第76話 青の共有
11月1日、日曜日――
5班のメンバー――安山潤一郎、須賀修一、矢野一哉、そして清水楓の4人は、午前8時過ぎに小早川陽介から奇妙なメールを受け取っていた。
内容は簡潔だった。
・午前9時に安山が指定された建物に入ること
・その後、5分置きに須賀、矢野、清水の順で同じ建物に入ること
・それまで4人とも別々に行動し、一緒に動かないこと
人目を避ける指示だ。
只事ではない。
午前9時ちょうど、安山が指定された建物の中へ入った。
薄暗い内部。
小早川が立っている。
中央には仕切りのあるカウンター席。
左右にはボックス席。
バーの内装だった。
「おいおい……。まさか、朝っぱらから宴会やろうなんて話じゃないだろうな?」
安山が苦笑しながら口を尖らせる。
「まさか。全員揃ってから、詳しい話をしますよ」
小早川はそう言った。
「ここは、俺がプライベートでよく来るバーです。店主とは付き合いが長くてね。この時間帯、貸してくれることになってます」
いつもの軽口めいた口調に聞こえる。
だが、顔は少し硬い。
やがて5分置きに、須賀、矢野、清水が現れた。
全員が揃ったのを確認すると、小早川は奥の個室まで4人を促した。
*
個室の中。
黒革のソファ。
閉ざされた空気。
小早川は腰を下ろし、4人を見回した。
「こんな形で集まってもらって申し訳ない。内容が内容だけに、人払いが必要だった。実は、班の皆で共有しておきたい事実がある。真田さんとも共有している事実だ――」
その言葉だけで、全員の表情が変わった。
「昨日、“由良”という本庁の管理官と接触した。彼が言ったのは、宇都宮の内偵協力だ。どうやら今俺たちが追っている女子高生連続殺人事件とも、無関係ではないらしい――」
「びっくりだぜ……。あの“気障野郎”の内偵なんてよ。その“由良”って管理官は、信用できるのか?」
安山が目を丸くして言う。
「少なくとも、俺の目には悪い人間と映らなかった」
小早川は答えた。
「情報の共有は最小限と言われている。あとは、皆が俺や真田さんと同じ情報を共有する覚悟があるかどうか……だ」
その言葉に、間髪を入れず安山が返した。
「その覚悟がなきゃ、こんな面倒くさい方法で、わざわざこんな場所まで来るかよ! なあ、みんな……」
他の3人を見る。
須賀が、先に口を開いた。
「宇都宮の内偵……聞かないままでいる方が危険な気がします」
矢野は短く頷いた。
「……ここまで隠して呼んだってことは、腹を括れってことですよね」
清水もまっすぐ小早川を見た。
「聞きます。むしろ、今の段階で知らされない方が嫌です」
3人とも小さいが、はっきりとした声だった。
「安心した」
小早川は言った。
「じゃあ、その大前提として宇都宮にかけられてる嫌疑について話そう――」
そこから語られたのは、宇都宮浩太郎の前任地――六本木署長時代の話だった。
2件の不審死。
どちらも自殺扱い。
だが、消えない違和感。
六本木の高級ラウンジ。
宇都宮が頻繁に通っていた女。
「不潔です! あんな気障な態度のくせに! そのラウンジ嬢って特定できていないんですか?」
清水が顔を真っ赤にして言う。
「現段階では特定に至っていない。宇都宮には、何人か懇意にしていた女性がいたらしいからな。ただ、亡くなった2人が同じ女性に入れ込んでいたという情報がある」
「まったく、スケベ野郎だな……。だがよ、そしたらその女を特定するのは簡単じゃないのかい?」
安山が首を傾げる。
「宇都宮はキャリアの警察官でしょ? しかも“署長”の肩書。皆怖がって、証言を拒んでいたらしいです」
小早川が答えた。
「なるほどな……。よくある話だ」
安山が唸る。
「そうすると、内偵は現段階で暗礁に乗り上げているわけだ」
その瞬間、小早川は首を横に振った。
「ところが、証言してもいいという人物が現れたんです。由良管理官は福岡に張り付いて動けない。そこで“休暇中”の真田さんが、プライベート旅行を兼ねて上京することになったみたいです」
「そういうことか」
安山が小さく笑った。
だが、その笑みの奥にあるものは軽くない。
真田はもう、ただ休んでいるだけの立場ではない。
自分たちもまた、今この話を聞いたことで、もう単なる班員ではいられなくなった。
「……というわけで、俺たちは“秘密の共有者”だ。ちょっと待っててくれ――」
小早川はそう言って部屋を出た。
数分後、戻ってきた。
右手には大きな銀製のトレイ。
その上には、背の高いグラスに注がれた青い液体が5つ。
「まさか、やっぱり宴会やるのか?」
安山が再び口を尖らせる。
「ノンアルコールですよ」
小早川は少しだけ笑った。
「普段は“ブルークレイビング”っていうカクテルのベースにしてるやつですが、炭酸を加えると甘味と酸味がうまくブレンドされてうまいんです」
ひとりひとりにグラスを手渡す。
青い液体が、グラスの中で揺れた。
「“固めの酒”ならぬ“固めのジュース”だ。乾杯しよう」
5人のグラスが触れ合う。
微かな音。
その青は、妙にきれいだった。
そして、そのきれいさが少し不気味でもあった。
「おいしいですね! “ブルークレイビング”って、どういう意味なんです?」
須賀が口にする。
小早川は歯を見せて、短く答えた。
「“青い衝動”という意味さ」
個室の中に、わずかな沈黙が落ちる。
青い液体が喉を通る。
甘さの奥に、少しだけ鋭い感覚が残る。
誰も口にはしなかった。
だが、グラスの中で揺れる青を見ながら、全員がどこかで同じことを理解していた。
ここへ来る前と同じ気持ちで、明日からまた執務室に座れる気はしない。
個室の中で、青だけが静かに揺れていた。




