表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
84/105

第84話 最初のプレゼント

9月30日、水曜日――


瑠璃子が“リリスの部屋”にアクセスしてから、1か月近くが経っていた。


願望を送信した翌日、あまりにも具体的な返信が届いた。


5人のスカートが欲しい。

その願望を叶えるための手順は、妙に現実的だった。


斉藤恵梨香。

三田村安奈。

佐野里穂。

中林梓沙。

城戸谷留美。


5人の名前の最初の“音”を組み合わせて作った差出人名――E-A-RI-A-RU。


“エアリアル”。


その名で、金曜日の16時13分に加工済みの画像を1人ずつ送る。

そうすれば、翌々週の月曜日17時に“欲しいもの”が届く。


問題は、どうやって送るかだった。


送信先の確保は、すでに済んでいる。

彼女たち5人の連絡先は、学校の情報システムに不正アクセスして入手していた。


だが、送るための端末は別だ。


自分のスマホやパソコンを使うのは危険すぎる。

履歴も痕跡も残る。

少しでも辿られる可能性があるものは、使いたくなかった。


では、“飛ばし”の端末を用意するか。


それも考えた。

だが、ネット購入でも実店舗でも、どこかに記録が残る可能性はある。


慎重に考えれば考えるほど、完全な方法はない気がした。


瑠璃子は器用な人間だった。


勉強は常に上位。

運動も平均以上。

人前ではそつなく振る舞い、学校では生徒会長としての顔を崩さない。


何もかも、要領よくこなせる。

だからこそ、自分の中に一度生まれた執着も、器用に隠してきた。


だがこの1か月は違った。


授業中も、入浴中も、食事中も、ふとした瞬間に考えてしまう。


どうすれば痕跡を残さず、彼女たちに“青い写真”を送れるのか。

どうすれば安全に、“欲しいもの”へ辿り着けるのか。


気がつくと、そのことばかり考えていた。


ふと、昔見た洋画の吹き替えの台詞を思い出す。


「人間はね、“悪いこと”をしようとする時がいちばん頭を使うんだよ」


その時は、妙に印象に残る台詞だと思っただけだった。


だが今は違う。

まるで、自分のことを言われているようだった。



その夜――

そんな瑠璃子の悩みは、一瞬で別の形に変わった。


いつものように自室の照明を落とし、ノートパソコンを起動する。

静かな部屋の中で、ファンの小さな駆動音だけが耳についた。


新着メールが1件届いていた。


差出人は――リリス。


瑠璃子はマウスを持つ手に、わずかに力を込めた。


本文を開く。


RKさま

ご無沙汰しております。

あなたは送信手段で悩んでいませんか?

明日10月1日の午後5時に、生徒会室にプレゼントを贈ります。

専用の荷物受けがありますよね?

これで、あなたの悩みは解決します。

――リリス


瑠璃子の背筋を、ぞくりとしたものが走った。


嬉しさではない。

先に立ったのは、不気味さだった。


専用の荷物受け。


それは、生徒会室の入口脇に設置された、小型の荷物ボックスのことだ。

今年4月、生徒会長に就任した直後、瑠璃子が父親の関連会社に頼み込んで設置させたものだった。


他の生徒たちとは違う。

自分は“特別な存在”だ。


その自己顕示欲を、目に見える形で置いたもののひとつが、あの荷物受けだった。


だが――

なぜ、リリスがそれを知っているのか?


晴明女子の生徒か。

教師か。

学校関係者か。

それとも、本当に“もっと近く”にいる何かか。


瑠璃子はゆっくりと画面から顔を上げ、暗い部屋を見回した。


当然、誰もいない。


だが、誰もいないという事実は、少しも安心には繋がらなかった。



10月1日(木曜日)――


放課後。


瑠璃子は生徒会室に入るなり、役員たちに帰宅を促した。


「今日はもういいわ。残りは明日まとめましょう」


いつも通りの落ち着いた声でそう告げると、5人の役員たちは特に疑うこともなく部屋を出ていった。


扉が閉まる。

最後の1人の足音が廊下の向こうへ消える。


静寂。


瑠璃子は奥の椅子に深く腰を下ろした。


まだ半信半疑だった。


本当に届くのか。

ただの悪趣味ないたずらではないのか。


だが、胸の奥では別の感情も膨らんでいた。


もし本当に届いたなら。

もし本当に、これで“送れる”のだとしたら。


あの青い写真を。

あの5人に。

あの名で。


時計を見る。


午後4時58分。


心臓の音が、妙に大きく聞こえた。


生徒会室の中は、いつもより少し冷えて感じられる。

それなのに、手の平は汗ばんでいた。


やがて、机の上の置時計が小さくカチリと鳴った。


次の瞬間、内蔵された人形が回転し、“アイネ・クライネ・ナハトムジーク”の旋律が流れ始める。


午後5時ちょうど。


瑠璃子は椅子に座ったまま、両目を閉じた。


音楽は軽やかなはずなのに、今日は妙に神経を逆撫でする。

呼吸が、少しずつ浅く速くなっていく。


曲が終わる。

人形の回転も止まる。


静かになった室内で、瑠璃子はゆっくり立ち上がった。


足音を殺すようにして入口脇の荷物受けへ向かう。

喉が渇いていた。


取っ手に手をかける。


開ける。


そこには――

丁寧に包装された紙袋が、1つ入っていた。


瑠璃子の指先が震えた。


袋を取り出し、表面を見る。


甲斐瑠璃子さまへ


そして右下には、小さく、


リリスより


その文字があった。


知っている。

リリスは、自分の名前を知っている。


胸の奥がきゅっと縮む。

全身に鳥肌が立つ。

背中に冷たい汗が滲む。


だが、その恐怖は長くは続かなかった。


すぐに別の感情が、上から塗り潰していく。


――これで手に入る。

――本当に、あの5人のスカートが。


瑠璃子は紙袋を抱えたまま席へ戻り、引き出しからハサミを取り出した。

刃先を差し込み、慎重に包装を切っていく。


中から現れたのは――


5台のスマホ。

それに、充電用ケーブルが1本。


瑠璃子はしばらく無言で見つめた。


これを使え、ということか。


ひとつずつ手に取る。

電源を入れる。

画面が点灯する。


問題ない。


次に、各端末の電話番号を確認した。


すべて違う。

11桁の番号が、5台分、きれいに揃っている。


まるで最初から、こう使われるためだけに用意されていたみたいだった。


瑠璃子の口元が、わずかに歪む。


明日――金曜日の16時13分。


この端末を使って、“エアリアル”の名で“青い風景写真”を送る。


最初は、斉藤恵梨香。


そう考えた瞬間、瑠璃子の頬がほんのわずかに持ち上がった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ