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第64話 晴明の校章

ドアを開けた瞬間、部屋の中の空気がぴんと張った。


ミス部の部室には、奈緒の他に、金原梢、篠田沙知絵、宮地香里奈の3人がいた。


誰もすぐには口を開かない。

留美がここへ来た理由を、それぞれに考えているようだった。


最初に動いたのは奈緒だった。


「……留美?」


少しだけ目を見開く。


「どうしたの?」


留美はその問いにすぐには答えられなかった。


何から言えばいいのかわからない。

けれど、ここまで来て黙って帰るわけにもいかない。


「梓沙が……何を調べてたのか、知りたい」


やっとそれだけ言った。


部屋の中が静かになる。


奈緒が留美を見つめる。


その視線は厳しくない。

むしろ、迷っているようだった。


「今さら、って思うかもしれないけど――」


留美は続けた。


「私、あの子が言ってたこと、ちゃんと聞いてなかった。だから……あの時、止められなかった気がして」


その言葉を口にした瞬間、胸の奥に押し込めていたものが少しだけ形になった。


あの時。

靴箱の前。

電話の後。

視線を合わせない梓沙。


全部、変だった。


なのに自分は「家の用事なんだ」で終わらせた。

親友なのに。


奈緒の表情が、わずかに緩む。


「……座って」


短くそう言った。


留美は促されるまま、空いている椅子へ腰を下ろす。


しばらく誰も話さなかった。


窓の外から、校庭の運動部の声が微かに聞こえてくる。

それが逆に、この部屋だけが切り離されているみたいに感じられた。


「あのね――」


奈緒が、静かに口を開いた。


「梓沙がいちばん気にしていたのは、前に殺された3人の関係性なの。共通点が見つからないって、梓沙も頭を抱えてた。そして、梓沙まで殺された。そうすると、4人の関係性って……」


留美の胸の鼓動が速まった。


自分の知らない何かが動いている。

彼女たちはいったい何を掴んでいるんだろう。


梓沙の言っていたミス部の推理。

今までは、まともに聞いた記憶がない。


――だが、この瞬間は違う。


気がつくと、留美の視線は正面に座っている奈緒をまっすぐ見つめていた。


「さっきみんなで話してたんだけど……」


奈緒がそう言いかけて、梢の方へ目をやった。


目が合った梢は軽く頷くと、ゆっくりと口を動かした。


「実は今日わかったことなんですけど……梓沙先輩を含めて4人とも、中学の時に同じ塾に通ってたらしいんですよ」


「えっ? そ、それって、T塾のこと? 私も通ってたんだけど」


「そ、そうなんですか?」


留美がそう言うと、梢は目を丸くした。


場の空気が一気に張り詰めた。


しかし、留美の頭の中に微かな違和感がよぎった。


「でも、本当なの? 私は梓沙とはずっと同じ曜日に通ってたんでわかるんだけど、最初に殺された斉藤恵梨香さんを塾で見かけたことがないんだけど……」


「斉藤恵梨香さんは、中学2年と3年の夏休みの特別講習に3週間だけ通ってたみたいです。だから、城戸谷先輩とは面識がないんじゃないですか?」


梢の一言で、留美の疑問符はすぐに消えた。


留美は目を閉じて、記憶の中を懸命に探る。


斉藤恵梨香。

三田村安奈。

佐野里穂。

梓沙。

そして自分。


たしかに、T塾にはいろんな学年の生徒がいた。

毎日顔を合わせるわけじゃない。


それでも、“あの場所にいた”という事実だけで、急に全員が同じ輪の中にいたみたいに思えてくる。


「じゃあ……犯人は塾の関係者ってこと?」


留美が口にすると、沙知絵が静かに首を横に振った。


「そこまではまだ言えません。でも、少なくとも“4人に共通点がない”わけではなかったってことです」


奈緒が続ける。


「梓沙は3人の関係性を気にしてた。どうしても無関係には見えなかったんだと思う」


その言葉が、留美の中へ重く落ちた。


梓沙は、やっぱりただ怖がっていたわけじゃない。

ちゃんと何かを見ていた。

何かに届きかけていた。


「梓沙、他に何か言ってなかった?」


留美が問うと、部員たちが顔を見合わせる。


「……まだあるんです」


今度は香里奈が口を開いた。


「でも、そっちはもっと飛躍してるかもしれなくて」


「いい。聞きたい」


留美は、少し強い口調で言った。


その声に、自分でも少し驚いた。

でも今は、それでよかった。


ここに来たのは、慰められるためじゃない。


梓沙が見ようとしていたものを、少しでも追うためだ。


奈緒は留美を見つめ、やがて小さく頷いた。


「……わかった。じゃあ、次の話をする」


部室の空気が、もう一段冷たくなった気がした。


「梓沙は、遺体の置かれ方も見てた」


奈緒がそう言って、机の上の地図を留美の前に向けた。


発見現場が4つ、赤で印が付けられている。

箱崎埠頭。別府。大橋。

そして、梓沙が見つかった場所。


「この4点を結ぶと……」


そう言いながら、奈緒が定規で線をなぞった。


留美は、思わず息を止めた。


4つの点が、整った形を作る。


ほぼ正方形。


さらに奈緒は、その正方形のほぼ中央に位置する場所に印を付ける。


その場所は――晴明女子高。


次の瞬間、留美の視線が、地図から奈緒の胸元へ、そして自分の胸元へ落ちた。


そこにあるのは、晴明女子高の校章。


サイコロの5の目を思わせる、規則的な意匠。


「これも、今さっき香里奈が気づいた。うちの校章みたいだって話をしてたんだよ」


奈緒の声が遠く聞こえる。


でも留美の目は、もう地図と校章の間を行き来することしかできなかった。


似ている、というより――

模している。


犯人は、ただ遺体を置いていたんじゃない。

何かの形を――いや学校の印を、意図してなぞっている。


その考えが頭に浮かんだ瞬間、全身が粟立った。


教室でも廊下でも毎日見ていた校章が、急に異物に見える。


あの意匠の中に、死体の配置が重なって見える。


「……嘘」


留美の声は、ほとんど吐息だった。


誰もすぐには返事をしない。


部室の中が、ひどく静かだった。

窓の外の運動部の掛け声さえ、今は遠い。


梓沙は、これを見ていたのかもしれない。


この不気味な符合を。

この学校そのものに触れているみたいな違和感を。


そして留美は、そのことを今ここで、ようやく初めて自分の恐怖として受け取った。


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