ。
技術的な話や文化的な話は、閉鎖された空間では他者との比較がされにくく、どうしても視野が狭くなってしまう。
自分たちが当たり前だという考えが強くなりすぎるせいで、他者を排斥してしまいがちだ。
だがこの洋上の限られた空間では、他の船とは違うのが当たり前、という認識が強くなっているためか、そこまで困ることはないようだった。
それがよいことなのか、それとも悪いことなのか、入弦としては判断しかねるところでもあるが。
吉野に聞いた船のことを入弦は調べていた。入弦の持っているこの世界の携帯の代わりとなっている端末で調べることは割と簡単にできた。
所謂ニュースサイトのようなところに、今度接近する船の情報がすでに公表されているのだ。
隠されることもなく明かされているというのは、この船にいる人間全員にそれを認識して、経済や文化の交流を図ってほしいという考えがあるからなのだろう。
向こうの船の情報もある程度は記載されていた。船の詳細などはさすがに記載されていないが、どのような場所で生活していたのかはわかる。
入弦たちが生活しているこの船はおもに熱帯付近を巡回している、季節で言えば大体常に夏寄りの気候をしている船だ。
そこに植えてある植物なども必然的にそういった気候で育つものが多い。
逆に今度接近する船は星で言えば南半球を巡回していた船のようである。
この世界が地球と同じように一年単位で気温が変化するかどうかも調べることはできていた。
総じて、この世界では南に行けば行くほど涼しく、逆に北に行けば行くほど暑くなりやすい。ただ四季に近いものも存在している。入弦たちのいる熱帯地域は、北側にあり、常に太陽の光が当たりやすい一帯にあるということだ。
ではなぜ南側と北側、それぞれに巡回していた船がわざわざ交わるような航路を設定したのか。それは船において育てている植物の関係が大きかった。
植物、というと語意広すぎるため、ここでは一次産業における生産物と言い換えたほうが正確だろう。
要するに野菜などの生産物の関係だ。
人間という生き物は船によって簡単に住居を変え、その場で生活することはできてしまうが、植物はそうもいかない。
長い年月をかけてもともと存在していた気候に適応していた植物をいきなり海の上に上げたところで、同じような気候に適応できるようにするまで時間がかかるのだ。
人類種族が海に上がってからかなり時間が経過しているとはいえ、まだまだ植物に良くない環境であることに違いはない。
そこで定期的に植物の育ちやすい環境、および他の艦の植物との交配をするためということもあって北と南、違う場所にいるところでの交流が生まれるということもある。
文化、技術、そして食糧関係においてもこの交流は必要不可欠なのだ。
とはいえ、調べられたのはこの交流の必要性ばかりで、それ以外のことはあまり調べることができなかった。
何か死因に関わること、あるいは死因を回避できそうな材料でもあればよかったのだが、あいにくそういった物を見つけることはできなかった。
厄災ゼリアに関する情報を調べようにも限界がある。教科書などに記載されている以上のことを調べることは難しかった。
だが入弦はここで気になる記述を見つける。
今回交流する艦の巡回するルートの近くにある島で厄災ゼリアの被害が報告されたというものだった。
当該艦は調査班を派遣し、その被害などを調べたのだという。まだ情報共有はされていないものであるため、その艦の中でしか詳細はわからないようだった。
厄災ゼリア。入弦にとっては自分の死因に直接つながりそうな内容なだけに知りたいと思うのは当然のことだろう。
「なぁ吉野、今度例の艦が来たら行ってみるか?」
「ほほう?その心は?」
「あー……向こうの船でどんな漫画が流行ってるのか知りたい。っていうか買いたい」
本などが売っている店があれば、情報誌などもあるはずだ。
この端末の情報がどの程度で共有されるかもわからない以上、向こうにある本などの情報を確認するのが最も確実だろう。
もっとも、この世界において紙媒体がどの程度提供されているかは不明だが。
「いいんじゃね?んじゃ今度行ってみるか。向こうのゲームとかも見てみたいしな。どれくらい行く?」
「どれくらいって?」
「さすがに日帰りじゃあれだろ?どうせなら何日か行きたいじゃんか」
まさか日をまたぐほどに移動することになるとは思っていなかっただけに入弦は迷う。
そもそも向こうに行ったところで休める場所があるかもわからないのだ。
「学校はどうするんだ?」
「そのタイミングで学校とかは休みにするんじゃねえの?学生交流とかの名目で。スケジュールは……えっと……」
吉野が学校のスケジュールを入弦に見せると確かに休みになっている部分がある。
その辺りで学生が移動することを見越しているということだろう。
土日を含んでの五日間。少なくとも自由に行動することはできそうである。
逆に言えば、何かがあるとすればこの五日間のどれかということになる。
恐らく自分が死ぬのはこの五日間のどれかだろうと理解し、入弦はそれまでに可能な限りの情報を集めることにした。
「向こうの地図とか用意しようぜ。そのほうがスムーズに回れるだろ」
「いいね、遊ぶ場所とかも調べておこうぜ。向こうはどんな感じの船なんだろうな」
一見すれば遊びに行く計画を立てているようにしか見えないが、入弦からすれば死なないための準備だ。
あまり楽しくないが、こうして旅行の計画を立てていると、本当に自分が高校時代に戻ったような感覚がして入弦は少し複雑な気分だった。




