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第69話 2つの不安

10月30日、金曜日。

夜――

ちょうど真田瑞希が山口県宇部市の実家にいる頃。


城戸谷留美は、自宅の2階にある自分の部屋で、どうしても眠れずにいた。


不安が、2つあった。


1つは、今日の放課後、ミス部の部室で送られてきたメッセージと写真のこと。


スマホの画面を暗くしても、頭の中にはまだあの青が残っていた。


ただの風景写真のはずなのに、色だけが異様に濃い。

見た瞬間に指先が冷え、胸の奥がざわつく、あの不気味な青。


留美はベッドの上で膝を抱え、スマホの画面を見下ろした。


エアリアル――


名乗るように書かれたその一行が、妙に気味悪く浮いて見える。


先々週の水曜日に殺された三田村安奈のスマホにも、似たようなものが届いていたことは知っている。


でも、それ以外の被害者たちも同じだったのかどうかは、まだ知らない。


知らないのに、想像だけが先に膨らむ。


親友だった中林梓沙も、こんなふうに何かを受け取っていたのだろうか。

あの電話の前から、もう何かに怯えていたのだろうか。


そう考え始めると、呼吸が浅くなる。


放課後、貝原奈緒に言われた言葉も頭の中で繰り返された。


「晴明女子でT塾出身者が狙われているから気をつけて」


あれは脅かすための言葉じゃなかった。

梓沙の死を見た後で、それでもなお言わずにいられなかった警告だった。


だからこそ、余計に怖い。


T塾。

梓沙。

青い写真。

“次”があるかもしれないという話。


自分の名前も、その線の上に乗っている気がした。


そして、もう1つの不安。


彼氏の大塚隼人が、今日の夜から電話に出ない。

メッセージにも応答がない。


留美はスマホを握り直した。


最後に送ったメッセージは、さっきのものだ。


《今、ちょっと話したい。出られる時でいいから連絡ちょうだい》


既読だけはついていた。


返事は、来ない。


画面を閉じても、少ししてまた見てしまう。

それでも、表示は変わらない。


今日の夕方、自分が無視するような形になってしまったせいだろうか。


梓沙のことや、事件のことで頭がいっぱいで、隼人へ返す言葉を見つけられなかった。

そのまま変な空気になってしまった。


でも、それだけで隼人がこんなふうに音信不通になるだろうか。


忙しいだけ。

大学か、バイトか、何か外せない用事があるだけ。


そう思おうとする。


けれど、既読がついたまま返ってこない画面を見るたび、その言い訳は少しずつ薄くなる。


――本当に?

――梓沙のことと、何か関係があるのかな?


そんなふうに考えた瞬間、留美は自分で自分を叱った。


考えすぎだ。

疑い始めたら、何もかもおかしく見える。


でも、その“考えすぎ”を止めてくれるはずの隼人が、今夜に限って出ない。


それが、もう1つの不安を大きくした。


自分が狙われるかもしれない不安。

隼人が出ない不安。


どちらが大きいのか、自分でもわからなかった。


死ぬかもしれない恐怖のはずなのに、電話に出ない彼氏のことも同じくらい胸を締めつける。


そんな自分が、少し嫌だった。


でも、たぶんそれが今の自分なのだと、留美はぼんやり思った。


怖い。

それと同じくらい、隼人のことが気になる。


両方とも本物だった。



午後11時30分を回った頃――


留美はベッドから起き上がった。


これ以上、自分だけで抱えるのは無理だと思った。


コンコン――


隣にある母親・晴美の寝室のドアを叩く。


「ママ……話したいことがある」


留美の気配で目を覚ました晴美は、娘の只事ではない様子を察したらしい。


すぐに起き上がり、2人は1階のリビングへ移動した。


リビングには、留美と晴美の2人だけだった。


父親は、海上自衛官として長期出航中。

弟は、2階の部屋で熟睡している。


家の中は静かだった。

その静けさが、留美には少しありがたかった。


「どうしたの?」


晴美がソファに座りながら、柔らかく尋ねる。


留美は言葉に迷ったが、結局スマホを見せるのが早かった。


エアリアルと名乗るメッセージ。

そして、青く染まった風景写真。


「こんな気味の悪いメッセージと写真が、今日の夕方送られてきたんだよ……」


顔を見ずに呟く。


晴美は画面を見て、少し眉を寄せた。


「誰かのいたずらじゃないの?」


落ち着いた声だった。

けれど、完全に笑い飛ばしているわけではない。


「それが……」


留美の声が震える。


「先々週の水曜日に、部活の先輩の安奈さんが殺されたでしょ? 殺される前の週の金曜日に、安奈さんのスマホに同じやつが送られてきたの、私、見たんだ」


晴美の表情が変わった。


「警察から事情聴取を受けたでしょ? その時に言わなかったの?」


留美は俯いた。


「言わなかった……。スマホを見られるのが嫌だったし……」


あの時の自分が、急に幼く思えてくる。


守りたかったのは秘密だった。

でも今は、その秘密よりもずっと大きなものが迫ってきている気がした。


その時、留美の脳裏に浮かんだものがあった。


「もし何か思い出したら、私の携帯に連絡してくれる?」


真田の言葉だ。


名刺は捨てていないはず。

自室の机の中に押し込んだ記憶がある。


「ママ。明日、警察の人に連絡してみようと思う。一緒に来てくれるよね?」


留美は身を乗り出して言った。


晴美はすぐに頷いた。


「もちろんよ。明日は薬局も休みだし、ママから連絡してあげる」


それから、留美の頬を両手で包むように触れた。


「それにしても、この写真――何か具合が悪くなりそう……」


晴美はスマホの画面を一瞥して、そう口にした。


留美は慌てて画像を暗転させた。


だが、2人の網膜には“青”が焼き付いたままだった。


金曜日の夜は、その青を残したまま更けていった。


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