第71話 告げられた事実
それから1時間後――
福岡県警の庁舎に、城戸谷留美と母親の晴美が現れた。
自動ドアを抜けて応接室へ通されるまでの短い距離ですら、留美にはやけに長く感じられた。
昨夜、自分で「警察に行く」と言い出したくせに、いざ来てみると足が少し重い。
母親の晴美も緊張した面持ちだ。
だが、留美の手首を軽く支える仕草は落ち着いている。
1人ではない。
それだけが少し救いだった。
2人は応接室の椅子に腰を下ろした。
テーブルを挟んで、小早川陽介と清水楓が座る。
清水が表情を変えずに淡々と促した。
「さっそくですが、送られてきたメールを見せていただけますか?」
留美はスマホを取り出し、メッセージと画像を見せた。
青い写真がテーブルの上に置かれる。
部屋の蛍光灯の下で見ても、やはり嫌な色だった。
「なるほど……。こちらは先週金曜日に届いたという話で間違いないね?」
今度は小早川が口を開く。
留美は静かに頷いた。
小早川は、受信時刻をさりげなく確認する。
16時13分――
これまでの被害者たちに送られてきた時刻と一致していた。
部屋の空気が、少しだけ変わる。
小早川は留美と晴美の顔を交互に見ながら、言葉を選ぶように口を開いた。
「詳しいことは捜査に支障をきたす可能性があるので言えませんが、留美さんは狙われている可能性が高いと考えます」
留美も晴美も、大きく目を見開いた。
お互いに顔を見合わせる。
呼吸が浅くなる。
今までは、ずっと“かもしれない”の不安だった。
青い写真。
T塾。
梓沙の死。
でも今、警察の口からはっきり言われた。
狙われている可能性が高い。
その一言で十分だった。
想像だったものが、現実の輪郭を持ち始める。
小早川は続ける。
「したがって、留美さんには、しばらくの間警護を付けようかと考えています。少なくとも次の水曜日が終わるまでは」
警護。
その言葉に、留美は一瞬だけ意味を取り損ねた。
次の水曜日まで、誰かが自分について回るということか。
普通に学校へ行って、普通に帰って、普通に誰かと会う――そんな日常は、もう望めないのか。
唇を引き結ぶ。
もう、昨日までの場所には戻れない。
「ところで、こちらの風景に見覚えはありますか?」
清水が写真をテーブルの上に置く。
スマホに送られた写真から青い色味を除いて拡大したものだった。
ただの風景写真にしか見えない。
だが、留美はしばらく目を凝らし――
「あれ?」
小さく声を上げた。
「青い色に気を取られててわからなかったけど……これって、たしか――」
小早川と清水が思わず前傾する。
「T塾のベランダから見えた景色だと思います」
2人は顔を見合わせた。
T塾のベランダから見えた景色。
また1つ、点が繋がった。
一拍の沈黙。
その後で清水が、今度は少し低い声で言った。
「他に、何か知っていることはありませんか?」
視線はまっすぐ留美に向いている。
留美はびくりと身体を震わせた。
壁の時計の秒針の音が、やけに大きく聞こえる。
言うべきか。
言ったら、本当に全部が動き出す気がした。
でも、もうここまで来て黙るわけにはいかない。
抱えたままにしておく方が、もっと怖い。
晴美の気配がすぐ隣にあった。
それだけで、少しだけ息ができた。
やがて、留美の重い口が開いた。
「次の死体は、晴明女子高に置かれる……友達が言ってました」
唐突な発言に、小早川も清水も固まって声が出ない。
「ど、どういうことですか?」
清水が、微かに声を震わせた。
室内の空気が一気に重くなる。
留美は、自分でも驚くほど慎重に、ひとつひとつ言葉を選びながら話した。
ミス部で聞いた推理。
4件目の遺体発見現場を予測していたこと。
遺体は自分たちの校章、サイコロの“5の目”に沿って置かれている可能性。
話しているうちに、あの部室で見た地図の線がまた頭の中に浮かんでくる。
校章。
配置。
梓沙が見ようとしていたもの。
自分は今、その続きを警察に渡している。
*
留美たちとの面談が終わった後――
県警の玄関先で、清水が正面を向いたまま口を開いた。
「突拍子のない話でしたよね? 小早川さん、彼女の発言、信じますか?」
小早川も正面を向いたまま答えた。
「可能性は否定できない。もう一度、これまでの遺棄現場の地理的関係も整理した方がよさそうだな」
留美と晴美の背中は、少しずつ遠ざかっていく。
*
その小早川の姿を、遠目に見ている人物がいた。
県警の建物の影から、彼の動きに合わせて視線を送っている。
その立ち姿には、わずかな隙もない。
広域管理官の由良敏景だった。




