表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
49/105

第49話 原口和人

記者会見の映像が、どこかのモニターで流れているはずだった。


「本当にふざけた野郎だぜ……。万が一のことがあったら、自分が責任を取るつもりなのかよ」


執務室へ戻るなり、小早川は椅子に勢いよく腰を下ろした。


背もたれに体重を預けても、怒りはまるで抜けない。


「まったくですね……。あとは、本当に事件が続かなければいいんですが」


真田も自席に座り、両腕を組んだまま低く言う。


室内には、まだ雨音が響いていた。


「おい、その“ふざけた野郎”がテレビに出てるぞ」


安山潤一郎が、小早川の肩を軽く叩きながら隣のデスクを指差す。


そこには、堂々とした態度で“犯人逮捕”と“事件終結”を発表する宇都宮の姿が映っていた。

県警ロゴを背に、マイクが並び、フラッシュが瞬く。


「自分の手柄になりそうなことは、本当に動きが早いな……」


安山が顔をしかめる。


「俺たちが例の若者の件を一報入れたのは、昨日の夜だろ? そこから手続きを踏んで、もう記者会見だ。下からの申し入れにはモタモタするくせによ」


その瞬間――


プルルルル……。


小早川のデスクの固定電話が鳴った。


「はい――」


受話器を取る。


次の瞬間、顔色が変わった。


「……何? 本当か? よし、今からそっちに行く。少し待っててくれ!」


電話の主は、交通課の辻田謙一だった。


「真田さん! 例の若者の知人と思われる人物が交通課に来てるそうです。同行をお願いします!」


「すごいタイミングですね。行きましょう」


2人はほぼ同時に立ち上がった。



交通課の応接室。


窓の外では、雨がやや弱まっていた。


案内された部屋には、60歳手前ほどに見える小柄な男性がソファに腰を下ろしていた。

落ち着きなく、膝の上のバッグを両手で握りしめている。


「事故で入院している若者のお知り合いと伺いました。どういったご関係でしょうか?」


真田が穏やかに切り出す。


「バイト先の責任者です。ここ数日、無断欠勤が続いている者がいましてね。警察の問い合わせ先を見て、もしやと思って来ました。先ほど刑事さんから特徴を聞いて、彼だと確信しました」


男性は古賀裕司。

博多駅近くのコンビニのオーナーだという。


「確信された理由は?」


「右手の甲に、大きなホクロがあるんです。目立つ特徴でして」


真田と小早川は、無言で視線を交わした。


「身元を証明できるものはお持ちですか?」


「履歴書のコピーですが……」


古賀はバッグから、折り畳んだA4用紙を取り出した。


小早川がそれを受け取る。


紙を開いた瞬間、応接室の空気がほんの少しだけ変わった。


そこに記載されていた情報――


氏名 原口和人

生年月日 西暦●●●●年12月12日(満25歳)

住所 福岡市博多区住吉●丁目●番●号ベルハイツ201号


事故車の若者に、ついに名前がついた。


小早川は目を細めた。


「こちら、お預かりしても?」


「構いません。ただ……原口くんの容態は?」


「意識はまだ戻っていません。予断を許さない状況です」


真田が答えた。


「原口さんは、どんな人物でしたか?」


「口数は多くありませんが、真面目でした。欠勤の際は必ず連絡をくれる子で……今回の無断欠勤は本当に不思議でした」


「ご家族は?」


「詳しくは……。最近は採用時にプライベートを深く聞けないもので」


「勤務シフトは?」


「週5日の夜勤。22時から翌6時までです」


「休みは?」


古賀は一度だけ考えるように視線を泳がせ、それから答えた。


「水曜日と木曜日です」


その言葉が落ちた瞬間、空気がまた変わった。


真田は無意識に小早川を見た。

小早川は目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。


水曜日。

これまでの犯行日。

そして、原口和人の休み。


偶然か。

それとも――


雨音が、再び強くなった。


「……整いすぎてるな」


小早川が、ほとんど独り言のように呟いた。


「え?」


真田が小さく聞き返す。


「右手のホクロ。飛ばし携帯。水曜日休み。意識不明のまま。ここまで材料が並ぶと、今度は逆に気持ち悪い」


声は低かった。


原口が限りなくクロに見えることは、もう否定しようがない。


だが同時に、その黒さが妙に用意されている気配も拭えなかった。


真田も、すぐには反論できなかった。


履歴書のコピーを見つめながら、胸の奥に同じ違和感が生まれていたからだ。


進んでいる。

たしかに進んでいる。


なのに、核心へ近づいている手応えより、どこか近づかされている感覚の方が強い。


それでも2人は、次へ進まなければならなかった。


外の雨が窓を打ちつける。


その音だけが、応接室の沈黙に重く響いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ