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OZ-Operation Zero-  作者: Tea
13/22

第11話「過去の銃声・後編」

2030年、出達しんは日本へ戻り、Operation Zero――OZを設立した。

日本国内の高齢者を殺害し、日本が背負う負担をゼロにする。それがOZという名に込めた目標だった。


彼は長く軍に身を置き、その後は傭兵として海外の紛争地域を渡り歩いてきた。

戦場では、決断の遅れが人の命を奪う。だが、戦場で勝つことと、社会を長く支える仕組みを作ることは同じではない。

日本へ帰った出達は、高齢化、人口減少、医療費の増大、政治への不信を前に、政府が問題を先送りし続けていると感じていた。


何年も待てば、制度が変わるかもしれない。政治家が危機感を持ち、必要な改革を進めるかもしれない。

彼は最初、その可能性を信じていた。

しかし、彼には自分が政治の世界に入り、制度を作り、維持していくことができるとは思えなかった。暴力で政府を倒したところで、その後に国を動かす仕組みまで作れるわけではない。


「暴力は社会を変えるきっかけになり得ても、持続する制度を作ることはできない」


その考えは、出達が政治へ直接介入しない理由の1つだった。だが、彼が選んだ道もまた、暴力から自由なものではなかった。

OZは高齢者問題と社会保障負担を社会へ突きつけるため、出達が不要と判断した高齢者や政治家を殺害する組織として形を整えていった。

出達は自分たちの行為を「問題提起」と呼んだが、そこで奪われるのは1人1人の命だった。


OZの基盤を作りながら、出達はたびたび南スーダンで出会った少女のことを思い出した。自分は日本の社会を変えようとしている。

その一方で、誰かが作った戦争の中で、子どもが殺す技術を覚えさせられていた。彼女はその後、どこへ行ったのか。解放されたのか。それとも、まだ武装集団にいるのか。


2032年、出達は南スーダンへ向かった。


彼が頼りにできる手掛かりは、「若い」「少女」「狙撃の腕が異常に高かった」という曖昧なものだけだった。

名前も、家族の情報も、所属していた集団の詳しい記録もない。

戦闘で人々が移動し、記録が失われる地域では、たったそれだけの情報を追うことさえ難しかった。


その頃、ロンのいた武装集団の活動地域では、一時的な停戦と武装解除が進み、構成員として使われていた子どもたちの一部が解放されていた。

それは南スーダン全土で内戦が終わったことを意味しない。

別の地域では武装衝突や避難が続き、停戦の行方も不確かなままだった。ただ、その地域では武装集団の支配が一時的に弱まり、子どもたちを外へ出す機会が生まれた。


ロンは13歳になっていた。

武装集団から解放された直後、彼女は家族について尋ねた。何年も前から返事をもらえずにいた質問だった。

確認にそれなりの時間がかかった後、支援にあたる人間から、父と母と妹は2029年に亡くなったと告げられた。


ロンはすぐには泣かなかった。誰かが間違えているのだと思った。父の名前と母の名前、妹の名前を何度も聞き返した。

だが、返事は変わらなかった。

自分が連れていかれた後も、家族はどこかで生きていて、いつか会えるかもしれない。彼女が言葉にしないまま握りしめていた可能性は、その場で消えた。


その夜、ロンは他の子どもたちから離れた場所に座っていた。涙が出なかったのではない。泣き方を忘れるほど、長い間、何も感じないふりをしていたのだ。

彼女には帰る家がなく、頼れる親族・知り合いもいなかった。学校へ戻るための準備も、職業訓練も、長く暮らす場所も十分には用意されていなかった。

解放された、イコール人生が元どおりになることではなかった。


彼女に残ったのは、読み書きの乏しい知識と、戦場で身につけた技能だけだった。狙撃の腕を合法的な仕事に生かす場所はない。

しかも、その技能は彼女が自分で選んで身につけたものではなかった。

人々が彼女を助けようとしても、すぐに渡せる未来はなかった。


出達がロンを見つけたのは、いくつもの手掛かりをたどった末だった。

解放された子どもたちを支える人々に話を聞き、移送先や一時保護の場所を訪ね、元の武装集団について知る者から少しずつ情報を集めた。

多くの子どもが似た境遇にあり、証言も記録も断片的だった。何度も空振りをし、別の人物を探しているのではないかと疑いながら、ようやく狙撃手だった少女の存在がつながった。


彼女は小柄で、周囲に背を向けることを嫌がった。

大人が近づくと出口の位置を確かめ、遠くで金属音が鳴ると、反射的に身体を固くした。出達は戦場で覚えていた射撃の間合いと、目標を追う時の視線を思い出した。

あの時の少女だと確信したが、彼女の名前も家族のことも知らなかった。


「ロン・カリジュラか」


出達が名前を告げると、少女は警戒した目を向けた。


「……だれ?」


「出達しん。昔、戦場で敵側にいたんだ。あの時、お前が撃っていた場所を、俺は見ていた」


「私、あなた、知らない」


「そうだろうな。俺たちは話をしたことがない」


出達は、彼女を見つけられたことを喜ぶだけでは済まなかった。彼女には助けが必要だった。

そして、彼が作った組織には、遠くを見通し、狙撃を行える人材が必要だった。

彼女を救いたいという気持ちと、能力を組織のために使いたいという欲求は、彼の中で分けられなかった。


「日本へ来ないか」


ロンはすぐには答えなかった。


「日本?知らない国。そこには何がある?」


「暮らす場所を探す。言葉を学ぶ。安全なところで生活をやり直すこともできる。だが、俺が所属しているOZは、ただの支援団体じゃない」


出達は、OZがどのような組織なのかを隠さなかった。高齢化や社会保障の問題を訴える一方で、自分たちが不要だと判断した高齢者や政治家を殺害する。

社会を変えるために暴力を使う組織であり、正しいと信じられるとは限らない。ロンに銃を持たせることも考えている。彼は、自分にとって都合のよい部分だけを語ることはしなかった。


「お前を必要としている。狙撃手としての腕も必要だ。俺は、お前を助けたいとも思っている。その2つは、どちらも本当だ」


ロンは出達を見た。大人たちは彼女を道具として扱った。

必要だと言われる時でさえ、必要なのは彼女自身ではなく、命令に従う腕だった。目の前の男も、彼女の能力を求めている。それを隠さない点は、これまでの大人たちとは違っていた。


「行かなかったら?」


「無理に連れていくことはしない。別の支援先を探すことはできる。ただ、そこで暮らしが必ず安定すると約束はできない」


出達は少し間を置いて続けた。


「OZに来れば、誰かを殺す側に立つ可能性がある。それを黙って連れていくつもりはない。断る権利はお前にある」


選択肢があると言われても、ロンの前に道がいくつも開けていたわけではない。彼女には家族も家もなく、文字を読むことも難しく、生活を支える技能も限られていた。

出達への信頼がなければ、日本へ行くことなど考えなかっただろう。

それでも、彼女は自分で決めることを求められていた。戦争の中で奪われ続けた選択を、今度は自分の手に戻したかった。


「あなた、日本にいる?」


「いる」


「私、行く。OZに入る。でも、あなた、うそをついたら、私は信じない」


「それでいい」


ロンは日本行きとOZへの参加を自分の意思で選んだ。しかし、この選択は完全に自由な環境から選んだわけではないことを、出達は知っていた。

生活の土台を失った13歳の少女に、彼が差し出せる道は限られていた。彼は彼女を戦場から連れ出した。同時に、彼女を自分の組織に迎え入れた。救いと利用が、同じ手の中にあった。


2032年に日本へ来たロンは、すぐに暗殺任務を与えられたわけではなかった。

OZが設立して間もないこともあり、まだ表舞台に出るための準備期間であることも関係した。

ロンはまず安全な生活に慣れ、食事を取り、眠り、言葉を覚えることから始めた。

ひらがなとカタカナを読めるようになり、少しずつ日常会話を身につけた。漢字は難しかった。ノートに同じ文字を繰り返し書いても、翌日には形を忘れることがあった。


2032年から2034年まで、ロンは日本で生活するための適応と訓練を続けた。戦場で覚えた技術は簡単に消えない。

しかし、人に命令されることだけを生き方にしないためには、別のことも学ぶ必要があった。

出達は彼女を訓練させ、同時に日本で暮らすための環境を整えた。彼女が組織を離れようと思えば、簡単ではない。


2035年、OZは公然と活動を表面化させた。ロンも16歳になり、狙撃任務を始めた。

最初の任務の日、銃を構えた瞬間、南スーダンの乾いた空気と、遠くで響いた銃声がよみがえった。

彼女の手は震えなかった。恐怖が消えたのではなく、恐怖があっても身体が動くようになっていただけだった。


任務を終えた後、出達は彼女に「よくやった」と声をかけた。ロンは頷いたが、胸の奥が軽くなったわけではなかった。彼女はOZに来ることを自分で選んだ。

その事実は変わらない。けれど、自分が選んだということだけで、組織が行う殺害が正当になるわけでもなかった。


2036年。OZ大阪本部の食堂で、ロンは「家族」という漢字をノートに書き直していた。


「書けたか」


誠に尋ねられ、ロンはノートを見せた。形はまだ少し歪んでいた。それでも、今度は消しゴムで消さなかった。


「まだ、むずかしい。でも、忘れない」


誠はその言葉に、何を返せばいいのか分からなかった。ロンは自分の意思でOZに来た。

しかし、彼女をここまで連れてきた過去も、彼女が選ばざるを得なかった状況も、彼女自身が負うことになる責任も、ひとつの言葉で説明できるものではない。


ロンはノートを閉じ、窓の外へ目を向けた。


銃声は、過去に置いてきたつもりでも、消えることはなかった。

それでも銃口をどこへ向けるか。どこまで続けるか。その選択だけは、まだ彼女の手の中に残されていた。


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