第12話「2つの標的」
2036年11月2日、東京。
林雅人は51歳の現職議員だった。
テレビ討論では穏やかな口調で国民生活を語り、記者の前では「将来世代への責任」を繰り返した。
だが、その言葉とは裏腹に、彼は長年、保身と利益のために不正を重ねていた。
資金の流れを隠し、関係企業に便宜を図り、問題が表に出そうになるたび、責任を部下へ押しつけてきた。
OZは林の行動を調べ上げ、彼を標的に選んだ。組織内の資料には、表向きの発言と実際の行動を並べた比較表があり、裏付けとされた文書や記録が添えられていた。
出達はその資料を見て、林を「社会の負担を増やしながら責任を取らない人間」と結論づけた。だが、捜査機関や裁判所が確定した結論ではない。
OZが自ら調べ、自ら裁き、自ら処刑する。その仕組み自体に、誠は不安を覚えていた。
「この情報は、本当に確かなのか」
作戦前、誠が確認すると、担当者は資料を指で叩いた。
「複数の記録が一致している。まず確定だろう」
「ゼロではないだろ」
「どんな判断にも可能性はある」
それ以上の議論は続かなかった。組織の中では、根拠が十分にあるかどうかより、標的に値するかどうかという判断が先に立っていた。
誠はその場で決定を覆すだけの材料も勇気も持っていなかった。
夜、林が会食先から出てきた。秋の冷たい風が街路樹を揺らし、車のライトが濡れた道路を横切る。林の側には数人の同行者がいた。
彼らはいつものように会話を続け、林も笑顔を見せていた。彼が何をしてきたのかを知らない人にとっては、ただの議員の帰宅風景だった。
遠くで待機していたロンは、標的と周囲の人間を見分けていた。彼女は任務の直前、出達から余計な犠牲を出さないよう命じられていた。同行者を狙うことはない。
目標以外へ手を出さない。それはロンにとって、戦場で教え込まれた命令とは違う制限でもあった。
短い銃声が夜に響いた。林は倒れ、同行者たちの表情が凍りつく。誰かが叫び、周囲の人々が身を屈めた。
ほんの数秒前まで普通の帰宅風景だった場所が、突然、事件現場に変わった。
ロンはその場を離れた。完了した任務を確認する手順は、これまで何度も繰り返してきた。
それでも、胸の奥に生じる感覚は、南スーダンで初めて銃を撃った時の記憶とよく似ていた。
目標を倒した瞬間、周囲が一変する。自分だけはその場から消えなければならない。
2日後の11月4日、次の事件が起きた。
標的となったのは82歳の杉山一真。
長年議員を続けてきたが、政策への理解が浅く、国会での発言や委員会での振る舞いは以前から批判を受けていた。本人は自分を有能だと信じ、周囲の指摘を聞き入れない。
OZはその無能ぶりと高齢を理由に、彼を「役割を果たしていない権力者」と位置づけていた。
杉山も林と同じく帰宅途中にロンに狙撃されて死亡した。現場にいた人々は突然の出来事に混乱し、警察は周囲を封鎖した。
2つの事件は標的も場所も異なるが、いずれも政治家が狙われ、犯行の手口が似ていた。報道各社は臨時ニュースを流し、インターネット上にOZの名前が急速に広がった。
「林と杉山。つながっていると見るべきです」
政府の対策会議で、二件の弾道解析の結果も踏まえて、分析担当者が説明した。新庄たいきは机上の資料を読み、写真を見比べた。
高齢者関連施設への襲撃だけなら、OZの思想を掲げる過激な集団という理解で済ませる者もいた。しかし、現職議員が2人も殺害された以上、政府はこれまでの対応を続けられない。
「動機が同じとは限らない」新庄は言った。「だが、連続した警告として見る必要がある。連中は社会問題を口実に、国家の意思決定に関わる人間まで標的にした」
会議の席では、警備強化に加え、OZ対策特別チームの拡大を求める声が上がった。これまで政府内では、OZを大規模な脅威と判断するだけの根拠が足りないという意見が強かった。
世論の反応も分かれていた。高齢化や社会保障への不満に共感する投稿がある一方、殺人を正当化する組織を許すなという声も急増していた。
新庄は、世論の割れ方そのものがOZに利用される危険を感じていた。彼らは単に人を殺すだけでなく、社会にある不満を自分たちの主張に結びつけ、政府の対応を試している。
問題を認めればOZの言い分を認めたように見え、問題を否定すれば現実から目を背けたように見える。その二択へ政府が追い込まれれば、相手の土俵で戦うことになる。
「今の15名では足りません」金瀬が会議の後に述べた。
「現場を押さえる人員と、分析を続ける人員を同時に動かせません。ひとつの事件にかかりきりになると、別の場所で起きることを見落とします」
新庄は頷いた。彼自身、春から何度も同じ問題を訴えてきた。事件の後を追うだけでは、次の被害を防げない。
政府が動くのは遅すぎたかもしれないが、遅れを理由に何もしないわけにはいかなかった。
翌日、11月5日。
政府はOZ対策特別チームを15名から180名へと拡大する方針を決定した。
指揮・調整、情報分析・捜査、サイバー・通信、医療・後方支援、現場対応の各機能を整え、警察や関係機関から人員を集める。
数字だけなら大きな増強だが、急に集めた人間がすぐに1枚岩になるわけではない。手順、連絡経路、権限の整理が必要だった。
発表を受けた世論は、歓迎と疑念に分かれた。
政府はようやく本気になったという声がある一方、2人の政治家が殺されるまで動かなかったのかという批判もあった。
OZの主張に賛同するふりをして、政府を挑発するインターネット上の書き込みも増えていく。
その夜、OZ大阪本部では出達が報道映像を見ていた。
画面には、緊急会議へ向かう閣僚の姿と、対策チームを拡大するという発表が映っている。
「ようやく動いたな。OZ対策特別チームか……」出達は静かに言った。
誠はその横顔を見つめた。彼がOZに加わった理由の1つは、政府が問題を放置しているという怒りだった。
だが、政府が動くきっかけを作るために、2人の命が奪われた。
これから増える人員は誰かを守るために集められるのか、それともさらに多くの命が失われるために必要になるのか。
テレビ画面の向こうでは、解説者が「国家への挑戦」と繰り返していた。OZは政府に無視される存在ではなくなった。
しかし、それが組織の望んだ結果なのか、社会をさらに分断する始まりなのか、誠にはまだ分からなかった。




