第13話「転換点」
2036年11月4日、午後10時。
杉山一真の暗殺が報じられてから、OZ対策特別チームの執務室には電話の音が途切れなく響いていた。
林雅人の死からわずか2日。今度は82歳の現職議員が命を落とした。
テレビ画面には現場の規制線が映り、専門家たちは「政治への威嚇か」「社会への挑戦か」と言葉を重ねていた。
金瀬らいは、現場から届いた報告と過去の記録を並べた。林と杉山には共通点がある。どちらも政治家であり、OZが掲げる主張と結びつけられやすい人物だった。
しかし、殺害をOZの犯行だと断定できる決定的な証拠は、まだそろっていない。
「別々の事件として処理するのは無理があります」金瀬は言った。「犯人が同じかどうかだけじゃない。次に誰が狙われるのか、それを考えないと」
高橋直樹は、2つの事件の時間と場所を表にまとめていた。水野玲子は警察や関係機関に連絡し、資料の共有を求めている。
15人しかいないチームは、全員が複数の役割を抱えていた。誰かが現場に向かえば分析が止まり、分析を優先すれば次の現場に人を出せない。
「この人数では、同時に起きることに対応できません」金瀬が続けた。「今のままなら、次も起きてから追いかけるだけです」
新庄たいきはすぐには答えなかった。4月にチームが設置されたとき、政府はOZを一時的な過激派程度に見ていた。世論や報道に押されて作った小さな組織。
それが15人という規模に表れていた。だが、OZは消えなかった。老人ホームを襲い、政治家を脅し、そして2人を殺した。
翌朝、政府内で緊急協議が開かれた。増員を求める新庄に、ある担当者は予算と指揮系統の問題を挙げた。
他の捜査や警備から人員を引き抜けば、別の場所に穴が開く。
急に人を増やしても、連携が取れなければ混乱する。どれも正論だった。だからこそ、誰も決断を先延ばしにできないことが、新庄には腹立たしかった。
「体制を整えてから動くのでは遅いんです。整えながら動くしかない」新庄は会議室を見渡した。
「情報を集める人間、分析する人間、通信を支える人間、現場で動く人間。全部が必要です。15人では、事件が起きたあとを追うだけで精一杯です」
反論は続いた。だが、2件の暗殺は政府の認識を変えた。拡大は緊急措置として承認され、OZ対策特別チームは15名から180名へ増員されることになった。
内訳は、指揮・調整8名、情報分析・捜査20名、サイバー・通信10名、医療・後方支援12名、現場対応130名。
新規採用だけで集めるのではなく、警察や関係機関から人員を集めた臨時の大規模体制だった。
人数が増えれば、すべてが解決するわけではない。
最初の数日は連絡手順の確認だけで時間が過ぎた。15人の頃なら顔を見れば分かったことも、180人では文書にしなければ伝わらない。
誰が情報を持ち、誰が判断し、誰が現場へ指示を出すのか。新庄は組織図を何度も書き直した。
金瀬は現場対応部隊の訓練と配置の準備を進めた。頼れる仲間が増えたことは心強い。けれども、現場で引き金を引く瞬間の責任を、人数で分けることはできない。
彼女は5月の老人ホームの映像を思い出した。
ハーフヘルメットの下の顔は分からない。それでも、老人の前でほんの短い間ためらった若い男の動きだけは、今も脳裏に残っていた。
「組織が大きくなっただけで、勝ったつもりになるな」新庄は全員に告げた。「我々は、ようやくスタートラインに立っただけだ」
その夜、執務室の窓には冷たい雨が当たっていた。180人という数字は、政府がようやく事態を重大な脅威として認めた証だった。
しかし、認識が変わったことと、誰かの命を救えることは同じではない。次の一手を先に読むための戦いが、ようやく始まった。
増員が正式に発表されると、世論の反応も変わった。「ようやく政府が本気になった」という声がある一方、「今まで何をしていたのか」という批判も強かった。
チームの執務室にも、外部からの問い合わせが押し寄せた。
記者は成果を求め、上層部は説明を求め、現場は具体的な情報を求めていた。どれも必要なことだが、同時に満たすのは難しい。
金瀬は帰宅する時間を失い、仮眠室で短く眠る日が続いた。机の上には、過去の襲撃現場の写真が並ぶ。
彼女は1枚ずつ見直し、現場にいた人間の動き、逃げ道、襲撃後の報道を記録していった。
OZは一貫した思想を掲げているように見えて、現場では小さなためらいや判断の揺れもある。そこに突破口があるのかもしれない。
新庄はその作業を見て、初めて金瀬に言った。
「君の現場の見方は役に立つ。思い込みだけで結論を出すな。映像に映っていることと、映っていないことを分けて考えろ」
「はい。だからこそ、あの男が何をためらったのか知りたいんです」
新庄は答えなかった。ただ、彼女の報告書を机に置き、次の会議資料に加えた。
金瀬は報告書の最後に、ただ1行だけ書き加えた。「次の事件を防げなかった場合、失うのは信用だけではない」。彼女はその一文を見て、消さずに提出した。




