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OZ-Operation Zero-  作者: Tea
11/22

第9話「夏から秋へ」

2036年の夏は、記録的な暑さとなった。

7月に入ると大阪の夜も蒸し暑く、OZ大阪本部のコンクリート壁は昼間の熱をいつまでも抱えていた。地上階の窓には遮光フィルムが貼られ、地下の訓練室では送風機の音が絶えなかった。


OZの襲撃は途切れなかった。老人ホームや高齢者施設を狙った作戦は、各地で短い間隔を置いて発生した。関西圏だけに活動が集中すれば、本部の場所を推測される。

そのため、組織は東海、関東、中国地方にも動きを広げ、複数の地域で同時に作戦を実施する場合もあった。


浅瀬誠は、加入したばかりの頃よりも現場で頼られるようになっていた。彼は派手な動きを好まなかった。計画にない行動を避け、無関係な人間を巻き込まないことを繰り返し主張した。

標的に選ばれた高齢者に対しても、現場に着くまでは「数字」や「対象者」として考えようとしていた。しかし、ドアを開けた先にいるのは、資料の1行ではない。

食事を途中まで食べた人、家族からの手紙を枕元に置く人、眠ったまま名前を呼ぶ人だった。


誠はそれを見ても、任務を放棄しなかった。自分の選択を正しいと思いたかったからだ。

もし作戦を止めれば、これまで自分が見てきたものも、手を汚したことも、すべて意味のないものになる気がした。


「最近、現場で顔が固いぞ」


ある夜、訓練を終えた誠に出達しんが声をかけた。


「そうですか?」


「そうだ。考えるのは悪くない。ただ、迷いを隠すために理屈を増やすようになったら危ない」


出達はそれ以上追及しなかった。誠は返事をせず、汗で濡れたタオルを首にかけ直した。自分の中に生まれた疑問を、誰かに説明できるほど整理できてはいなかった。


一方、政府側のOZ対策特別チームは、夏の間も苦戦していた。

人員はわずか15名。

事件が起きれば現場確認、聞き込み、映像分析、関係機関との調整を同時に進めなければならない。

情報を受け取った頃には、次の事件が発生していることもあった。


「また後手か」


新庄たいきは、会議室のホワイトボードに並ぶ事件の日付を見て、低く言った。彼はOZを軽視していなかった。しかし政府組織は、危険の大きさだけでは動かない。

被害規模、予算、人員、既存の警備計画、各機関の縄張り。決裁のための説明資料を作っている間にも、現場では時間が過ぎていく。


金瀬らいは、映像や証言を照合し続けていた。

彼女が保存した「動きにためらいのある人物」の画像は、別の事件の記録と並べられた。画質や角度は異なるが、体格や歩き方に似た特徴があった。

しかし、顔が見えない以上、同一人物だと断言することはできない。


「可能性の段階です」金瀬は新庄に説明した。「個人を特定する材料には足りません。ただ、何度も現れるなら、組織の中で一定の役割を持っているのかもしれません」


新庄は画像を見比べた。


「引き続き記録を続けてくれ。小さな違和感を捨てるな。ただし、それだけで全体を見失うな」


金瀬は頷いた。彼女は新庄に、現場の人員をもう少し増やせないかと提案したが、すぐに実現する見込みはなかった。

政府が本気で動くためには、社会にとって無視できないほど大きな事件が必要なのかもしれない。

そう考えるたび、彼女は嫌悪感を覚えた。被害が増えることを、組織拡大の理由として待つなど、あってはならない。

しかし、現在の状況では……


8月の終わり、OZ大阪本部の食堂では、ロン・カリジュラが日本語の漢字をノートに書いていた。

鉛筆の先で「病院」という文字を何度もなぞり、眉を寄せている。


「誠、この字、むずかしい」


「病院? 右側の形が覚えにくいんだろ」


「どっちも、むずかしい」


誠は思わず笑った。ロンは真剣な顔のままノートを差し出した。彼女は日常会話なら少しずつ理解できるようになっていたが、漢字や言い回しには苦労していた。

新田目とおるも時々勉強を手伝い、間違った読み方をされるたびに大げさに驚いてみせる。


短い笑い声が食堂に響いた。そこにいる者たちは、外から見れば危険な思想を持つ組織の一員だった。だが、彼らの中には友情も、冗談も、誰かに認められたいという気持ちもある。

だからこそ、誠は自分たちを単純な怪物と呼ぶ世論の言葉に反発していた。同時に、その日常の温かさが、外で起きていることを見えにくくしているのではないかとも感じていた。


秋が近づく頃、出達は誠を作戦会議に呼ぶことが増えた。


「お前も、そろそろ自分で考えろ」


そう言われたとき、誠は自分が組織の中で居場所を得つつあることを自覚した。役割が増えることは、信頼されている証拠なのだろう。

だが、それは同時に、抜け出すことが難しくなるという意味でもあった。


9月、政府側の資料には事件の共通点が少しずつ書き込まれていった。標的は高齢者関連施設。犯行は計画的。

地域を分散させ、捜査の集中を避ける。組織は社会保障への不満を利用している可能性がある。けれど、決定的な証拠は見つからない。


新庄は資料を閉じ、金瀬に言った。


「相手がこちらの遅さを計算に入れているとしたら、同じ方法では追いつけない」


「では、どうしますか」


「先を読む。情報が足りないなら、足りないこと自体を前提に考える」


その言葉は、金瀬の胸に残った。

秋の空が少しずつ高くなる一方で、両者の距離は狭まりつつあった。まだ誰も、次に起こる事件が政府の姿勢そのものを大きく変えるとは知らなかった。

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