第25話 不完全な共通点
「梓沙。じゃあ、彼女たちの出身中学とかは? 高校に入学する以前に、何か共通点があるかもしれないよ?」
奈緒が身を乗り出して言った。
部室の丸テーブルの上には、被害者の名前を書いたメモ帳、新聞の切り抜き、スマホ、開きっぱなしのノートが散らばっている。
本気で事件に踏み込むと決めたばかりのミス部は、さっそく最初の壁にぶつかっていた。
「そうよね……。となると、3人の出身中学を洗い直すところから始めないといけないか」
梓沙は頷いたものの、表情は明るくなかった。
覚悟は決めた。
でも、覚悟したからといって答えが出るわけじゃない。
それが、もう痛いほどわかり始めていた。
その時だった。
「待ってました!」と言わんばかりに、梢が勢いよく口を開いた。
「あっ、私、ちゃんと調べてますよ。斉藤さんと三田村さんは、箱崎の同じ中学出身です。で、佐野さんは大橋の中学出身みたいです」
その場の視線が一斉に梢へ集まる。
「ほんとに?」
奈緒が目を丸くする。
「はい。ネットニュースの断片だけだと足りなかったんで、SNSの投稿とか、地元掲示板の書き込みとかも見ました。完全に断定はできないですけど、たぶん大きくはズレてないと思います」
梢は少し得意そうだった。
情報収集にかけては、やはり部内随一だ。
だが――
「箱崎と大橋……」
梓沙は小さく呟いた。
斉藤と三田村は同じ中学出身。
けれど、佐野だけが違う。
手がかりに触れた感じはある。
でも、その手がかりが“線”にならない。
「やっぱり、3人に完全な共通点を見つけるのは難しいかも……」
梓沙は思わず額に手を当てた。
「いや、でも2人が同じ中学ってだけでも大きいじゃん」
奈緒が言う。
「ただ、そこに佐野さんが乗らないんだよね」
「じゃあ、中学以外の接点かなあ」
沙知絵が言う。
「塾とか、習い事とか、家が近いとか」
「でも、それって結局また調べ直しだよね」
梢が肩を落とす。
部室の熱はまだ消えていない。
なのに、少しずつ議論の勢いだけが空回りし始めていた。
共通点がありそうで、ない。
ないようで、少しだけある。
その“半端さ”が、逆にいちばん厄介だった。
揃いそうで揃わないその半端さが、まだ名前の上がっていない誰か――
例えば城戸谷留美のような、ごく近い位置にいる生徒まで含んでいる気がして、梓沙は余計に落ち着かなかった。
梓沙はメモ帳の上に書かれた被害者名を見つめた。
斉藤恵梨香。
三田村安奈。
佐野里穂。
同じ学校。
だが学年も違う。
部活も違う。
性格も違う。
中学も、全部は重ならない。
「……不完全なんだよね」
梓沙がぽつりと呟く。
「え?」
奈緒が顔を上げる。
「共通点が。あるように見えるのに、揃いそうな瞬間に、必ず1人だけ外れる。犯人が本当に“選んでる”なら、もっときれいに揃っててもよさそうなのに」
「わざとズラしてる、とか?」
沙知絵が言う。
「それとも、こっちがまだ拾えてないだけかも」
香里奈の声は静かだった。
分厚い黒縁眼鏡の奥で、視線だけが冷静に動いている。
「でもさ」
奈緒が腕を組む。
「学校の中にいる感覚で言うと、3人とも全然“誰でもいい”感じじゃないんだよね」
梓沙が顔を上げる。
奈緒は続けた。
「同じ学校の生徒っていっても、本当に目立たない子まで含めたら、もっとたくさんいるじゃん。でも、この3人って、名前を聞いたらすぐ顔が浮かぶ側なんだよ。斉藤さんも、三田村さんも、佐野さんも」
梢も頷いた。
「それ、わかります。タイプは全然違うけど、“あの子ね”ってすぐ通じる子たちでしたよね」
その言葉は、梓沙の胸の奥で引っかかっているものと同じだった。
外から見れば、ただの女子高生3人。
でも学校の中で息をしている側から見ると、たしかに“誰でもいい”感じではない。
うまく言葉にできない。
けれど、その違和感だけは確実にある。
「……やっぱり、ただの行きずりだけじゃ説明しにくい気がする」
梓沙は小さく言った。
「同じ学校ってだけじゃなくて、もっと近いところの何かで選ばれてる感じがするんだよね」
部室の空気が少し変わる。
でも、その“何か”がまだ見えない。
梓沙は一度目を閉じた。
本気で踏み込むと決めたのに、肝心の最初の入口で立ち止まっている。
それが悔しかった。
自分たちは何かに近づいているはずなのに、まだ“これだ”と言えるものがない。
「……今日は、ここで行き詰まっちゃうかもしれないね」
梓沙は苦笑混じりに言った。
それは諦めの声ではない。
だが、明らかに勢いは落ちていた。
その沈みかけた空気を、沙知絵が破る。
「梓沙先輩。じゃあ、別の視点から今回の連続殺人を考えてみたらどうですか?」
唐突だが、落ち着いた声音だった。
「別の視点? 例えば?」
「例えばですけど……私、最初から少し気になってたんです。3人の遺体が発見された場所なんですけど――」
そう言って沙知絵は、自分のバッグから折り畳まれた福岡市周辺の地図を取り出した。
机の上に広げる動作は無駄がなく、どこか誇らしげだ。
他のメンバーは、その準備の良さに思わず感心する。
「え、最初から持ってきてたの?」
梢が言う。
沙知絵は少し肩を竦めた。
「人物の共通点だけだと、どこかで詰まる気がしてたから」
その一言で、梓沙は少しだけ顔を上げた。
自分だけが考えていたんじゃない。
別の頭も、別の方向からもう動いていたのだ。
沙知絵は赤ペンを取り出し、地図の上に印をつけ始めた。
「まず、斉藤さんの遺体発見現場は箱崎埠頭。次に三田村さんは別府周辺。そして、佐野さんは――大橋の公園」
3つの赤いバツ印が、地図上に並ぶ。
だがこの時の梓沙の心には、まだ“解ける”感覚はなかった。
被害者の共通点は、不完全なまま。
しかも場所まで見ても、すぐには意味が繋がらない。
手がかりは増えている。
なのに核心は遠のいていく。
それが、いちばん嫌だった。
部室の中に、静かな沈黙が落ちた。
入口近くの花瓶には、奈緒が持ってきた色とりどりの花が生けられている。
淡い香りが、張り詰めた空気をわずかに和らげる。
窓の外では、夕暮れがさらに深まり、北校舎の廊下に長い影を落としていた。
梓沙は、赤いバツ印の並んだ地図を見つめながら、ゆっくり息を吐く。
まだ足りない。
まだ、何かが欠けている。
でも――
人物を見ても揃わなかったものが、場所ならまだ何かを黙っていない気がした。
その感覚だけが、微かに残る。
今日の推理は、まだ結論には届かない。
けれど少なくとも、次に見るべき方向だけは、少しだけ見えた気がしていた。




