表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
67/105

第67話 奇怪な絵馬

午前10時過ぎ――


真田は、姪の陽菜と一緒に、宿曜神社へと続くやや急な坂道を歩いていた。


境内の入口となる大きな鳥居は、まだ少し先に見えている。


途中、何人かの子どもたちとすれ違った。

“大祭休日”の風物詩だ。


真田も小中学校時代には、毎年同じようにこの坂を上った。

目の前を駆けていく子どもたちに、幼い頃の自分を重ねる。


本来なら、懐かしいだけの朝だったはずだ。


けれど、頭のどこかはやはり止まってくれない。


4人目の現場。

休暇命令。

由良敏景の言葉。


せっかく実家へ戻ってきても、その輪郭だけはまだ胸の奥に残っていた。


ようやく鳥居をくぐり、すぐそばの手水舎で両手を清める。

そのまま中央の社殿へ進み、注連縄を力強く揺らして二礼、二拍手、一礼。


真っ白な紙垂が、静かに風に揺れていた。


礼拝が終わり、踵を返した時、陽菜が言った。


「瑞希姉ちゃん、絵馬書いてもいい?」


「何かお願いしたいことがあるの?」


「うん……好きな子がいるんだ」


照れくさそうに顔を赤らめる陽菜を見て、真田は優しく微笑んだ。


「じゃあ、あそこで絵馬を買おうか」


社務所を指さして、陽菜の手を引く。


絵馬を手にした陽菜は、それを小さな両腕で隠すと、真田から視線を逸らして呟いた。


「恥ずかしいから……瑞希姉ちゃん、ちょっとあっち行ってて」


真田は目を細めて軽く頷いた。


姪も“恋”をするくらい大きくなったのか――

改めて時の流れを実感する。


その後ろ姿を見守っていた時、ふと奥の細い道が目に入った。


たしか先には“別院”と呼ばれる場所があったはずだ。

入口の案内板で見た記憶がある。


真田は過去に何度も宿曜神社を訪れたことがある。

だが、別院へ続く奥の道の先に足を踏み入れたことは一度もなかった。


道の両脇には木々が生い茂り、昼間でも薄暗い。


舗装された一本道なのに、なぜかそこだけ昔から少し遠かった。


今日は快晴で、参拝客も多い。

それなのに、じっと立って待っている方が落ち着かなかった。


好奇心だけではない。

何かをしていないと、また昨夜の光景へ引き戻されそうだった。


「陽菜ちゃん、ちょっとあっちに行ってみようか?」


気がつくと、絵馬を奉納して戻ってきた陽菜にそう声をかけていた。


「うん! 陽菜、あそこ行ったことない。瑞希姉ちゃんと一緒なら、行ってみたい」


陽菜は目を輝かせて返事した。



真田は陽菜の手を引いて、舗装された一本道をまっすぐ進んだ。


両側の木の葉の間から、木漏れ日の光が地面を照らしている。

アスファルトの上には複雑な影が落ちていた。


時折吹き抜ける風が木の葉を揺らし、カサカサという乾いた音が耳に入る。


わずか1分ほどで、正面に“別院”の建物が見えた。


思っていたよりも小さい木造の建物。

かなり前に建てられたのか、外装は古く、ところどころ木材が傷んでいる。


だが中を覗くと、清掃は行き届いていて、驚くほど整っていた。


2人は並んで参拝を済ませた。


その瞬間、風は強くないのに注連縄の紙垂が大きく揺れた。


「あれ?」


陽菜が、唐突に声を上げた。


「あんなところにも、絵馬があるよ」


陽菜が指さしたのは、左脇の大木に掛けられた一枚の絵馬だった。


社務所の前の絵馬掛けではない。

離れた木の幹に、ぽつんと吊るされている。


真田は近寄って確認した。


思わず目を見開いた。


無地の絵馬には、謎のアルファベットの羅列だけが書かれている。


MATAGOTSUSHI


真田はその文字列を黙って見つめた。


頭の中で、無意識に区切ろうとする。

だが、うまく意味にならない。


普通の願い事なら、文字を見た瞬間に意味が取れる。


恋愛成就。

合格祈願。

家内安全。


そういう言葉があるはずだ。


なのにこれは、意味にならないまま、ただ整ってそこにある。


周囲を冷たい風が吹き抜けた。

絵馬が、カタカタと小さく揺れる。


この奇怪な絵馬はいったい何なのか。


胸の鼓動が、少しずつ速くなっていく。


ただの珍しい風習かもしれない。

そう思えば済むはずなのに、なぜか済まない。


4人目の遺体が、不意に脳裏へ浮かぶ。


きれいに置かれていたのに、どこか異様だった。


目の前の絵馬も同じだった。


ただの物なのに、どこかだけが“整いすぎている”。


「瑞希姉ちゃん?」


陽菜が不思議そうに見上げる。


「あ……ごめん」


真田は我に返った。


だが、目の前の文字列から視線を切ることができない。


MATAGOTSUSHI


意味のわからない並び。


それなのに、何かの“手順”に見える。


そんな感覚が、胸の奥でじわりと広がった。


ここへ来るまでは、ただの帰省だった。


だが真田は、その違和感を放置できない自分に、もう気づいていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ