第57話 模倣犯ではない
10月29日、木曜日。
朝――
昨夜の光景が、まだ網膜の裏に焼き付いている。
プレハブ小屋のそばに横たわっていた、4人目の少女。
きれいに置かれた遺体。
だが、下半身から制服のスカートだけが欠けていた、あの異様な姿。
その余韻を抱えたまま、真田瑞希は宇都宮浩太郎の執務室に立っていた。
窓の外は、少しずつ晴れ間が覗いていた。
だが、この部屋の空気だけは重く淀んでいた。
「宇都宮警視正」
真田は、机を挟んで正面に立つ。
「今回新たに発生した事件について、どのように釈明なさるおつもりでしょうか?」
声音には、はっきりと怒気が滲んでいた。
昨夜からほとんど眠れていない。
疲労はある。
だが、それ以上に胸の内を満たしていたのは、止められなかったという悔しさだった。
宇都宮は、椅子に深く腰を下ろしていた。
両肘を肘掛けに預け、目を閉じたまま微動だにしない。
無視しているのか。
それとも、計算して沈黙しているのか。
真田には読めなかった。
やがて、ゆっくりと瞼が開いた。
細い目の奥に、微かな光が宿る。
「真田くん」
口元に、薄い笑みが浮かんだ。
「君は、何をそんなに興奮しているのかね?」
乾いた声だった。
まるで昨夜の惨状など存在しなかったかのような、平然とした口調。
真田の眉が寄る。
だが宇都宮は、構わず続けた。
「そもそも、真犯人を確保したという事実は揺るがない。それを否定できる者はいない。今回の誤算は、共犯者の存在、あるいは模倣犯の可能性といった――」
「お言葉ですが」
真田が、言葉を遮った。
「“模倣犯”の可能性は、ほぼありません」
宇都宮の視線が、わずかに鋭くなる。
「なぜなら、今回の被害者のスマホにも、例の“青い写真”が送られてきていました。前の3人と同じく、前週金曜日の16時13分に」
室内の空気が、わずかに張り詰めた。
「つい先ほど、解析担当の技官から正式な報告を受けました。間違いありません」
真田は一歩、前へ出た。
「この写真の存在は、世間にリークされていません。報道もされていない」
そこで一度だけ言葉を切る。
「つまり、この事実を知っているのは、我々5班と――」
短い沈黙。
「宇都宮警視正、あなたしかいません」
言葉は静かだった。
だが、刃のように鋭かった。
宇都宮は、しばらく真田を見つめた。
そして、口元をわずかに歪める。
「ほう……」
その反応には驚きよりも、値踏みするような冷たさがあった。
「では、共犯者が存在すると考えてよいわけだな?」
軽く肩を竦める。
「前回も言ったと思うが、やはり君たちが無能だったということが証明されたわけだ」
嫌味は隠さない。
むしろ、わずかに楽しんでいるようにすら見えた。
真田のこめかみが、ぴくりと動く。
怒りはある。
けれど、それ以上に堪えたのは、昨夜の現場を見た直後に、この男がまだ“体裁”と“責任の振り分け”の話しかしていないことだった。
中林梓沙。
その名前が、胸に重く沈む。
「今日の夕方、再び記者会見の予定がある。これから忙しくなるな」
宇都宮は椅子から立ち上がり、ネクタイを整えた。
「必要な説明は、必要な形で行う。組織とはそういうものだ」
その表情には、後悔も、憐憫も、羞恥もない。
ただ、計算だけがある。
真田は、奥歯を強く噛みしめた。
守れなかった。
それだけでも苦しい。
なのに今、自分が立っているこの場所では、その痛みすら手続きに変えられていく。
「……これは、模倣犯ではありません」
最後に、静かに言った。
宇都宮は、窓の外を見たまま答えない。
雲の塊が空を流れていた。
だが、その空の下で、真実はまだ闇の中にあった。




