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第75話 E-A-RI-A-RU

真田は浴室から出ると、すぐに2階の部屋へ向かった。


髪をタオルで軽く拭きながら、スマホを再び操作する。


休暇中だとか、実家だとか、そういう感覚が少しずつ剥がれていくのがわかった。


まず、電話をかけた。


相手は“高瀬千草”という女性。

小早川の話では、六本木の高級ラウンジで働いていた元ラウンジ嬢だ。


数回のコールの後、電話が繋がる。


「もしもし。高瀬さまでしょうか? 私、福岡県警に籍のある真田と申します。今は休暇中ですが、警察庁の由良さんのご紹介でお電話しております――」


最初は警戒しているようだった。


だが、“由良”の名前を出した瞬間、声色が少し和らぐ。


「――今、地方におりますが、明日の午後にはお伺いできると思います」


アポを取り付けた。


11月1日、午後2時。

品川のホテルのロビー。


通話を終える。


そのまま、真田は新幹線のネット予約を済ませた。


博多発の新幹線に新山口から乗れば、品川まで約5時間。

始発に乗れば、十分間に合う。


ここまではいい。


行動としては、迷いなく進んでいる。


だが、本当に胸を撃ち抜いたのはその後だった。



スマホの画面上で、ふとメモ帳のアイコンに視線が止まる。


タップして開く。


昨日、宿曜神社で神主の話を聞きながら残したアルファベットの羅列がそこにあった。


今までに“例のメール”が届いたのは5人。

宿曜神社の神主の話に出てきた数も5人。


偶然か?


真田はベッドの端に腰を下ろし、ゆっくりと5人の名前を打ち込んだ。


斉藤恵梨香。

三田村安奈。

佐野里穂。

中林梓沙。

城戸谷留美。


名前をローマ字に変換する。


ERIKA

ANNA

RIHO

AZUSA

RUMI


神主の言葉を思い出しながら、最初の“音”を切り離し、順に繋げてみる。


E -A- RI- A- RU


真田の指が止まった。


ゆっくり、声に出す。


「エ・ア・リ・ア・ル……」


次の瞬間、全身に雷に打たれたような衝撃が走った。


エアリアル。


例のメッセージの差出人名。


偶然では、ない。


胸の奥が冷たくなる。

同時に、頭の中が異様な速さで回り始めた。


5音の印。

5人の対象者。

エアリアル。


ここで繋がるのか?


真田はスマホを握ったまま、しばらく動けなかった。


賢い謎解きだったからではない。

違う。


こんな形で、差出人の名が、5人の名前の列の中に埋め込まれていたかもしれない。

その事実が、あまりに気味悪かったのだ。


名前そのものが、もう“儀式”の中にある。


その感覚が、皮膚の下をじわじわ這った。


そして、それと同時に――

別の記憶が、薄く浮かび上がる。


数年前。

真田が警察庁の情報管理課にいた時。

アナログの資料に埋もれたまま、ネットには一切出てこなかった過去の事件群。


その中のひとつ。


たしかに、似たような何かに触れた記憶がある。


だが、その肝心の名前が、どうしても思い出せない。


「……何て名前だったっけ?」


小さく呟く。


焦っている。

それを自分でもわかった。


真田はスマホの連絡先を開いた。


昔の番号も、基本的には消していない。

必要があればどこかで繋がるかもしれないと、ずっと残してきた。


ゆっくり画面をスワイプする。


ひとつ、またひとつと名前が流れていく。

心臓の音だけが、部屋の静けさの中でやけに大きい。


「……あった」


安堵の声が漏れた。


表示された名前は――“本郷貞樹”。


真田はその名前を見つめたまま、しばらく動かなかった。


少しだけ開いたカーテンの隙間から、青白い月が見えた。


部屋の中の空気は静かなのに、真田の内側だけが、もう次の現場へ向かっていた。


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