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第82話 月曜日の贈り物

11月2日、月曜日。

午後5時前――


灰谷零央が、東京の夕暮れの雑踏に姿を消したのとほぼ同じ頃。

福岡市――


晴明女子高の生徒会室は静寂に包まれていた。


生徒会長・甲斐瑠璃子――

彼女1人だけが、奥の椅子に腰を下ろしていた。


机の上にある立派な装飾が施された置き時計。


瑠璃子はその針に何度も視線を移し、小さな吐息を繰り返す。


誰もいない生徒会室で、甘く濃い香水の匂いが鼻を刺激する。


動悸が少しずつ速くなる。


窓の外の遠くで、薄く閉ざしたブラインド越しに生徒たちの他愛もない会話が聞こえてくる。

だが、瑠璃子の耳には半分も入ってこない。


机の端に置いた指先が、わずかに震えていた。


やがて午後5時ちょうど――


置き時計の人形が回転して、“アイネ・クライネ・ナハトムジーク”を演奏し始めた。


冷たく優雅な旋律の中で、瑠璃子は体を小刻みに震わせる。


それは寒さの震えにも見える。

けれど、頬にはわずかに熱を帯びた色が差していた。


約1分間――

瑠璃子にとっては何倍も長く感じた時間。


“アイネ・クライネ・ナハトムジーク”の音楽が鳴り止む。


その瞬間――


瑠璃子は立ち上がり、生徒会室の入口にある専用の荷物受けまで足早に進む。


取り出したのは、分厚く包装された大きめの紙袋。


表面にきれいな手書きで記されていた文字――


甲斐瑠璃子さまへ。


その右下に小さく記されていた差出人と思われる名前は――“リリス”。


瑠璃子の睫毛が、ほんのわずかに震えた。


唇が微かに開く。

笑っているようにも見える。


だが、その表情には喜びだけではない何かが混じっていた。


自席に戻ると、鋏を使って丁寧に包装を解いていく。


鋏の刃が曇るほど、瑠璃子の息は荒かった。


やがて包装の中から現れたのは――

きれいに折り畳んであるスカート。


青いチェック柄のスカート。

瑠璃子が穿いているものと同じ柄だった。


瑠璃子はそれをそっと持ち上げ、裾の裏地を確認する。


視線の先には、“AZUSA NAKABAYASHI”と刺繍された文字。


その刺繍を確認した瞬間、瑠璃子の喉が静かに動いた。


白く覗いた八重歯。

吐息は、さっきよりも少し深くなる。


だがその表情は、恍惚とも、安堵とも、執着とも言い切れない。


ただ、何かをようやく手に入れた人間の顔だけがそこにあった。


刺繍を見つめたまま、瑠璃子は一度だけ静かに目を閉じた。


それから、スカートを顔に当て、持ち主の残り香をゆっくりと鼻から吸い込んだ。


半開きの目は、焦点が定まっていない。

それでも、完全に壊れているようには見えなかった。


むしろ、ひどく静かに、深く沈んでいくような表情だった。


数分後。


瑠璃子はスカートを丁寧な手つきで折り畳むと、机の脇にある金庫のダイヤルをゆっくりと回し始めた。


瑠璃子の背丈の半分ほどある、頑丈な鉄製の金庫。


中には、同じスカートが3つ。

すべて、同じ晴明女子高の制服だった。


瑠璃子は先ほどのスカートを、いちばん上に重ねて置く。


その手つきは異様なほど丁寧で、乱れがない。


まるで、ただ保管しているのではなく、順番や位置にさえ意味があるかのようだった。


金庫の扉を閉める。


カチリ――と乾いた音。


瑠璃子はしばらくその扉に手を置いたまま動かなかった。


呼吸を整えながら、やがてゆっくりと顔を上げる。

ブラインドの隙間から校庭を見た。


夕映えの校庭に、校舎が長い影を落としていた。


その景色を見つめる瑠璃子の横顔は、穏やかにも見える。


だが、その静けさが、かえって不気味だった。


生徒会室には、甘い香りと、さっきまで鳴っていた音楽の余韻だけが静かに残っていた。


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