第22話-2「白銀の哭声」(第4章完結)
「小賢しい真似を」
瓦解し、結晶の破片となって崩れ落ちた結界の残骸の向こうで、フロストは凍てつく眼光でこちらを射抜いていた。その足元から伸びる影は、不気味なほど微動だにしない。
「精霊の尊厳たる理と、死者の怨嗟からなる呪術の理……反吐が出るほど不快な混色だ。異端の極みだな」
そう吐き捨てながらも、フロストには、依然として余裕があった。乱れた前髪の一房を、彼は指先で無造作に払う。それだけで、髪についた氷の欠片が音もなく宙へ弾け、篝火の残照を受けて微かな虹を作り、消えた。これから始まる殺戮さえ、退屈な社交の続きとしか思っていないかのような、優雅な所作だった。
「たとえ城の動力炉を失おうとも――私という個は、この程度で揺らぐものではない」
フロストは右手の指先を、宙にすっと滑らせた。それだけで、周囲の空気に薄氷の粒子が纏わりつき、彼の輪郭を淡く縁取っていく。自らの存在そのものを、一枚の完璧な芸術作品として仕上げているかのような、静かな威圧感があった。
「だが――所詮は壊れかけた玩具の暴走と、付け焼き刃の力技。この私を討ち取れると本気で思っていたわけではあるまい」
「そこまでだ、フロスト」
シークが、頬にこびりついた涙と血の跡も乾かぬまま、静かに、しかし凄絶な殺意を込めてフロストを見据えた。そのアイスバイオレットの瞳からは、すでに躊躇いも恐怖も消え去っていた。
「お前が、ミトを殺した。……俺には、それだけでお前を死体に変える十分な理由がある」
言葉が終わるより早く、シークの影が風そのものと化して揺らめき、空間から消失した。踏み込みの一歩目で足元の瓦礫を踏み砕くほどの初速――アズラエルに教わったばかりの「流し」の理を、悲しみと怒りが極限まで研ぎ澄ましていた。
「無駄だ」
フロストは視線すら動かさず、地面へ向けて静かに片手をかざした。指先が、見えない筆で氷の紋様を描くように、宙で弧を描く。
「凍結の楔」
その一言が落ちた瞬間、地表の冷気が爆発的な勢いで隆起した。踏み込みの最中だったシークの足元から、凶器のような氷柱が幾重にも突き上がり、その肉体を捉える。シークの両足は、膝下まで分厚い永久氷壁の中にガチりと固く閉ざされていた。
「――くっ……!?」
最高速に乗っていた威力を逆手に取られ、前傾姿勢のまま身体が強く軋む。
「隙だらけだな、まがいもの」
フロストの細い指先から放たれた、刃のように研ぎ澄まされた氷の礫が、無防備になったシークの左肩を深々と抉り抜いた。
「が、あ……っ!!」
「シーク!」
カースは右腕の呪鎖を蛇のように走らせ、援護のために駆け寄ろうとした。しかし――
「甘い」
カースの足元の石畳が突如として白く変色し、無数の鋭利な氷針となって下から一斉に突き上がった。
「――ッ!」
瞬時に跳び退がったものの、逃げ切れなかった数本の氷針がふくらはぎを深く貫き、肉を裂く。カースは激痛に顔を歪め、片膝をついて雪の上に伏せた。
「理を混ぜ合わせたところで、器の小ささは変わらん」
フロストの声は、どこまでも冷徹に、かすかな愉悦を孕んで響いた。彼は、崩れ落ちた二人を一瞥もせず、純白の外套の裾についた瓦礫の粉を、指先で払い落とす。その仕草には、血の匂いすら纏いたくないとでも言うような、潔癖な美意識があった。
「絶対零度」
言葉とともに、周囲の空気そのものが濃密な死の冷気へと変わっていく。カースは皮膚の表面だけでなく、肺の奥から、そして骨の髄から体温そのものを奪われていく感覚に襲われた。
「く、……身体の……熱が……」
「私の術は、単に氷を生成・操作するだけの安っぽい代物ではない。領域内にある対象の熱――すなわち生命活動の根源そのものをダイレクトに削ぎ落とす」
フロストは、両手を静かに広げた。まるで、聴衆を前に指揮棒を振る指揮者のような、流れるような仕草だった。
「無駄な混乱も、醜い断末魔も、私の美学には要らない。ただ、静かに、綺麗に――止まればいい」
カースの指先がみるみるうちに血の気を失い、土気色から黒紫色へと変色していく。吐き出す息すら白く固まり、宙で微細な氷片となって散った。
「くそ……っ! 動け……この、身体が……!」
その時、爆煙を打ち破ってウォルターが踏み込んだ。大剣を頭上高くに掲げ、全身の遠心力を乗せた渾身の唐竹割りが、フロストの脳天へと叩きつけられる。
ズザァンッ!!
「捉えたっ!」
だが、刃が肉を断つ感触はなかった。手応えはあまりにも軽く、不自然だった。大剣に切り裂かれたフロストの姿は、音もなく粉々の氷の欠片となって霧散していく。
「氷の、分身……!?」
ウォルターが愕然として目を見開いた、その瞬間。
「その通りだ、大男」
背後から響く、涼やかな声。同時に、氷結した瓦礫のあちこちから、寸分違わぬフロストの姿が、まるで万華鏡のように次々と像を結んでいく。どれが本物か――刹那の判断すら、その陣形の前では意味を失っていた。
「舞踏には、正しい間合いというものがある。お前のような無粋な剣士には、一生わからんだろうがな」
振り返る暇すら与えられず、ウォルターの無防備な脇腹へと、極寒の冷気を集約させたフロストの拳が深々とめり込んだ。
「ガッ……!?」
内臓が凍りつくような激痛とともに、ウォルターの巨体が崩れた瓦礫の山へと弾丸のごとく吹き飛ばされ、轟音を立てて埋もれた。
三人は、それぞれ地に伏していた。氷の枷に縛られ動けないシーク。生命の熱を奪われ、凍傷で全身を震わせるカース。そして凄まじい衝撃を受けて倒れるウォルター。
どれだけ必死に策を練ろうと、精霊と呪術の理を融合させようと――目の前に立つ「氷結の当主」との間には、あまりにも絶望的な実力差があった。
フロストは崩れ落ちた三人を、ゆっくりと見渡した。乱れ一つない純白の外套。息一つ乱れない、涼やかな相貌。庭園を散策する貴公子が、ふと足元の石ころに目を留めたような、そんな穏やかさすら漂わせていた。
「見事な連携だった。称賛に値する――が、それだけだ」
その声には、勝者の驕りすらなかった。ただ、必然の結末を述べる、静かな断定だけがあった。
「終焉の花冠」
その言葉と共に、フロストの右手の周囲に、幾重にも重なる精緻な氷の花弁が生まれ出た。一枚一枚が寸分違わぬ対称を描く、美しい結晶細工。まるで、死にゆく者たちへの手向けの花輪のようだった。だが、その花弁の縁は、どれも例外なく刃物のように鋭く研がれていた。
「案ずるな。この技を受けた者は皆、痛みを感じる暇もなく、綺麗な氷像として永遠に残る。私の庭に飾るには、些か惜しい出来だが」
フロストの右手がゆっくりと動く。その動きに合わせて、氷の花が踊りだす。
「――終わりだ」
氷結の当主は、崩れ落ちた復讐者たちを、底冷えする瞳で見下ろした。
「この程度の力量で私に届くと本気で思っていたのなら、滑稽を通り越して哀れだな」
美しい花弁の群れが、静かに、しかし確実に、三人へと降り注ごうとした――まさに、その時だった。
「ハッ、随分と退屈な余興をやってるじゃないか」
空中から降ってくる軽やかな声とともに、一閃の紫電が闇を真一文字に切り裂いた。
「なに……!?」
フロストが反応する間もなく、その身体は目にも留まらぬ衝撃波によって吹き飛ばされ、宙を舞っていた。展開されかけていた氷の花弁は、主を失い、力なく夜空へ散らばっていく。
「アズラエル……!」
凍えかける意識の中で、カースが驚愕とともにその名を呼ぶ。
「悪いねえ、待たせて。氷の動力を潰したって聞いて面白そうな気配を辿ってきたら、随分と惨めなことになってるじゃないか」
アズラエルは崩れた瓦礫の頂点に、羽毛のように軽やかに降り立った。その顔に浮かぶのは、いつもの気まぐれな笑みではない。獲物を前にした獣のような、凶暴な色がその瞳の奥に爛々と輝いていた。
「ボクの所有物を、随分といい気になって痛めつけてくれたみたいだねぇ」
「貴様、何者だ……っ!」
瓦礫の中から即座に立て直したフロストが、初めて明確な警戒を隠さずに後ずさった。アズラエルから漂う異質な気配に、皮膚が総毛立つ。それでも彼は、乱れた外套の襟を静かに正した。恐怖に呑まれても、なお崩さぬ優雅さだけは、最後まで彼の矜持だった。
「あいにく、興味のない相手に教える名前はないんだ」
「結構。ならば、私の全てを以て相手をしよう」
フロストの周囲に、これまでとは比較にならない密度の冷気が渦を巻いた。彼の背後、崩れかけた氷の残骸が再び像を結び、幾百ものフロストの分身が、瓦礫の丘一面を埋め尽くしていく。
「百鏡の牢獄――この一角に立つ限り、貴様に、私の本体を見分けることは、決してできん」
完璧な計算の下に配置された鏡像の群れ。彼が長年、たった一人で磨き上げてきた守りの極致だった。理屈の上では、どれほどの怪物であろうと、この迷宮の中で本体を撃ち抜くことは不可能なはずだった。
「これはすごい。圧巻の技だ。ただ――」
アズラエルの全身から、これまでの比ではないほど濃密な紫電が炸裂した。パチパチと空間を焼き焦がす音が響き、周囲の粉雪が一瞬で蒸発する。
「綺麗なだけの技は好みじゃないんだ。ボクの所有物に気安く傷をつけた奴には、相応のお仕置きが必要だしね」
「舐めるなよ、小僧がっ!」
フロストは死力を尽くし、幾重にも重なる氷の防壁を、鏡像の陣の前方にさらに展開した。
「迅雷の瞬身」
言葉が静かに落ちた瞬間、アズラエルの姿は文字通り「雷光」と化して消失した。
次の瞬間、絶対の価値を誇っていたはずの氷壁が、まるで薄いガラス細工のように一瞬で爆砕、粉々に散っていく。百を数えるはずだった分身の群れも、瞬きの間に、次々と光の奔流に呑まれて消えていった。フロストの動体視力も、防衛本能も、その神速に一切追いついていなかった。
「馬鹿な……この私の鏡像を、迷わず……!」
初めて、フロストの声に、隠しきれない狼狽が滲んだ。
「見分ける必要なんて、最初からなかったんだよ」
フロストの耳元で、背後から吐息が囁かれた。
「全部、まとめて壊せばいいだけの話だからさ」
「――な、何……っ!?」
「紫電の爪」
決着は、あまりにもあっけなかった。
閃光が奔り、フロストの胸を紫の雷光が背後から容易く貫き通した。崩れ落ちる寸前、フロストの唇が、僅かに動いた。恐怖でも、後悔でもない。最後の最後まで、彼はただ一人の観察者であり続けた。
「……そうか。お前が、あの雷の異端児……天才、アズラエル・フォン・ドンナーハルトか」
その名を口にした瞬間、フロストの瞳にわずかな光が灯った。恐怖でも、後悔でもない。目の前の圧倒的な力の正体を知ったことで、すべてが腑に落ちたような、静かな納得だった。
凍てつく氷の支配者は断末魔の声すら上げることなく、その場に崩れ落ちた。
ピクリとも動かなくなったフロストの骸を、アズラエルは興味を失ったゴミのように一瞥すら向けず、視線を外した。その惨烈な光景を、少し離れた物陰からヘルマンは息を殺して見つめていた。
絶対的であったはずの父が、倒れた。
カースたちを一方的に追い詰め、圧倒していたはずの父が――今、あの男の前では為す術もなく敗れた。
(……これは、詰みだ)
ヘルマンの頭脳は肉親の死への恐怖や怒りよりも先に、冷徹な計算へと切り替わっていた。
このままここに留まれば、あの怪物の気まぐれ一つで自分も死ぬ。アイスフェルト家という沈みゆく泥船に、これ以上しがみつく価値はない。
(感傷は、完璧な判断を狂わせる毒だ)
ヘルマンは懐から、凍結防止の刻印が施された小さな書状を静かに取り出した。フロストが、王都の王女オーレリアとの裏のパイプを強固にするために密かに準備させていた機密文書である。
「――父上」
ヘルマンは、物言わぬ肉塊となった父の亡骸へ、暗がりの中で静かに一礼した。
「貴方のその執着と誇りには敬意を表します。ですが……私は沈みゆく船と運命を共にするほど無知で愚かではありません」
その呟きには、一切の躊躇いも、身内を失った罪悪感も滲んでいなかった。あるのはただ、澄み切った氷のような冷酷な合理性のみ。
「アイスフェルトという血の価値は、私が……別の盤面で繋ぎ直してみせます」
ヘルマンは崩壊を進める施設の中、迷いのない足取りで隠し脱出通路へと身を翻した。
「待て……逃がすかよっ!」
ウォルターが血を吐きながら痛む身体を無理やり起こし、その背中を睨みつけた。
「無駄な足掻きは嫌いでね」
ヘルマンは振り返りもせず、手のひらから小さな氷結弾を幾つも弾き飛ばした。ウォルターが大剣でそれを撃ち落とすわずかな隙に、彼の足音は崩れゆく暗闇の奥へと完全に消え去っていた。
「ちっ、逃げ足だけは親父以上かよ……!」
ウォルターが忌々しげに地面へ唾を吐き捨てた。
「助かったよ……アズラエル」
カースはシークの腕を引っ張り、ようやく氷の呪縛から足を引き抜いた。そのまま安心したように、荒い息を吐きながら感謝を口にした。
「礼を言われるようなことしたかな?」
アズラエルは興味なさげに肩をすくめ、退屈そうに両腕を伸ばす。
「ボクはただ、ボクが見届けるはずの君の物語が、こんなつまらない奴のせいで勝手に終わるのが我慢ならなかっただけさ」
その言葉の真意を測ることは、誰にもできなかった。ただ、彼の一撃が確かに三人の途絶えかけた命を繋ぎ止めたことだけは、紛れもない事実だった。
当主を失い、地下動力炉を破壊された地下施設は、残された守備兵たちも蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っていた。アイスフェルトの鉄の統制は、跡形もなく瓦解していた。
「待って」
崩れていく通路を出口へ向かおうとしたカースが、ふと、足を止めた。
「まだ、僕たちの戦いは終わってない」
「カース?」
「ミトの……仲間たちだ」
カースは、膝の傷の激痛に耐えながら、震える脚を無理やり奮い立たせて踵を返した。
「まだこの地下の奥深くに囚われている子どもたちがいる。ミトに、必ず救い出すって約束したんだ」
シークが、はっと呼吸を呑み、目を見開いた。絶望の深淵に沈んでいた彼の瞳に、理性の光が舞い戻る。そうだ、ミトが死の間際まで案じていたのは、自分と同じ運命を辿らされようとしている幼い被験者たちのことだった。
「こっちだ。第七検体棟……実験体の隔離区画がある」
シークが地下の構造に関する記憶を頼りに暗闇を走る。カース、ウォルターもその背を追った。崩落の衝撃で歪んだ鉄門を、ウォルターが大剣の腹で強引にこじ開ける。
その先に広がっていたのは、氷の結界によって密閉された、冷気漂う監獄のような大部屋だった。金属製の無機質な檻が幾重にも並び、その中には痩せこけ、肌を青白くさせた幼い子どもたちが身を寄せ合っていた。凄まじい爆発音と地鳴りに怯え、互いの身体を抱きしめ合って震えている。
「大丈夫だよ。もう誰も、君たちを傷つけない」
カースは右腕から黒靄を伴う呪鎖を伸ばし、鉄檻の錠へと巻きつけた。蝕むような呪力が金属の結合を破壊し、錆びついた鉄枷が脆く崩れ去る。
「もう、怯えなくていい。外へ出よう」
子どもたちは最初、現れた異形と血塗れの大人たちに恐怖し、身を強張らせて縮こまった。だが、崩れた檻の隙間から差し伸べられたカースの手に、やがて恐る恐る、痩せ細った小さな手を重ね始めた。
「お前たち、ミトの仲間か」
シークが、もっとも年長に見える少女の前へ膝をつき、静かに尋ねた。
「……うん。……ねえ、ミトは? ミトは、どこ……? 一緒に助けに来てくれたんじゃないの……?」
少女の無垢な問いに、シークは喉を詰まらせ、しばらく言葉を発することができなかった。拳を血が滲むほど固く握りしめ、溢れそうになる涙を必死に耐える。
「……あいつは、遠くへ行った。もう、戻ってこない」
「そんな……ミトが、うそ……」
「だけどな」
シークは少女の細い肩をしっかりと抱きしめ、自分の胸の温もりを伝えるように力強く告げた。
「あいつは……最後の瞬間まで、お前たちのことを考えていた。自分はどうなってもいいから、お前たちを助けてくれって……命を懸けて、俺たちに託したんだ」
少女はそれ以上、何も聞かなかった。ただシークの胸に顔をうずめ、声を出さずにぽろぽろと大粒の涙をこぼした。
「時間がねえぞ! 施設全体が保たねえ、崩れる前にずらかるぞ!」
ウォルターが通路の先で叫ぶ。
「歩ける子は互いに手をつなげ! 歩けない子は俺たちが抱える!」
ウォルターが数人の幼い子どもを大きな腕で抱え上げる。カースとシークはまだ幼い子どもたちの手を取り、地上へ続く暗く険しい傾斜を駆け登った。
頭上から巨大な天井の氷塊や石片が落盤のごとく降り注ぐ。カースは咄嗟に呪鎖を網状に展開して破片を粉砕し、シークは風の刃で前方の瓦礫を切り開く。自分たちの怪我など一瞬すら頭になかった。ただ、ミトが残した命の灯火を守り抜くことだけに集中していた。
三人は、救い出した十数名の子どもたちと共に、崩落しゆく地獄の底から、ついに地上へと脱出した。
地上へ出ると、夜明け前の痛烈に凍てつく空気が、彼らの擦り切れた身体を迎えた。
振り返れば、かつて圧倒的な威容を誇っていた白銀の宮殿から、一筋の黒煙が静かに、冬空へ立ち上っていた。
救い出された子どもたちは、地上に出た途端、久方ぶりの陽の光と、凍てつくとはいえ開けた空気に、それぞれ戸惑いながら、静かに涙をこぼしていた。
白銀の宮殿に侵入した三人を待っていたのはガルトだった。情報を駆使し、後始末と受け入れ先の準備をしていたガルトが、手早く彼らを近隣の安全な場所へと避難させる手配を始める。
「アイスフェルト家当主、フロストの死亡を確認した」
子どもたちの避難を見届けたガルトが、街の動向を探ってきた報告を短く口にした。
「跡取りのヘルマンは上手く逃げ延びたようだが……当主を失い、人体実験の凄惨な裏側が露呈した以上、アイスフェルト領の旧体制は今日この時をもって完全に崩壊したと言っていいだろう」
「また一つ、片付いたな。だが、まだ先は長い」
ウォルターが傷だらけの身体を強張らせながら、重々しく呟いた。カースは、地下から抱きかかえて連れ出したミトの冷たい亡骸を、雪の上にそっと横たえた。
「せめて、陽の当たる場所で弔ってあげよう」
その言葉に、ずっと俯いていたシークがゆっくりと顔を上げた。
「……ああ。俺たちの、弟だからな」
水平線の向こうから、眩いばかりの朝焼けの光が差し込み、凍てついたフロストハイムの街並みを白銀色に染め上げていく。
その柔らかな光の中、四人は失われた小さな命の前で、深く、長く頭を垂れた。
一つの巨大な貴族家が、また崩れ去った。
だが、その勝利の代償は、あまりにも深く、重かった。
そしてカースは、アズラエルやフロストが見せた圧倒的な領域の力を、己の無力さとともに静かに噛み締めていた。自分たちの呪術と力は、この国の真の頂点に立つ者たちには、まだ遥かに届いていないという残酷な事実を。
カースは血の滲むほど強く拳を握りしめ、心の中で静かに誓った。
この犠牲と痛みを、絶対に無駄にはしない。次なる地へ進み、どんな呪術を使ってでも、この力の差を埋めてみせる、と。
(第23話「まだ足りない力」へ続く)




