第14話「2週間前」
2036年11月26日、午前10時。
大阪市大正区にあるOZ大阪本部の6階大会議室には、
出達しんを中心に、浅瀬誠、新田目とおる、ロン・カリジュラ、襲撃に参加する構成員、通信や後方支援を担うバックアップチームの代表者たちが集まっていた。
長机の先に置かれた大型モニターには、関西圏の地図が表示されている。
普段の作戦会議よりも参加者が多く、室内には緊張が漂っていた。
出達は全員が着席したのを見届けると、前置きを短く切り上げた。
「今回が、OZにとって最後の大規模作戦になる。標的は関西圏にある大型病院だ。実行日は12月10日。開始時刻は午後10時を予定している」
ざわめきが起きかけたが、出達は手を上げて制した。
「襲撃本隊はロンを含めて30名を想定している。
病院内に入るのは29名で、ロンは病院外から狙撃支援にあたる。
通信、情報整理、補給、待機要員などのバックアップを含め、作戦に直接関わる人員は全体で50名程度になる見込みだ。
細部の担当は標的を決定したあとに詰める。今日はまず、どの病院を対象にするかを決める」
誠は、机の周囲に並ぶ顔を見渡した。襲撃に参加する者も、後方から支える者も、ここにいる理由はそれぞれ違うだろう。
それでも、病院という言葉が意味するものは同じだった。
そこには患者がいて、家族がいて、働く職員がいる。OZの主張を知らない人々の生活が、ひとつの場所に重なっている。
「候補は6つだ」
画面に病院名が並んだ。
神戸中央総合医療センター、大阪市民総合医療センター、京都西部総合医療センター、阪神中央医療センター、奈良中央総合病院、岡山東部総合医療センター。
いずれも規模が大きく、高齢者医療や長期療養を担う施設だった。
出達は病床数、地域医療における役割、社会的な象徴性を順に説明した。
「大阪は規模なら申し分ない。だが、都市部の中心にあり、警戒も集まりやすいし、警備も厳重だ。京都は高齢者医療が充実しているが、今回の声明を象徴させるには少し弱い。ほかの候補にも、それぞれ利点と問題がある」
画面が切り替わり、最後に神戸の病院が映し出された。神戸中央総合医療センター。
約850床を備え、高齢者医療と長期療養の部門が大きい。地域の医療拠点でありながら、政治施設や軍事施設のような特別警戒対象ではない。
「神戸中央総合医療センターを最終標的にする」出達は言った。
「警備が手薄だから選ぶわけじゃない。ここには、高齢者、医療、社会保障、現役世代の負担という、我々が問題にしてきたものが集まっている」
会議室の端で、参加者の1人が慎重な声を上げた。「病院を選べば、OZの主張よりも患者への危険が大きく報じられるのではありませんか」
「その可能性はある」出達は否定しなかった。
「我々が何を伝えようとしても、世論がどう受け取るかは我々だけでは決められない。それでも、これまでと同じ場所で同じことを繰り返しても、社会は聞く耳を持たない。最後に、大きな問題を突きつける必要がある」
新田目が眼鏡を押し上げた。
「今回の作戦は規模が大きい。計画の一部が外に漏れれば、政府が警戒を始める可能性はあります。病院名まで知られなくても、対象を絞る動きが出るかもしれません」
「その場合、どうする?」誠は尋ねた。
出達は少しだけ黙った。いつもの豪胆な表情から笑みが消えている。
「できることなら、殺しはしたくない。だが、相手が武力を持ってこちら止めに来るならば、そうはいっていられない。作戦を物理的に阻止しようとする者は、排除することを許可する」
その言葉が、会議室の空気を変えた。誠は反論しなかったが、頭の中には制服を着た警察官や、命令を受けて現場へ来るだけの隊員の姿が浮かんでいた。
彼らにも家族がいる。誰かを守るために仕事を選んだ人間もいるはずだ。
(つまり、無垢な警官や隊員を殺すこともあり得るということか)
誠はこれまで、OZが標的を選び、無関係な人々を巻き込まないことを、自分が組織に残る理由の1つにしてきた。
だが、今の指示は、その線を簡単に越え得るものだった。
敵が抵抗すれば排除する。抵抗する者の事情を確かめる余裕はない。作戦が始まれば、誰が何を望んでいたのかなど、暴力の前では意味を失う。
ロンは会話の意味をすべて理解してはいなかった。それでも、誠の表情が変わったことには気づいた。「誠、だいじょうぶ?」
「……大丈夫だ」誠は答えた。自分でも信じていない返事だった。
出達は出席者を見渡した。「これが最後の作戦だ。成功すれば、我々の声は無視できなくなる。失敗すれば、OZは終わる」
誰も拍手をしなかった。誠は地図の上の神戸を見つめた。
自分が正しいと思ってきた選択が、あと少しで取り返しのつかない場所へ進もうとしている。その予感だけが、胸の底に残った。
会議が終わったあと、誠は1人で廊下を歩いた。壁に掲げられたOZの標語は、設立当初から変わっていない。
「必要のない犠牲を生まない」。
最初にそれを読んだとき、誠はこの組織なら無差別な暴力とは違う道を選べると思った。だが、必要かどうかを決めるのは誰なのか。
標的を選ぶ側が「必要だ」と言えば、その命は失われてもいいのか。標語は答えを与えず、むしろ問いを鋭くしていた。
通信室へ戻ると、新田目が作戦に関する情報を整理していた。
「病院がどこであっても、患者がいることは変わらない。政府が警戒するなら、こっちも予定を変える必要が出るかもしれない」
「出達は変えないだろうな」と誠は言った。
「そうかもしれない。でも、何も考えずに従うのは違う。俺たちだって、自分でここにいるんだから」
その言葉に、誠は返事ができなかった。新田目は誘った張本人でありながら、命令に疑問を持つことまで否定してはいない。
誠はそれをありがたいと思い、同時に、彼と一緒に進んできた年月が自分を縛っていることも感じていた。
誠は窓のない廊下で足を止め、深く息を吐いた。ここにいる全員が、何かを守ろうとしている。
その事実が、彼らの選択を正しくするわけではない。そう分かっていても、誠はまだ出口を見つけられなかった。




