第19話「最終決戦・後編」
神戸中央総合医療センター
22時21分
浅瀬率いる第2班8人と、金瀬、現場対応班第3班の7階配置要員3人が、東棟と西棟間をつなぐ通路で遭遇した。
互いに身をさらしたまま立ち尽くせば、相手の銃撃を受ける。双方は通路の壁を遮蔽物にし、身を隠した。
金瀬は大声で呼びかける。
「病院襲撃の件は既に警察に伝わっている!これ以上続けても意味はない。武器を置いて投降しなさい!」
浅瀬は壁の陰から返した。
「こちらは、投降するつもりはない!邪魔するなら、実力行使で押し通る!」
襲撃側のけん制射撃が始まり、現場対応班員と金瀬も応戦した。東棟と西棟は目の前にある。それでも予想以上に弾幕が濃く、浅瀬たちは容易に進めなかった。
ここで無駄に時間を費やされると、ターゲットである7階の高齢者を殺害することが出来ない。
単純に弾幕を張るだけでは、突破することが出来ない。なにか作戦を立てる必要がある。
彼は8人の役割を組み直した。
自分が前へ出て注意を引き、その間に東棟へ3人、西棟へ3人を向かわせる。残る1人は主階段側に留まり、他の階から警備要員が来たときの時間稼ぎを担う。
もっとも危険な役は、自分が引き受ける。第2班のリーダーとして、仲間に任せて後ろにいるわけにはいかなかった。
22時22分
ロンは事前に用意していた狙撃位置へ移動を終えた。そこからは7階と8階の高齢者を視認できる。
彼女は無線を聞き、病院の中で動く仲間たちの声を探した。
22時24分
ロンは息を整えてから、ターゲットである高齢者を殺害するために狙撃銃の弾薬を麻酔弾から通常弾に切り替え、ライフルを構えた。
スコープの中に、7階と8階の高齢者の姿が見える。狙撃準備はできた。
同じころ、通路では浅瀬が煙幕弾を投げた。白い煙が視界を曇らせる。彼は前へ出て、サブマシンガンでけん制射撃を行った。
警備側の射撃が一時的に止む。その瞬間を逃さず、浅瀬は仲間に叫んだ。
「東に3人、西に3人!残る1人は主階段を押さえろ!」
3人ずつが東棟と西棟へ走る。主階段側には1人が残った。
浅瀬は煙の中で彼らを見送り、金瀬も相手の狙いを察する。彼女は現場対応班員3人に指示し、東棟へ2人、西棟へ1人を向かわせた。
部下たちが棟側へ向かった後、浅瀬はけん制射撃を続けながら、裏口側階段の方向にいる金瀬へ走った。
金瀬も拳銃を向ける。浅瀬はサブマシンガンを構えたまま、彼女の前で止まった。
その瞬間、金瀬は彼を認識した。
5月頃に岡崎市の天野老人ホームで見た防犯カメラの青年。
天野老人ホームの2階の廊下で一度立ち止まり、それでも部屋へ入っていった若者が、いま目の前にいる。
「あなたが、あの映像の人……」
金瀬の声に驚きが混じった。浅瀬もまた、初めて対面する相手の顔を見た。銃口は互いに向いたままだった。
「あなたは、何を見て、そう考えるようになったの」金瀬が先に口を開いた。
「社会の問題を語る。でも、あなたは最初からそういう考えを持っていたの?」
浅瀬は銃口を下げなかった。問いの意味を測るように、金瀬の顔を見つめる。
「最初からじゃない。OZに入ったとき、社会を変えたいなんて考えてなかった」
「では、何が変わったの」
「活動を続けるうちに、いろんな情報に触れた。自分でも調べたし、現場で見たこともある。知らなかった問題が、ひとつじゃないと分かった。
長い間、放置されてきた問題がある。声を上げる人がいても、世論は慣れて、いつの間にか見ないふりをしてきた」
金瀬は、浅瀬の言葉を遮らなかった。浅瀬が話す内容のどこまでが自分で確かめたことで、どこからが組織の中で聞いたことなのか。その境目を見極めようとしていた。
「あなた自身が見たことと、OZから聞いたことは、分けて考えているの?」
浅瀬の視線がわずかに揺れた。
「全部を自分の目で見たわけじゃない。そこは分かってる。だから自分で調べた。聞いた話をそのまま信じているわけじゃない」
「それでも、確かめきれないことはあるわ」
「ある」浅瀬は短く答えた。「俺たちのやり方が正しいのか、迷うことだってある」
その言葉に、金瀬の指が拳銃のグリップを握り直した。
「迷いがあるのに、続けるの?」
「OZが動いたことで、世論は変わろうとしてる。今まで口にされなかった問題が、議論され始めた。何もしなければ、また忘れられる。政府に全てを任せて時間をかけていると結局、何も変わらないままになる。それが怖いんだ」
「世論の目を向けさせたことと、あなたたちがしたことは別よ」金瀬は言った。
「ここにいる人たちは、あなたたちに自分の命を決めてくれと頼んだの?声を聞かずに命を奪うことを、変化と呼ぶの?」
浅瀬はすぐには答えなかった。廊下の向こうで銃声が響き、無線から短い報告が流れる。東棟へ向かった仲間と、彼らを止めようとする隊員たち。時間は、二人の言葉を待ってはくれない。
「あなたの言うことが間違いだとは思わない」浅瀬はようやく言った。「人の声を聞かずに、こっちが勝手に決めていいはずがない。それでも、今の政府に任せて待つだけじゃ、問題は解決しないと思ってる」
「政府の対応が遅すぎたことは、私も否定しない」金瀬は答えた。
「でも、その遅さを理由に、あなたが誰かの命を選ぶことは認められない。問題を変える責任と、人を殺す権利は同じじゃない」
浅瀬は金瀬の言葉を受け止めるように、ほんの一瞬目を伏せた。金瀬もまた、彼が問題を知ろうとして、自分なりに考えてきたことを感じていた。
彼の指摘には正しさがある。だが、それでもOZの行動を認めることはできなかった。
「分かってる」浅瀬は言った。「それでも、俺は止まらない。いや、もう止まれないんだ!」
互いの言葉を理解しても、選ぶ道は重ならなかった。和解には至らない。
浅瀬が金瀬に向けてサブマシンガンを撃とうとした。
だが、引き金を引いても弾は出ない。弾切れだった。浅瀬はそのことを理解すると、銃を投げ捨て、右手にナイフに持ち替えて間合いを詰めた。
金瀬は拳銃で応戦しようとしたが、できなかった。浅瀬のナイフさばきは巧みで、刃を避けることに手一杯だった。
金瀬は何度も身をかわしたが、すべてを避けることはできなかった。ナイフが左肩に突き刺さる。
「うぅっ!……」
金瀬の左腕から力が抜けた。
OZ大阪本部
22時10分ごろ、
出達の無線内容を聞いて、大阪本部のバックアップ要員の一部が、地下の緊急脱出ルートへ向かった。
元々、OZが本部の建物を取得した際に、大規模な改修を加えたのだが、そのタイミングで緊急脱出ルートを新たに用意していたのだ。
この緊急脱出ルートは各階から地下へ繋がっており、大阪本部の要員は緊急時に使用するようにと予めルールが定められていた。
しかし、神戸の病院襲撃のサポートに集中していた新田目は、対策特別チームがOZ大阪本部に襲撃を仕掛けていることに全く気付いていなかった。
22時11分
大阪本部の4階に到着した対策特別チームは、通信室前の頑丈なセキュリティドアに気づいた。すぐには開かないと判断し、物理的に破壊する方針を決める。
22時13分から14分ごろ、
対策特別チームは事前に用意した爆弾を用いて、4階の通信室前のセキュリティドアを突破した。
その際に、通信室にいた新田目とおるは、爆発と破壊に巻き込まれ、死亡した。即死だった。
しかし、新田目死亡の件はすぐに浅瀬の耳に届くわけではなかった……
22時18分
4階の制圧を終えた新庄は、機密情報の多い通信室に部下数人を残し、自らは上階へ向かう。
22時23分
新庄は6階で出達と初めて直接顔を合わせた。出達は部下を逃がす時間を稼ごうと、新庄に話しかける。
「あなたは、政府が間違いを認めるまで、現場の人間に耐えろと言うのか」
新庄は、拳銃を構えたまま答えた。「そうは言っていない。政府が間違いを認め、改める責任はある。現場に押しつけて済む話ではない」
出達はわずかに目を細めた。
「なら、なぜ今まで変わらなかった。何十年も同じ問題を指摘されつづけてきたのに、制度は人を見捨てた。俺は傍観しなかった。日本が背負う負担をゼロにする。そのためにOZを設立した」
「OZの考えに同意する者も多かった。俺だけの思いつきじゃない」
「賛同者がいることと、国民全体の意思であることは違う」新庄は言った。「まして、賛同した人たちが、標的にされた人々の命を決める権利を得るわけでもない」
出達はすぐには返さなかった。廊下の奥で部下の足音が遠ざかっていく。彼はそちらへ一度だけ視線を向け、再び新庄を見た。
「何もしない側にも責任はある。現状を知りながら放置し、変える責任を先送りにした。その結果を、誰が引き受ける」
「その責任を問うことと、あなたが誰を殺すか決めることは別だ」新庄の声は低かった。「私は政府の失敗をかばうためにここへ来たんじゃない。あなたがさらに人を巻き込むのを止めるために来た」
「止めた先に、何がある。会議か。検討会か。次の先送りか。笑わせる」
「政府の連中は、時間稼ぎばかりだ」
「すぐに変わるとは言えない」新庄は答えた。「だが、遅いからといって、あなたの判断を国の判断にすり替えることはできない。誰を標的にするか、誰を巻き込むか。それを決めたのはあなた自身だ。その責任を、賛同者や社会に預けるな」
出達の表情から、反論の余地を探すような色が消えたわけではなかった。彼もまた、自分の決断が誰かの命を奪ってきたことを知らないわけではない。ただ、それを止めれば、長く放置された問題まで再び沈黙の中に戻ると信じていた。
「制度が人を見捨てた。俺は、その現実を動かそうとした」
「動かす責任を負うことと、命を奪うことは同じではない」
出達は返事をせず、新庄は出達に拳銃を突き付けた。
同じタイミングでとっさに出達は腰に装備していた閃光弾を手に取り、床に投げる。
一瞬、カッと、目が開けられないほどの強烈なまばゆい明かりが場が照らす。
対策特別チームの要員の目がようやく慣れてきたころには、出達はその場から逃げ出していた。新庄は姿を見失ってしまった。
その後、捜索しても遺体は見つからず、出達は行方不明となる。
神戸中央総合医療センター
22時25分ごろ
浅瀬とロンは無線から信じがたい情報を聞いて、二人とも同じように動揺した。
その内容とは、OZ大阪本部が襲撃されたこと、新田目が戦闘で死亡したこと。
無線の報告は短く、確認された事実だけを伝えた。
浅瀬は、ナイフを握ったまま動きを止めた。
ロンは狙撃銃をかまえたまま、息を詰めた。2人の動揺は、別の場所にいながら同じように広がった。
金瀬は、その一瞬を逃さなかった。浅瀬の足を払う。浅瀬は体勢を崩して倒れ、その拍子にハーフヘルメットが吹き飛んだ。
金瀬の左肩には、まだナイフが刺さっているため、左腕は使えない。それでも彼女は右腕で拳銃を構え、浅瀬の頭部に狙いを定めた。
「さよなら」
浅瀬は初め、驚いた表情を浮かべた。
しかし、やがて目を閉じる。
その顔には、すべてを理解したかのような、そして、今まで背負っていた全ての重荷を外せたような、浅瀬の表情にはそんな軽い笑みがあった。
金瀬は引き金を引き、浅瀬を射殺した。
別の無線報告がロンに届く。浅瀬が病院内にて何者かに、射殺されたという。
OZ大阪本部襲撃に、浅瀬と新田目という信じていた2人の死を知ったロンは、戦う意思を失い、彼女は狙撃銃を下ろした。
金瀬は浅瀬を止めたものの、左肩の傷が深く、すぐには動けなかった。病院には警察の増援が到着する。
地上1階から入る部隊に加え、ヘリコプターで病院屋上のヘリポートに到着した要員も投入された。
警察は各階へ展開し、水野副責任者は館内放送でOZ構成員全員に武器を置いて投降するよう呼びかけた。
OZは全面投降した。
だが、7階の高齢者64人のうち46人は、すでに殺害されていた。
東棟では34人中21人、西棟では30人中25人が命を落とした。
7階の高齢者たちを守るために東棟と西棟にあとから入っていった対策特別チームの現場対応班員3人も死亡していた。
浅瀬の第2班は、対策特別チームの妨害も受けたため、7階の高齢者全員を殺害することはできなかった。
8階には侵入できず、8階に居住していた60人の高齢者は襲撃を免れた。
OZ襲撃チームの当初の標的は7階と8階の高齢者たちで、最終的にその目的の内、半分しか果たされなかった。




