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ラウンドシフト 俺四捨五入で死ぬの!?  作者: 池金啓太
ラウンド3「厄災のはびこる世界で」

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024:ヨシノザウルス

 手足の感覚が緩やかに戻ってくる。意識が入弦を導いて、その方向へと吸い寄せられていく中入弦の目は光を捉えていた。


 瞼を閉じても入ってくる眩い光、その光を全身で受け、入弦はゆっくりと目を開く。


 目がまだ光に慣れず、辺りが白く見えてしまう状況の中、入弦はまず周りを見ようと目を開き、目が慣れるのを待った。


 真上を見上げた時、まず目に入ってきたのは青い空だった。


 久々に見る青い空。いったい青い空を見るのはいつぶりだっただろうかと、なつかしさに感動すら覚えながら入弦はため息をつく。


 周りを軽く見渡すと、そこは住宅街のようだった。背の低い塀に囲われた家屋が立ち並び、そこには確かな人の営みが見える。


 足元は荒野ではなくアスファルトによって固められ、目に見える景色は宇宙でもなく青い空に道路と塀と家屋、人が住んでいる、まさに一般的な住宅街。


 家に記されている表札も、一般的な日本人の苗字が刻まれている。英名などでもないただの日本語だ。


 近くの家で料理でもしているのだろうか、とても食欲を刺激する良い香りが漂ってきている。間違いなくこの辺りには人が住んでいる。そんなことを感じさせる。当たり前の、当たり前すぎて忘れてしまっていた人が住んでいる町の匂いだった。


 違う世界に行き過ぎて、こういう普通の平和な世界がいかに大事であるかを入弦は強く実感していた。


 荒野でヒャッハーまがいのことをする必要もなく、宇宙で将軍のまねごとをする必要もなく、ただの人として過ごすことがこの世界ではできると入弦は確信した。


 これほど幸せなことがあるだろうかと、久しぶりのまともな世界だと、入弦は内心ガッツポーズをしていた。


 そんな中、入弦の背中に何かがぶつかる。


「おいキョーちゃん、いきなり止まんなよ。どうした?」


 その声に、入弦はさっそく安心する。この世界でも吉野がいるのかと思い振り返ると、そこには巨大な爬虫類がいた。


 丸みを帯びた口先。その奥にある二つの目。巨大な口にその口と顔を支える太い首と胴体。そして胴体から延びている手と、全身を支える太い足。その向こう側には長い尾が見え隠れしている。


 目に優しくないほどの黄緑色をしている全身の表皮に対し、背中には何故かピンク色の背びれがついている。腹の部分はやや白く、全体的に柔らかそうな印象を受けるが、よくよく見ればしっかりと爬虫類らしい鱗のような表皮を持っているのがわかる。


 その背にはカバンのようなものを背負い、足には真っ赤で大きな靴を履いているのがさらに違和感を加速させた。


 その姿に一瞬入弦はティラノサウルスの姿を彷彿とさせた。とはいえところどころのフォルムが丸まっているという意味ではティラノサウルスというわけではなさそうだった。


 大きな目が入弦の方を見る。そして一体どうしたのだろうかといぶかしげにこちらを見ている。


 前の世界の鰐顔のモーバー将軍といい、爬虫類に何か縁でもあるのだろうかと入弦は内心冷や汗を隠せなかった。


 時折口元から見え隠れする鋭い牙が、入弦を品定めしているようにも見えてしまう。


 さっそく死ぬのか俺は!と覚悟を決めた時、その声は聞こえてきた。


「どうした?キョーちゃん?なんだよ変な目で見て。なんか俺についてるか?」


「……………………………………………………………………………………お前吉野か!?」


 目の前の爬虫類が放つ声と呼び方がまさに吉野そのものであったため、入弦は驚愕してしまう。


「なんだよ今更。あ、わかったぞ。昨日脱皮したのよくわかったな。脱皮して別人に見えたってか?嬉しいこと言ってくれるじゃないの」


 吉野は嬉しそうに入弦の背中を軽く叩く。その素振りと口ぶりはまさに吉野だった。


「これで俺も十五回目の脱皮だ。あと五回もすれば究極完全体になれるってもんだぜ。キョーちゃんだってそろそろ換毛期だろ?毛がたくさん抜ける時期だ」


「は?毛?」


 吉野にそういわれてようやく入弦は自分の体に満足に目を向けた。手を見た瞬間にそれを理解した。


 そこには、毛にまみれた両腕があった。


 茶色の毛におおわれ、その手は人間のそれではない。鋭い爪と、若干の肉球がついている手がそこにはあった。


 自分の体をよくよく見てみると、服を着ているもののその体の違いがよくわかる。足の骨格も人間のそれと違う。二足歩行しているのが若干不思議なほどに違う形の足、獣のそれに近い関節の構造に加え、尻の部分からはこれまた毛におおわれた尻尾が見えている。


 そして入弦は自分の顔を触る。近くにあった車用のカーブミラーに視線をやると、そこには犬のような顔をした、まさに獣人といった様子の人物が映っていた。


 鼻と口が一体化している所謂マズルと言われる顔の骨格。そして耳はピンと立っており、まさに犬の顔といったようなその外見に、入弦は愕然としてしまっていた。


「キョーちゃんみたいな毛だるまの奴は大変だよな。全身の毛がめっちゃ抜けるんだろ?掃除とか大変そうだよな。それに比べて俺らは楽なもんよ。冬はきついけど、基本ベリベリめくれるだけだからな」


 そんなことを言って入弦の尻尾を軽く叩いている。吉野には悪いが、入弦は全く別のことを考えていた。


 とうとう人間ですらなくなったか、と。


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