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第72話 接触

執務室に戻った小早川と清水は、それぞれの席に着いた。


中には、安山潤一郎が残っていた。

須賀修一と矢野一哉は、外へ出ているらしい。


まだ午前中だというのに、部屋の空気はもう重かった。


昨夜から張り詰めたままのものが、誰の肩にも少しずつ積もっている。


「ヤスさん、あの風景の場所がわかりましたよ」


小早川は安山へ歩み寄り、低い声で言った。


「大手柄じゃないか。で、どこだったんだ?」


安山が椅子ごと身体を向ける。


「先ほど面会した城戸谷留美の証言です。T塾のベランダから見える風景だと」


安山の目が大きくなった。


「マジかよ? 俺は現地に聞き込みに行ったぜ。建物はリフォームされて、今は税理士事務所になってたけどな」


小早川は頷く。


「あの辺りは再開発も進んでます。景色が多少変わっていても不思議じゃありません」


安山は短く息を吐いた。


「なるほどな……」


小早川は続ける。


「ヤスさん、清水と一緒にもう一度現地に出向いて、近い角度から写真を撮ってきてもらえますか?」


「おうよ」


即答だった。


迷いのない返事だった。

こういう時、この男は強い。


コートを取り、清水を促す。


2人の背中が執務室から消えた。



部屋に残ったのは、小早川だけだった。


T塾のベランダ。

そこから見える風景。

城戸谷留美のもとに届いた、あの青い写真。


ここまではいい。


だが、そこから先がまだ足りない。


足りないまま、次の水曜日だけが近づいてくる。


焦りが、腹の底で静かに熱を持っていた。


その時――


ノックはなかった。


背後に、気配だけが差した。


小早川が振り向いた瞬間、すぐ後ろに1人の男が立っていた。


長身に、ノーネクタイのスーツ姿。

気配が薄い。


目に入った時には、すでにそこにいたような距離だった。


「小早川さんですね?」


低い声。


小早川は驚きのあまり、半歩だけ後ずさった。


「な、何だ、あんたは?」


男は淡々と名刺を差し出した。


警察庁広域課

管理官 由良敏景


その肩書を見た瞬間、小早川の喉が動いた。


「警察庁の広域?」


由良は、すぐに「しっ」と短く呟いた。


右手の人差し指を唇の前に立て、周囲を一瞥する。


「あなたと直接お話ししたいことがあります。ここでは、ちょっと……」


声量を落とす。


「午後5時。こちらへ」


そう言って、小さな紙片を小早川の手に滑り込ませた。


「内々で、協力をお願いしたい」


それだけを残して、由良は来た時と同じように静かに執務室を出ていった。


“広域”。


なぜ広域が、今このタイミングで?


小早川は渡された紙片を見下ろした。


指先に、じっとりと汗が滲んでいる。


今、自分は晴明女子の連続殺人を追っている。


そこへ警察庁の管理官が、極秘の接触。


偶然で済ませるには、出来すぎていた。


小早川は紙片を折りたたみ、内ポケットへしまった。


午後5時。


その時間だけが、重く残った。


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