表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
80/105

第80話 昼過ぎの交差

警視庁の地下にある特別保管室を出た後も、真田はしばらく言葉を発せずにいた。


庁舎の地上階へ戻るエレベーターに乗りながら、本郷が振り返る。


「どうだね? 予想以上だっただろう?」


真田は小さく息を吐いた。


「ええ……。ここまで似ているとは思いませんでした」


「昭和2年の事件だ。普通なら、もう誰も気に留めないはずの古い話だよ」


本郷はそう言って、少し肩を竦めた。


「だが、犯罪というものは妙なものだ。忘れられた頃に、別の形で顔を出す」


庁舎の外へ出ると、霞が関の空には太陽が高く登っていた。


真田はしばらく空を見上げていた。


青い空。


だが、その青は、福岡で見た“青い写真”とはまるで違う。


そう思った瞬間、自分の感覚まで、もう以前とは違ってしまったのだと気づく。


「本郷さん」


「うん?」


「もし……この事件が、単なる模倣じゃないとしたら?」


本郷は少しだけ目を細めた。


「つまり、同じ思想が受け継がれている可能性か?」


真田は頷いた。


「ええ」


しばらく沈黙が流れた。


やがて本郷は、穏やかに笑った。


「そういう推理をするようになったのは、君が現場に出るようになってからだな」


「そうでしょうか?」


「資料課にいた頃の君は、もう少し理屈屋だった」


本郷はそう言って歩き出した。


「まあ、何にせよ――」


庁舎の前で立ち止まり、真田に向き直る。


「福岡の事件、気をつけて追いたまえ。過去の事件を掘り起こすと、思わぬところから風が吹く」


真田は深く頭を下げた。


「今日は本当にありがとうございました」


「礼なら解決してからでいい。午後からは大学の講義があるので、これで失礼するよ」


本郷は片手を軽く上げ、歩き去っていった。


その背中が昼過ぎの人の流れの中へ消えるのを見届けてから、真田はゆっくりと歩き出した。



霞が関駅から地下鉄を乗り継ぎ、品川駅に着いたのは午後1時前だった。


駅構内は人で混み合っている。


福岡行きの新幹線まで、まだ少し時間があった。


真田は改札の近くにある売店で水を買い、コンコースのベンチに腰を下ろした。


カスミソウ事件。

昭和2年。

5人の若者。

風景画。

リリス。

黒く塗り潰された“実行犯候補”の名前。


頭の中で、それらの言葉がゆっくりと繋がっていく。


真田は水を一口飲み、キャップを閉めた。


福岡へ戻れば、5班にこの事実を共有する。

そこから一気に局面が変わるかもしれない。


そう思うと、じっと座っているだけなのに胸の内が落ち着かなかった。


真田は立ち上がった。


そろそろホームへ向かおうと思った、その時だった。


人の流れの中で、誰かと肩がぶつかった。


「あっ――」


軽い衝撃。


「すみません」


女性の声だった。


真田もすぐに頭を下げる。


「こちらこそ」


目を上げると、小柄な女性が立っていた。


ショートカットの髪。

落ち着いた色のジャケットに、細身のパンツ。


肩からは、取材用らしい大きめのバッグを提げている。

バッグの口から、折りたたまれたメモの端が少し覗いていた。


次の瞬間、その女性はふっと柔らかく笑った。


「人、多いですね」


「ええ」


真田も軽く笑った。


ほんの数秒の、何でもない接触。


そう見えた。


だが、その女性は妙に印象に残った。


整った美しさというより、どこか“観察する側”の目をしていたからかもしれない。


女性は軽く会釈をすると、そのまま人の流れの中へ歩いていった。


その歩き方には、どこか慣れた素早さがあった。


真田は数歩進んでから、なぜか振り返った。


だが、さっきの女性の姿は、すでに人混みの中に紛れて見えなくなっていた。


ただの偶然。


そう片づけることもできる。


それでも、その数秒の交差だけが、なぜか心の中に少し残った。


真田はそれ以上振り返ることもなく、改札の向こうにある新幹線ホームへ向かって歩き出した。


遠くで、発車ベルが鳴っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ