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第45話 再構築

小早川はホワイトボードの前に立っている。


執務室の空気は、雨音ごと固まっている。


雷鳴が遠くで唸り、ブラインドの隙間に白い稲光がちらついた。

全員の視線が、自然と小早川へ集まっていた。


右隣には真田。

机上には、交通課の資料、鑑識結果、監察医の報告。


ここまで集めた断片を、今からひとつの流れに組み直す。


「現時点での有力な容疑者――“エアリアル”を名乗っていた人物だが、俺は、10月21日水曜日の夜に佐野里穂の遺体発見現場近くで衝突事故に遭った若い男だと見ている」


誰も口を挟まない。


「まず、動かしにくい事実がある。山邊が証言した身体的特徴――右手の甲にある大きなホクロ。これは事故で搬送された若者の身体所見と一致している」


真田が静かに補足した。


「さらに、その男が所持していたと思われるスマホの番号は、山邊の押収資料に記載されていた飛ばし端末の番号と11桁すべて一致しました」


清水が小さく頷く。

須賀は腕を組み直した。


「加えて、押収したロープと布からは、佐野里穂のDNAが検出された」


窓の外で雷鳴が鳴る。

室内の誰も、それに反応しなかった。


ここまでは、もう偶然で片づけにくい。


小早川はホワイトボードの時系列へ目をやる。


「問題は、なぜ佐野里穂の時だけ、警察への予告電話がなかったのか、だ」


安山がわずかに目を細めた。

それは、ここ数日ずっと全員の中に引っかかっていた疑問でもある。


「答えは単純かもしれない。殺害後、電話をかける前に事故に遭った。そう考えると辻褄が合う」


須賀が眉をひそめる。


「つまり、犯行から予告電話までの間に移動していた、ということですね?」


「そうだ」


小早川は頷いた。


「佐伯さんの所見では、佐野里穂の死亡推定時刻だけが、他の2人より約1時間遅れていた」


真田が続ける。


「しかも、鼻腔と口腔周辺から睡眠薬成分が検出されています」


その一言で、空気がまた少し重くなる。


「そこが重要だ」


小早川は机に指先を軽く置いた。


「佐野里穂は空手の有段者だった。犯人がそれを知っていたなら、正面から力で押さえ込むのは危険だと判断した可能性が高い」


誰かが小さく息を呑む音がした。


「だから、おそらく事前に睡眠薬成分を含ませた布を準備していた。隙を突いて昏睡状態に近いところまで落とし、その後ワンボックスへ運び込んだ」


一拍。


「ロープと布からDNAが出ている以上、少なくとも車内かその周辺で拘束・口塞ぎに近い処置が行われた可能性は高い」


安山が低く唸る。


「……つまり、3件目だけは“眠らせる工程”が挟まったぶん、時間を食ったわけか」


「そう見ている」


小早川は答えた。


「死亡推定時刻が後ろにずれているのは、その時間差のせいだろう。前の2件と同じ手順で一気に進められなかった。想定以上に時間がかかり、焦りが生じた。その焦りが、犯行後の無理な移動と、右折時の事故に繋がった可能性が高い」


雨が窓を打つ音が強まった。


須賀は俯いたまま言う。


「ということは……事故は、完全な偶発ではなく、犯行直後の動揺が引き起こしたものかもしれない、と」


「その通りだ」


小早川は静かに言い切った。


5班のメンバーたちは、互いに短く視線を交わした。

誰も軽口を叩かない。


ここまで来ると、もう“怪しい”では済まない。


「なるほど。となると、その事故に遭った若者の回復を待ち、事情聴取をする流れになりますね」


須賀が言う。


「そういうことだ」


小早川は頷いた。


「少なくとも、3件目の実行役である可能性は極めて高い」


そこで一度、言葉を切る。


まだ、何かが足りない。


動機。

被害者選定の理由。

なぜこの3人だったのか。


単なる女子高生のスカート狙いで片づけるには、準備が周到すぎる。

予告電話という演出も、まだ説明しきれていない。


小早川はゆっくり息を吐いた。


「……ただ、それでもまだ何かが隠れている気がする」


その一言に、室内の空気がさらに引き締まる。


事件は収束へ向かっているように見える。

それでも、どこかに引っかかりが残っている。


しかもその引っかかりを無視したまま、次の水曜日を迎えるわけにはいかない。


それは机上の違和感ではなく、城戸谷留美たちのいる現実の方では、まだ何も終わっていないという感覚に近かった。


嵐は、まだ止んでいなかった。


そして5班に残されている時間も、もう多くはなかった。


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