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第63話 北校舎へ

10月30日、金曜日――


城戸谷留美は、昼休みが終わる少し前まで、自分の机に座ったまま動けずにいた。


教室の中は、昨日までとは違うざわめきで満ちている。


「4人目が出た」という事実は、もちろん重い。

けれど、恐怖の質が少し変わったのを留美は感じていた。


3人目までは、

“どこか遠い場所で起きている連続殺人”だった。


4人目は違う。


梓沙だった。


しかも、自分は最後に梓沙を見ている。


靴箱の前で。

電話を受けて。

「後でかけ直すから」と言って、雨の中へ走っていく背中を。


あの時、どうして止めなかったのだろう?


ほんの少しでも、

「何か変だよ」

と言えていれば。


せめて、あのまま1人で行かせなければ。


そんなことを考えても仕方がないとわかっている。


それでも、頭の中では何度も同じ場面が繰り返された。


黒板の前では、クラスメイトたちが声を潜めながら話している。


「やっぱり犯人、捕まってなかったんだよ」

「じゃあ昨日の会見って何だったの?」

「4人目、うちのクラスの梓沙なんでしょ……」


その言葉のひとつひとつが、留美の胸の奥へ鈍く刺さる。


梓沙は、ただ殺されたのではない。


何かを知ろうとしていた。


そう思わせるものが、いくつも残っていた。


あの電話。

ミス部で話していた奇妙な推理。

そして、自分にきちんと話してくれなかった何か。


梓沙の中では、あれらはもう、ひとつに繋がっていたのかもしれない。


そう思うと、何も知らないまま見送ってしまった自分だけが、ひどく取り残されている気がした。


昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。


だが留美は、まだ立ち上がれない。


机の中に入れていたスマホへ目を落とす。


梓沙とのトーク画面は、水曜日の夜の自分のメッセージで止まったままだ。


《大丈夫? お姉さん、ひどくなかった?》


既読はつかない。


もう、つくことはない。


その事実が、ようやく静かに胸へ落ちてきた。


「……梓沙」


小さく名前を呼んでみる。

もちろん、返事はない。


その時、不意に梓沙の声が甦った。


――今、ミス部でいろいろ考えてるんだよね。

――殺された3人にも、何かある気がする。


あの時の自分は、ろくに聞いていなかった。


事件と親友が、まだ別々の場所にあると思っていたからだ。


でも、今は違う。


梓沙は何を見ていたのか。

何に引っかかっていたのか。


それを知らないままではいられなかった。


留美は、ゆっくりと立ち上がった。


次の授業のことなんて、頭にない。


放課後に向かう先は決まっていた。


北校舎3階。

ミステリー研究部の部室。


普段なら、自分からそこへ行こうとは思わない。


でも今は違う。


梓沙が最後に見ようとしていたものだけは、自分の目でも見たかった。



放課後。


廊下へ出る。


窓の外は明るい。

昨日までの雨が嘘みたいに、空は快晴だった。


その穏やかさが、かえって腹立たしかった。


校舎のざわめきを抜けて、留美は北校舎へ向かう。


階段を上がるたび、胸の鼓動が少しずつ速くなる。


今の自分は、知るのが怖いくせに、知らないままでいる方がもっと怖くなっていた。


3階の廊下は静かだった。


古い床が、歩くたびに小さく軋む。


ミス部の部室の前で、留美は立ち止まる。


ドアの向こうから、微かに話し声が聞こえた。


梓沙は、もうここにはいない。


その当たり前の事実に、また胸が痛む。


ノックをしようとして、手が止まった。


指先だけが、わずかに冷たい。

喉の奥がつかえる。


でも、ここで引き返したら、もう二度と来られない気がした。


留美は一度だけ深呼吸し、ドアを軽く叩いた。


部屋の中の話し声が止まる。


「……はい?」


貝原奈緒の声だった。


留美は、喉の奥のつかえを押し下げるようにしてドア越しに言った。


「ごめん。ちょっと……梓沙のことで、話を聞かせてほしい」


その一言で、自分がもう昨日までの場所には戻れないのだと、留美ははっきりわかった。


部室の扉に手をかけた、その時だった。


バッグの中でスマホが短く震え、取り出して画面を覗いた。


《話したいことがある。今夜、少しでも会えない?》


隼人からのメッセージだった。


だが今は返す気になれない。


スマホをバッグの中に戻すと、そのまま部室の中へ入った。


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