023:鰐の生き様
「なら、話は早いな」
入弦の部屋の自動扉が開くよりも早く、いや、自動扉をこじ開けるようにして入ってきたのは先に話の上がっていたモーバー将軍だった。
一刻を争うとでもいうかのように速足で入弦たちのもとにやってくる。その鰐の顔が決意に満ちているように見えて入弦たちは目を丸くしてしまう。
と言っても、二人とも表情は表に出ないのだが。
「モーバーの、おっさん……?どうしてここに?」
入弦よりも驚いているのは吉野だった。吉野自身が先ほど言っていたように、この辺りにはもう将軍はいないと思っていたのだろう。この要塞にモーバー将軍がいるという事実に、吉野は驚きを隠せなかった。
「申し訳ないな、カナドメ将軍、貴殿たちが考えたこの作戦、このまま実行させるわけにはいかん」
「どういう、ことですか?」
「……貴殿を、貴殿とそこにいるヨシノを……反逆罪の疑いで拘束させてもらう」
そしてモーバー将軍に続いてやってきたのは彼の直属の兵士だった。即座に入弦と吉野の両脇を固めるとその腕を掴む。
「モーバー将軍!どういうことですか!?」
鰐顔の将軍は兵に視線で示唆し、自分の前に並ばせると、姿勢を正して二人をまっすぐに睨んだ。
「皇帝陛下の直属の諜報部が調べ上げた。貴殿はこの作戦において、要塞を自爆させずに逃走しようとしているという考えを持っていることが分かった」
「な……!?」
それは実際に入弦が考えていたことでもあった。と言っても考えたのは先ほど自爆のことを知ってからだ。
事前にこの情報を知る由などありはしない。というかこの世界に来てから入弦は何かの計画書などの作成などまったくしてこなかったし、直接やり取りしたのは吉野がメインで、他の人物たちとはまともに話しすらしていないのだ。
だというのに、どうしてそんなことを考えているということがわかるというのか。
もしやその諜報部というのは人の心を読むこともでき、今まさに入弦の頭の中を呼んでいるのではないか。
そんなことを考えて思考がぐるぐるとめぐっている中、そんなこととは知らないモーバー将軍はさらに続ける。
「本作戦の起点でもあるこの行動が欠けた場合、本星すらも危険に晒す可能性がある。よって現時刻を持って、この要塞の指揮権は私に移譲されることとなる。また、両名は身の潔白が証明されるまで本星にて拘束される。まぁその間には、反乱軍の攻勢も終わっていることだろう」
その言葉を聞いて、誰よりも先に状況を理解したのは吉野だった。
「まさか……おっさん……あんた……」
入弦はどういうことだか理解できていない。このまま反逆罪で処刑されるのではないかと考えている中、入弦の肩にモーバー将軍の手が乗せられる。
その手は、入弦の体を慮っているような、そんな優しい触れ方をしていた。壊れ物を触るような、そんな優しい手だった。
「カナドメイヅル、少しの間我慢してくれ。その間に、全てが終わるだろう」
その言葉に込められた暖かいものを入弦は感じ取っていた。そして吉野に遅れてようやく理解する。
モーバー将軍は、入弦の代わりにこの要塞を引き受けたのだ。
反乱軍の攻勢を一挙に引き受け、要塞ごとこの防衛線にて反乱軍との戦闘を終わらせるつもりなのだ。
自爆という最後を理解しつつ、それでもなお入弦の代わりを務めようとしている。それが一体どういう理由なのか、今の入弦には理解できない。
この世界の入弦であれば理解できたのだろう。だが、今の入弦にはそれができなかった。
「ヨシノ、ここに反乱軍が到着するまでの予想時刻はわかっているな?」
「そ、そりゃ……もちろん。もう、時間の猶予はない」
「では、中立組織への監視も怠ってはいないな?」
「……反乱軍の動きに呼応して動かそうとしているのは知ってる。私設の……義勇軍って形に偽装はしてるけどな」
「十分だ。それだけあれば決定打となるだろう。他の将軍たちへの影響を考慮し、民間の船に偽装させた船にて輸送を行う。連れていけ。くれぐれも丁重にな」
「はっ!」
入弦と吉野を掴んでいる兵士は、それでも痛みを感じさせることなく二人を連行しようとする。
「モーバー将軍!貴方は……!」
「おい!モーバー!ガス!おっさん!」
「……おっさんと呼ぶなと何度言わせる。まったく……礼儀知らずの子猿ども……」
部屋から連れ出されていった入弦と吉野の声に、モーバーは僅かに目を細める。宇宙の向こう側に見える反乱軍の船の光をその目に僅かに捉えながら、モーバー将軍は別のものを見ていた。
「お前の弟子は……もう少し生かしておく。だから、そうだな……文句は直接言うといい」
小さく笑みを浮かべ、鰐の口を歪に歪ませながらモーバー将軍はかつての友を思い出す。
そして穏やかな目をしたかと思えば、その表情を一変させ、鋭い眼光を宇宙の方向へ向け、通信を開く。
「聞け、この要塞はこれより防衛線を展開する。反乱軍の阿呆どもを一人たりとも生かして返さん!全員持ち場を死に場所と思い奮戦せよ!」
モーバー将軍の檄が要塞中に、要塞周辺にある防衛線を築いている全兵士に伝えられると、その士気は自然と上がっていた。
そんな中、拘束されているわけでもない入弦たちは、兵士たちによって連行されていた。
「くそ……あのおっさん……!なんであんな……」
「……モーバー将軍、どうして」
民間の輸送船を偽装した艦船に、入弦たちは乗せられていた。既に出航し、宇宙の中にあるその船から見える景色では、すでに戦闘が始まっているらしく、光の筋や爆発が絶え間なく見えている。
大量の戦闘機や軍艦があの要塞を囲うように展開しているのがわかる。そしてその防衛線を食い止めながら要塞の破壊を行おうとしているのだ。
「戦闘機多数、こちらに向かってきています!」
「なんだよ!これ民間船に偽装してんだろ!?」
「向こうも同様の手を使っていた点から、おそらく偽装であることを見抜かれているのかと。間もなく敵射程に入ります!」
この偽装した輸送船はあくまで輸送目的の艦船だ。基本的に速度は戦闘機などには圧倒的に劣る。小回りも効かないということもあって、絶対的に不利なのは間違いない。
「この輸送機に戦闘機は積んでるか?」
「は、はい。予備機含め数機ではありますが」
「相手が撃って来たらそれを出す。カナドメ将軍だけは意地でも本星に連れていけ!」
「おい吉野!どこに行くつもりだ!」
「迎撃に出るんだよ。最低限あいつらを足止めしなきゃ本星にも行けないだろ。本星との間にある防衛線までどれくらいかかる?」
「あと、十五、いえ、十分もあれば到達可能です!」
十分あれば、本星と要塞の間に構築していた防衛網に到達できる。そうなれば輸送船に手を出すことはまず不可能になるだろう。だが同時に、本星との間に防衛線が築かれているということを相手に知らせることにもなる。このまま連れて行くより、多少なりとも足を止めなければモーバー将軍のいる要塞の自爆作戦も失敗しかねない。
「なら少しだけ足止めして俺も逃げる。拘束してないお前らが悪いんだぜ?職務怠慢だな」
「なりません!貴方も本星に輸送しろと」
「将軍の命が第一だ!状況を見ろ馬鹿ども!それでもモーバー将軍の部下か!」
吉野が叫ぶと、その場の兵士たちはそれぞれ配置についていった。民間の船を装い、防衛に人員を回したことによってこの輸送船に乗っているのは最低限の人員しかいない。予備機に回すだけの人員がいないのであれば、そこに吉野が乗り込めば多少戦力は増すだろう。
だが多少でしかない。
「待て吉野!お前が出て行ってどうすんだ!一機出た程度で」
「その一機があるかないかで、状況が変わる!お前だけは絶対に生かすぞ!おっさんがお前を生かそうとしたんだ!俺だってそうする!」
「お前が死んでどうする!」
「死ぬかバカ!お前覚えておけよ!本星に行ったら最新式のボディに換装して経費で落としてやるからな!」
なんだその文句はと、入弦は呆れてしまったが、吉野は輸送機の中に積まれている戦闘機に向かう途中、わずかに振り返って笑う。顔はわからなかったが、笑っていると、入弦は直感で理解できた。
「キョーちゃん、絶対に後悔させてやるからな。最新式ボディだけ発注しとけよ」
「吉野、おい」
「行くぞ!」
戦闘機要員として配置されていた兵士を引き連れて、吉野は出ていった。数分も経たずに、輸送船を追う戦闘機から攻撃が始まり、それを迎撃するために吉野たちは出撃していく。
そして、いったいどれほどの時間が経過しただろう。吉野たちが迎撃に出たその方向、要塞があるその方向から、巨大な、とてつもなく巨大な光が放たれた。
それが要塞が自爆したことによる、周囲を巻き込む巨大な破壊の光だと気付くのに、少し時間がかかったほどだ。
吉野がどうなったのか、入弦には分らない。戻ってくるのか否か、必ず戻ってくると信じたかったが、光が収まった瞬間、全てが、走る光が、爆炎が、周りにいる兵士たちすべてが、その時間を止めた。
そしてあの時のように、入弦のいた世界のように、前の荒廃した世界のように、いつの間にか赤毛の少女が目の前にいた。
「見事。今回も死の運命を回避できたようだな。重畳重畳」
「だからさぁ……!今回も吉野が何かあれな感じなんだけど……しかもなんか人の良さそうな鰐の人も死んじゃったしさぁ……」
自分の周りの人間が代わりに死んでいくようで、入弦はあまり良い気分ではなかった。
死の運命を乗り越えるというのが難しいことは重々承知している。だがだからと言って自分以外の誰かの犠牲の上に成り立つとなると少し微妙な心持である。
自分が助かるためには仕方がないのかもしれないということはわかるのだが。
「まぁ、今回の場合、お前が流れを変えたおかげで反乱軍の奇襲を逆に迎え撃つ形となった。本来であれば反乱軍に襲い掛かられ、追い詰められたお前は要塞を自爆させるのだが……まぁ、どちらにせよ大きな流れは変わっていない。役者が変わっただけの話だ」
「めっちゃ後味悪い。めっちゃ申し訳ない。モーバー将軍さぁ……あの人いい人だったんだよぉ」
「……この世界におけるお前の後見人のようなものだったようだが……まぁこの世界のことはいいだろう。あと一つ。あと一つにいるまだ生きているお前を救えば、お前の死の運命は覆る」
「この後味の悪い状況で次にポンと行けってか。しかも後見人って……めっちゃ親しい人だったんじゃん……へこむ」
「へこんでいる場合か。お前はここまでうまくやってきたのだ。あとはもう少し、もう一つで完了するのだぞ。気張れ気張れ」
「……うーっす……」
「声が小さい!それでは死んだ鰐もあの男も報われんぞ」
「やっぱ吉野死んでるのかよ!くそ!絶対生き残ってやる!死んでたまるかくそったれ!」
「よろしい!ではいくぞ、次なる世界へ」
アカがそういうと緩やかに思考がまどろんでいく。意識がぬるま湯に溶けていくような感覚、心地よい浮遊感に包まれながら、入弦はゆっくりと、異なる世界にまた行くことになるこの感覚に沈んでいた。
再び、入弦は光を見ていた。異なる世界への導きの光だ。入弦はその光に誘われるまま、その方向へと引っ張られていく。
次なる世界へ。再び、その世界の自分自身を救うべく。
宇宙に包まれた世界を超えて、次なる世界へ。




