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第85話 5の目

11月2日、月曜日。

午後――


福岡県警5班の執務室。


小早川陽介は、椅子の背にもたれたまま、正面のホワイトボードをじっと見つめていた。


そこには、福岡市周辺の地図が貼られている。


赤いマグネットが4つ。


箱崎埠頭の一角。

別府の住宅街の更地。

大橋の公園。

福岡空港滑走路近くの空き地。


そして、そのほぼ中央――

被害者たちが通っていた晴明女子高等学校の位置に、青いマグネットが1つ。


小早川は目を細めた。


似ている。


たしかに、似ている。


サイコロの――

“5の目”みたいだ。


先日相談に来た城戸谷留美の言葉が、頭から離れなかった。


ミス部の推理。

女子高生たちが地図の上に見い出した図形。


普通なら、笑い飛ばしてもいい。

いや、刑事としては、そうすべきなのかもしれない。


だが、小早川にはどうしても切り捨てきれなかった。


「小早川さん、まだ城戸谷留美の話、引っかかってるんですか?」


執務室に残っていた清水楓が、離れた席から声をかけた。


紙コップのコーヒーを片手に、こちらを見ている。


「ああ。何となくな」


小早川は短く答えた。


「私も最初は突拍子もないと思いました。次の遺体遺棄場所が“晴明女子高”になるかもしれない、なんて。でも……」


清水は少し間を置く。


「妙にリアリティはありましたよね。そういう“感覚”で物事を考えちゃ、刑事失格なのかもしれませんけど」


小早川は答えなかった。


ただ、視線はホワイトボードから外れない。


理屈より先に、何かが引っかかっている。

それだけは否定できなかった。


「……城戸谷留美の警護は?」


不意に小早川は尋ねた。


「順調です。私と須賀さん、矢野さんの3人で交代しながら見ています」


清水はすぐに答える。


「年頃の女の子ですから、なるべく本人の視界に入らないようにはしてます。でも、警戒は緩めてません」


「そうか」


また短い返事。


清水はそれ以上何も言わなかった。


小早川が考え込んでいる時の空気を、彼女はもう知っていた。


晴明女子高。

校章。

サイコロの5の目。

そして、城戸谷留美。


点のはずのものが、頭の中で勝手に形を取り始めていた。


だが、小早川のその“引っかかり”は、この日の夜、別の場所から確かめられることになる。



同じ頃――


真田瑞希は、博多行きの新幹線の車内にいた。


2人掛けの窓際席。

隣には誰もいない。


前席の背に備え付けられた小さなテーブルを引き出し、その上にノートパソコンを置いている。


車窓の外を、高速で流れる景色が帯のように過ぎていく。

だが真田は、一度もそこへ目をやらなかった。


午前中、警察庁の特別保管室で閲覧・複写した“カスミソウ事件”の資料。

その内容を、今も頭の中で何度も組み直している。


真田には、ずっと引っかかっていることがあった。


昭和2年に起きた“カスミソウ事件”の被害者5人。

その遺体遺棄場所は、一見するとばらばらだった。


高倉寛一――池袋の喫茶店横の空き地。

瀬戸純夫――北千住の廃屋。

下田美智雄――錦糸町の廃屋。

和田宗一――恵比寿の繁華街の空き地。

西郷宇喜治――本郷にある東京帝大の敷地内。


無秩序に見える。


だが、本当にそうだろうか?


真田は現在の東京都内地図を画面に表示し、おおよその地点へ印を置いていく。


池袋。

北千住。

錦糸町。

恵比寿。

そして、本郷。


印を付け終えた瞬間、真田の指が止まった。


サイコロの――

“5の目”。


中央に、本郷。

周囲に4点。


息が浅くなる。


次に、福岡市内の地図を開く。


箱崎埠頭。

別府。

大橋。

福岡空港近く。

そして中央に、晴明女子高。


似ている、ではない。


同じだ。


真田の視線が鋭くなる。


当時の被害者5人は、全員が東京帝大の学生。

今回の被害者たちは、全員が晴明女子高の生徒。


中央に置かれているのは、場所だけではない。

その集団そのものだ。


犯人は、その集団を囲い込むように4点を置いている。

そして最後に、中心へ触れる。


まるで最初から、“5の目”を描くことが目的だったみたいに。


真田はすぐにノートパソコンを閉じなかった。


数秒だけ、画面の地図を見つめたまま動かなかった。


頭の中で、過去と現在が重なる。


カスミソウ事件。

晴明女子高連続殺人。

莉莉須。

リリス。

5音の印。

エアリアル。


別々だったはずの要素が、ひとつの図形の上に重なり始めていた。


真田はスマホを取り出し、小早川へ短いメールを打つ。


「本日午後7時30分。例の鰻屋を予約してください。小早川さんと私の2名で」


食事の約束ではない。


これは、事件をもう一段深く掘るための合図だった。


送信を終えた後、真田はようやく小さく息を吐いた。


新幹線は、夕方の光を切り裂くように西へ走り続けていた。


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